第一話:私、貴女の後ろにいるの
「もうこんな時間か……」
電車を降り、ふとホームにある時計に目をやると時刻は既に夜の7時を越えていた。長居しすぎたかな。
そうだ。スーパーに寄っていこう。今日はお肉が安かった気がする。
帰宅ラッシュのサラリーマンに揉まれながら改札を抜け、駅の入り口にあるスーパーに入店する。いつもよく聞く入店音がいつもと同じリズムで流れる。
こうして食材売り場を歩くのは結構好きだ。
料理が得意なわけではないんだけど、なんというか、食材を眺めながら「今日はこの野菜とこの野菜を合わせた料理を考えてみよう」など献立を考えるのが好きなのだ。決して料理は得意ではないが。
そんなこんなでスーパーを練り歩いて15分ほど。今日の晩御飯は挽き肉が安かったのでハンバーグにすることにした。かろうじて作れる手の込んだ料理の1つである。
買い物袋を手にスーパーを出る。よくよく考えると時刻は夜の7時を過ぎている。
こんな時間から料理するとなると、食べるのは9時くらいになってしまうのではないだろうか。
まぁ、買ってしまったのだからしょうがない。食材売り場で献立を考えるのは良いが、無計画なのがなかなかの問題である。明日のお弁当にでもしよう。
プルルルルルルル
突如鳴り始める電子音。ハッとして周囲を見回す。おそらく誰かの携帯が鳴っているんだろう。
プルルルルルルル
しかし道行く人はだれも携帯を取り出さない。というかこちらを煩わしそうににらんでいるようにも見える。
プルルルルルルル
私?
あ、この着信音、私のか!?
ようやく自分の携帯が鳴っていることに気付き、慌てて鞄から携帯を取り出す。
普段ほとんど電話なんて来ないから携帯電話の存在意義とも言える"電話"の機能のことをすっかり忘れていた。
着信画面に目をやると"非通知"の文字。
私はため息をついて、携帯をマナーモードに切り替えて着信を無視してポケットにしまう。"非通知"には出ない主義である。希にセールスやなんやの電話が掛かってきたりと"非通知"に良い思い出はないのだ。
――5分後
プルルルルルルル
また道中で着信音が鳴り響く。
あれ、さっきマナーモードにしなかったっけ?
確認のためにポケットから携帯を取り出すと確かにそれはマナーモードになっていた。しかし、今目の前で鳴り響いている。煩い。
「また"非通知"、か」
敢えて非通知で掛ける用事があるような人間の知り合いは私にはいない。
こう見えてもなかなか交友関係は狭い方なのだ。とても自慢できる話ではないが。
――さらに5分後
プルルルルルルル
家に着くまでおよそ15分ほど掛かる道のりの中三度、着信音が鳴る。
いい加減なんなの?
栄えた駅前から既に遠く、街灯の明かりも寂しくなってきており少し背筋も寒くなった気がする。
やはりというかなんというか、案の定"非通知"。
さすがに出てやろうとも考えたが、ここで電話口からおぞましい雄叫びでも聞こえたら、私自身の叫び声と共に心臓が飛び出てもおかしくないと思った。
――さらにさらに5分後
いつ着信がくるかとドキドキしながらもようやく自宅までたどり着いた。
鍵穴に鍵を差し込もうとしたその時――
プルルルルルルル
仏の顔も何度までだっけか。まったくもっていい加減にしてほしいものである。
自分が出ないことを棚にあげながらマナーモードなのに何故か鳴る携帯をポケットから取り出す。"非通知"の文字が怪しく光る。
「しつこい」
電話に出るなり凄みを聞かせて言ってみる。
「……」
なんの反応もない。今ので怯んだのかそれともポカーンとしているのかはわからない。
「わ、私――」
想像もしていないほど可憐なか細い声が聞こえた。女の子だ。そう、女の子の声だ。
「私、今――」
そしてその声は既に携帯からではなく、私の背後から聞こえてきていた。それに気付いた瞬間、背筋に悪寒が走る。
「私、メリーさん。今貴女の後ろに――」
メリーさん?メリーさんってあれですか?あのいつの間にか背後にいてそのまま食べられちゃう的な。いや、いやいやいやそんな非科学的なことが起こってたまりますか。
私は意を決して振り返る。
「――えっと、あ、貴女、誰ですか?」
・・・
目の前にいたのはブロンドの長い髪をツインテールにした左右目の色の違うオッドアイの少女がいた。
年は12~14くらいだろうか。ぽかんとした顔にあどけなさが残る。
「それは、こっちの台詞」
ビクビクして損した気分だった。しかし、こんな子供がイタズラをするとも思えないが。
「貴女、名前は?何処から来たの?なんでこんなイタズラしたの?」
軽く腰を屈ませて少女と同じ目線になる。赤と緑、綺麗な瞳だ。どう見ても日本人ではないが親は近くにいるのだろうか。
「……真っ暗な中で、お姉さんが見えたからその、気付いてもらいたくて」
迷子、かな?こんなか細い少女に"お姉さん"と呼ばれるのは中々良い気分である。
思いきって少女の頭を撫でる。ひんやりと冷たいサラサラとした髪だ。
「とりあえず、ウチ、上がる?」
このままここで話を聞いても仕方がないと思い、部屋にあげることにした。
ーーー
「で、今時どうして、メリーさんの真似なんかしたの?私の携帯の番号、どこで知ったの?」
リビングのテーブルを挟んで向かい合って座る。
「……わかりません。ただ、初めて、私以外の人を見付けられたから。気付いてほしくて必死で」
私以外の人?誰にも気付いて貰えなかった?
「なにを言ってるの?気付いてって、そりゃあそこにいるんだから誰だって気付くよ」
メリーさんはゆっくりと首を振る。
「私。もう、死んでるの」