金の炎と白の森
金の炎と白の森 (茶庭)
緑のフードをかぶった女の子は、ぬいぐるみを大事そうに抱えて列車の中をあるいていました。
右手に握った薄紫の切符には、何やら数字が書いてあります。たぶん列車の座席番号です。
けれど、女の子は数を知らなかったので、自分の席が分からなくて困っていたのでした。
いつもは席の決まっていない客車へ乗るのですが、今日はとくべつに指定席の切符を使うことになっていたのです。
「こっちへおいで。君の席はここだよ。ほら、切符と同じ模様が書かれているだろ」
「ほんとう、だ。あった」
女の子が顔を上げると、席を教えてくれた人がにこっとほほえみました。
その人は火のように真っ赤な髪を紫のスカーフで包み、同じく赤い瞳をきらきらと輝かせた少年でした。十をいくつか過ぎたくらいでしょうか。
「ぼくの前の席だよ。座って座って。これをいっしょに食べよ」
少年は隣の席へ置いてあったナップザックから銀色の包みを取り出しました。
「チョコレート。月の工場でもらってきたんだ。工場長のウサギおばさんはとってもやさしいよ」
「ありがとう、おにいさん」
「ぼくはグレンツェン。君は?」
女の子はチョコレートをほおばりながら首をかしげました。
「わたし、名前がわからないの。この子は、ゲデヒトニス」
「そのぬいぐるみ?」
「ゲデヒトニスはぬいぐるみじゃないの」
「じゃあなに?」
グレンツェンの問いかけに女の子は答えませんでした。そして代わりに窓の外を指さしました。
「あれは白の森だね」
ずっと遠くにぼんやりと光が見えます。グレンツェンはその森を訪れたことがありました。
「ゲデヒトニスが知っているの」
「白の森を?」
「そうなの。ね、ゲデヒトニス。あれは聖夜の森だもんね」
女の子はゲデヒトニスを抱き上げて窓の外を見せてやりました。列車は動いているので、白の森もすこしずつ近づいてきます。
「グレンツェン、なにかお話を聞かせて。わたしね、あの森でおりるの。だから、それまでお話しして」
「じゃあ、金の炎と白い森のお話をするね。でも、その前にもうすこしチョコをお食べ」
グレンツェンは眉と眉の間に作ったしわを指で消すようにこすり、すこし悲しそうに笑いました。
「聖夜の森はいまは白の森だけど、その前は金の森だった。金になるうんと前はやっぱり白だったんだけどね。これは、森が金色だったころのお話」
その森には、炎のようにお空へのびた、金いろのすばらしい角を持つトナカイがいました。
そのトナカイは森の小人たちに「金の炎」とよばれていたのです。
小人たちの髪はたいていバターを溶かしたようになめらかな金いろで、みんなそろいの緑の服に緑のぼうしを身につけていました。
ところが、ひとりだけ例外がいたのです。一年前に生まれたばかりのその小人には髪が生えていませんでした。まったくのつるっつるです。
小人は生まれたときから大人のかっこうで、髪だって歯だって生えそろっているものなのに、この小人はとくべつでした。
『金の炎、ちょっと仕事を手伝ってくれないかい』
『ようし、まかせて』
森に住む小人たちはやさしい金の炎の力を借り、木を切り倒して運ぶ仕事をしていました。聖夜までに終えなくてはならない、たいへんな仕事です。
小人たちと金の炎はいつも仲良くおしゃべりしながら働きました。中でもつるつるの小人はいちばんの仲良しになりました。
『ぼくたちがいっしょうけんめい切ったこの木はどうなるんだろうね。君は知っているかい』
ある日、へとへとの体を地面に横たえ、つるつるは隣で同じように休む金の炎にたずねました。
『聖夜祭に使うんだよ。知らなかったの』
つるつるは金の炎の言葉に肩をすくめました。
『祭りは小人に関係ないもの。あれは、森の周りに住んでる大きな人のお祭りだよ』
『そうなのかなあ。じゃあ、ひみつなんだけど君には教えるよ。あれはね、ぜんぶ燃やすの。金いろの炎が上がってきれいなの』
金の炎がうっとりと言ったのを聞いてつるつるは飛び上がって驚きました。
『燃やすだって!?じょうだんじゃないよ、それじゃぼくたちの仕事はまるっきりむだと同じじゃないの!』
『むだじゃないよ』
『だって、燃やしたらけむりになって消えちゃうんだよ。ぼくも、きみも、まいにちくたくたになるまで働いてるのに、ポッと火がつきゃぜんぶパアだ!』
つるつるのおおきな目からぽろぽろと涙がこぼれました。くやしくてしょうがなかったのです。
『だいたいさ、ぼくらは何のために、だれから命令されてこんなことをやっているんだ!』
『だれだろうねえ、数えるのが苦手でよく分からないけど、もうずいぶん前、おじいさんのおじいさんくらいのころからやっているらしいからなあ。でもわたしはあの炎をかこんでおどる人たちのために働いているつもりだよ。そうだ、次の聖夜はいっしょにお祭りへ行こう』
つるつるはぶんぶんと首を振り、金の炎を残して走り去りました。涙のつぶを草の上へ落としながら。
金の炎は、さびしく星空の下へたたずんでいました。
もうすぐ聖夜が来ます。
それからつるつるは働くのをやめ、他の小人たちに金いろの木の行方について話しました。その話を聞くと小人たちはみんなびっくり仰天。
ポッと火がつきゃぜんぶパアだって!?
こうしてだんだんと働く小人が減っていきました。
『みんな、もうすぐ聖夜だよ。いっしょに木を切って運ぼうよ』
『聖夜って何さ。大きな人たちが勝手に浮かれるだけじゃないか。ぼくらには関係ないよ』
金の炎はたったひとりで働きました。オノを口にくわえて何度も首をふり、木を切り倒してはそりへのせて大きな人の村へ運びました。
小人たちの中で手伝うものはひとりもいませんでした。
聖夜、金の炎はつかれた足をひきずって小人たちを祭りにさそいました。
小人たちの中でさそいにのる者はひとりもいませんでした。
しかし、つるつるはこっそり金の炎をつけていきました。ほんとうは、ひとりぼっちで働く金の炎のことをずっと陰から見ていたのです。むだなことばっかりして、なんてばかなやつなんだろ、ばかで・・・やさしい金の炎。
大きな人の村では聖夜祭がはじまりました。
金の炎はよろよろと広場へ歩み入り、隅でうずくまりました。立っていることができなかったのです。金の炎の目の前にいくつもの星があらわれてパチパチとまぶしくなって、やがてまっくらになりました。
『金の炎!何を寝てるんだよ、そんなところで!』
つるつるはたまらなく不安になって金の炎に駆け寄りました。
『ねえ、君には炎が見える?』
『うん』
金の炎はつるつるの返事を聞いて安心したようにほほえみました。
まぶたを持ち上げる力はもう残っていないようでした。
『ねえ、みんなは何て言ってる?よく聞えないんだ。ねえ、きれいだって言ってる?』
『うん』
つるつるの耳には、人びとの声が聞こえていました。いつもより薪がすくなくて火が小さいね、ざんねんだね、という言葉が、ずっと聞こえていました。
なんだよ、金の炎が必死に木を切って集めたのに、どうしてそんなふうにひどいことを言うんだよ、きれいじゃないか、炎はじゅうぶん大きいよ。つるつるはそう言いたかったのですが、金の炎を辛い目にあわせたのも、炎が小さくなる原因を作ったのも自分なのだと思うと、何も言えなくなってしまいました。
よわよわしい寝息を立てる金の炎にしがみつき、つるつるは泣きだしました。そのおおきな声は広場に響きわたり、人びとは美しいトナカイに注目しました。
いつも働いてくれているトナカイさん、いったいどうしちゃったのかな、どこか体が悪くて、それで今年の薪がすくないのかも。見て、かわいい小人が泣いているよ。
そのとき、ざわめく人びとの間を抜けて、背の高い人物がトナカイと小人のほうへやってきました。
『小人さん、わしはこのトナカイを助けたい。君は手伝ってくれるかね』
『ぼくは、なんでもします。ほんとうになんでもします!おねがいですからたすけてください!』
『たとえ自由をうばわれても?』
『はい』
長い髪とひげが真っ白なおじいさんは、にっこり笑って人びとのほうを振り返りました。
『みなはどうかね?』
人びとは顔を見合わせてからうなずきました。
『もう聖夜祭で金の木を燃やすことはできなくなるが、それでも?』
人びとの間にちょっとざわめきが起きました。
どういうことかな。お祭りの目玉なのにな。
つるつるはぎりぎりと奥歯を噛みしめました。ぼくのせいだ、ぼくのせいだ。
『むかしひとりの小人とトナカイが人に助けられた。かれらはそのことに感謝し、白い木が生える森の中で、たった一本だけ金いろをしていた木を人に贈った。人はその木の実を大事に育てて植え、金の木を増やした。やがて最初の木が枯れたとき、人はその枝を燃やして灰に変え、そりで星々に金の灰を降らせに行くようになった。金の灰には命の力がこもっているからね』
白いおじいさんはトナカイの体をなでてやりながらやさしく語りました。
『もうだれも覚えてはいないくらい、昔の話だよ』
小さな小さな金の火のそばで、人と小人はおじいさんの話を聞きました。
『みなさん、おねがいします!ぼくが悪いんです、ぼ、ぼくが・・・ぼく、なんでもします!』
つるつるは頭を地べたにすりつけておねがいしました。
『ぼくの体なんてどうなってもいいんです。どうせなまけものなんです、ぼくは、金の炎のためだったら、なんだってします、なんだってあげます、自由だって、命だって、ぜんぶあげたっていいんだ!』
やがて人びとの間に力強いうなずきが広がっていきました。
「グレンツェン、それからどうなったの?」
女の子は、言葉を切ってチョコをかじりだしたグレンツェンを急かしました。
彼女はねむくて仕方がないようにまぶたをこすりながらも、どうしてもお話を最後まで聞きたいようでした。
「それから、おじいさんは人と小人たちと力を合わせて森の木にポッと火をつけ、ぜんぶ金色の灰にしたんだ」
「・・・ぜんぶ・・・燃やしたの?」
「そうだよ。それはそれはおおきな金色の炎がお空へ伸びて、聖夜を金色に染めたんだ」
「きれい、だねえ・・・」
「きれいだったよ」
グレンツェンは座席に寄りかかって眠りかけている女の子のフードをなおしてやりました。
「金の灰の中へ埋もれたトナカイは、別の生き物になって森を出ていった。つるつるの小人は、トナカイの頭からこぼれた記憶の受け皿になって、彼女のお供をした」
「森は、それから白へもどったの・・・?」
「そうだよ、トナカイと小人が金の灰のめぐみを星々に分け与えてもどってくるまでの間ね。ほら、もう森へつくよ。起きて見てごらん」
グレンツェンは女の子をゆりおこして窓の外を指しました。
「まるで金いろの炎みたいだ」
金いろの森の前にある駅のホームには、真っ白なおじいさんと緑の小人たち、それからおおぜいの人が立っていました。みんな列車へ向かって手を振っています。
女の子は緑の服を着て緑のぼうしをかぶったぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、外を見たりグレンツェンを見たりしながらパッと花が咲いたように笑いました。
「グレンツェン、チョコのお礼にこれあげる」
女の子は、角が両側についている緑のフードつきのポンチョを脱ぎ、グレンツェンの手に押し付けました。
グレンツェンと女の子の体はだいぶ大きさがちがうのに、ポンチョはふしぎとグレンツェンにぴったりでした。
「ありがとう、金の炎」
「それが、わたしの名前なの。ゲデヒトニスはずっとそうよんでくれてたのに、わからなかったの。いまやっと、おもいだしたよ」
金の炎は、まばゆくかがやく金の髪をゆらして、ころころと愉快そうに笑いました。ゲデヒトニスも笑っているようでした。
「さよなら、グレンツェン。あなたはどこまで行くの?」
ナップザックからはみ出した赤い切符を見て金の炎はたずねました。
「分からないけど、君たちのことはずっと覚えているよ。それで、また会いに来るよ」
「わたしも、忘れない。ゲデヒトニスがそばにいてくれるから。ふたりで待ってる」
やがて電車はホームへ止まり、燃えるようにかがやく金の髪を持つ女の子は彼女の帰りを待つひとたちのもとへ下りていきました。
グレンツェンはその光景を窓越しにながめていて、とつぜんアッと声を上げました。
聖夜、金の森の上に、真っ白な雪が降り出したのでした。
(おしまい)
(あとがき)
トナカイはシカと違ってメスでも立派な角を持っているのだそうです。
そのうち金の炎ちゃんの絵も描きたいなと思っています!
読んだ方が、ちょっとの切なさをおぼえたのち、笑顔になってくれることをねがって書きました。
つたない物語です。閲覧いただき、ほんとうにありがとうございました。
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