第8章
セリーナは舞踏会の当日母親と共にジェシカの家を訪れ共にエドワードと合流しロナウド子爵邸に向かった…道中の馬車は若い者達と母親のグループに別れ片方は1日掛けて行われる舞踏会へと胸を膨らましもう一方は穏やかに世間話に花を咲かせていた。
ロナウド子爵邸に到着すると其処には招待客の馬車が列を成し順番に正面玄関へと通され従者に迎え入れられていた…
セリーナとジェシカはエドワードに手を引かれ馬車から降りると素晴しい屋敷の中に目を奪われた…
「セリー…とっても美しいお屋敷ね、ロンドン郊外にこんなに素敵なお屋敷を持ってらっしゃるなんて流石ロナウド子爵様だわ…」
「ええ、私も去年来た時にはお屋敷の素晴しさに目を奪われたわ…お部屋も素敵だけど子爵夫人のお庭もとっても素敵よ、今は冬だからクリスマスローズの咲くお庭が見頃だと思うわ…」
セリーナはキョロキョロと見回すジェシカの腕を取るとエドワートにエスコートされロナウド子爵夫妻と令嬢に挨拶を待つ列に並んだ。
挨拶が済むとセリーナ一行はあてがわれた部屋へと侍女に案内され1泊のみ過ごす為の荷物を解いた。
コンコンコン…
静かなノックの後コートを羽織り狐の毛皮の襟巻きとマフを持ったセリーナがジェシカの部屋に現れた。
「ジェシー、荷解きが済んだらお茶の時間までお庭の散策をしない?」
「セリー、実は届いた荷物が別の方の物で今私達の荷物を探して頂いている所なのよ」困った顔で溜息をつきながらジェシカは振り返った。
「そうなの…大変ね」心配そうにセリーナが言うとウェイルズ夫人が紅茶を飲みながら直ぐに見つかると思うわとのんびりと言った。
「直ぐに追いつくからお庭で待っていてちょうだい、取り合えず着替えて上着を羽織ったら貴女を探しに行くわ」ジェシカも母の隣に腰掛けるとどうする事もできないと言うように両手を天に向けやれやれと首を振った。
「ええ…分ったわ、お庭で待っているから直ぐ来てちょうだいね。寂しいから」そう言うとセリーナは襟巻きを首に巻き後でねと手を振り庭へと向かった…
庭は思ったよりも寒々としており誰も歩いておらずベンチに座る気にもなれずセリーナは去年ロナウド子爵夫人に教えてもらったクリスマスローズの庭へとうる覚えの記憶を頼りに足早に向かった……
暫く歩いたが目的の庭に中々たどり付く事が出来ず辺りは生垣に覆われ徐々に道幅が狭くなり1本道へと変化していった…
どうしよう…道に迷ってしまったみたい…セリーナは生垣の1本道を進みながら引き返そうか迷っていた…
歩いても歩いても先が見えないので仕方なく引き返し着た道を戻っていったつもりだったのだが途中で生垣は2手3手に別れ本格的に庭園の迷路に嵌ってしまった。
はぁ~と溜息をつき誰かとすれ違わないか、迷路の出口はないかと当ても無く彷徨っていると行く手に生垣が開け小さな噴水が在るのが見えた。
こじんまりとした噴水だが作りがとても凝っていて3段に水が流れ落ちる仕組みになっており中央の塔に人魚の像がありその像の持った巻貝から水が溢れていた。
よく見るとその貝も人魚の鱗も美しい貝殻で出来ていた。
溢れた水がたまり円形の噴水は周りがベンチの様に腰掛けられる作りとなっていた…歩き疲れたセリーナは有難くひんやりとした台座に腰掛暫くどうした物かと物思いに耽っていた。
どうしましょう…すっかり迷路に迷ってしまったわ…ジェシカがきっと心配してるでしょうね。もしかしたら気がついて探しに来てくれるかも?迷子になったら動くなって言うし…後少し待っても誰も来ないようなら入って来た所から出口を探してみようかしら…
セリーナは留まるべきか出口を探すべきか悩んでいると噴水の水中を泳ぐ金魚に気がついた。
まぁこんなに寒いのに氷の下でも金魚が生きているのね…マフから手を出しそっと氷を突くと金魚はビックリしたのかさっと泳いで蓮の葉の下に隠れてしまった…
セリーナは珍しい金魚の可愛い様子に目を奪われ暫く金魚の様子を見て楽しんでいた…どれほど時間が過ぎた頃だろう?何かが歩いてくる物音がしてセリーナはビックリして立ち上がって音のする方を窺った。
生垣の割れ目から背の高いダークブラウンの髪をした1人の青年が姿を現した。セリーナの姿にひどく驚いたのか身を引くように足を止めてセリーナを凝視している。
「…失礼、誰も居ないものと思ったので…貴女は?何方かな?」青年は近づく事もせず遠巻きにセリーナを不躾にじろじろと見ている…
「スミマセン…道に迷ってしまって…」セリーナは不安げに青年を見ていたが相手の威圧的な空気にすっかり不安になってしまって俯いた。
「そうですか…お嬢さん宜しかった出口までご案内いたしましょう。」言葉使いは優しいが手を差し出すわけでなくセリーナを見つめ立ち去る事を要求しているように見えた。
「いえ、済みません。道さえ教えていただけたら一人で戻れますので…」俯いたままセリーナが呟くとチッと舌打ちする音が聞えますます身を強張らせた。
「お嬢さん、貴女は道に迷ったわけだ、此処から屋敷に無事に戻れる自信も無いのに強がりを言うのは賢明ではない」
そう言うと青年はセリーナの元に大股で近寄るとセリーナの顎を掴んで顔を上げさせ顔を覗き込んだ。
その強引な仕草にビックリして目を見開くと青年の薄いアンバーの目と目が合った。その強い瞳に見返されセリーナは身動きできず2人は暫し見つめ合った…
中々青年が掴んだ顎を離さなかったためセリーナは青年の胸に手をやるとぐいっと押しやり目を逸らした。
「失礼…」そう言うと青年は背を向けて歩き出していった…
セリーナがあっけに取られて後姿を見つめていると青年が振り合えり早く来ないと置いて行きますよと冷たく言い放った。
セリーナが慌てて小走りで追いかけるとその様子を一瞥し待ってくれる訳でもなくさっさと歩き出していってしまった…
なんて無礼で紳士的ではない方かしら!セリーナは息を切らしながらドレスの裾を掴み小走りで青年を追いかけると聞えないようにブツブツと悪態をつき青年の後姿を睨み付けた。
「何かおっしゃいましたか?」青年は突然立ち止まり後ろを振り返ると少し息を切らしたセリーナを冷たく見つめた。
「い、いえ別に…その、追いつくのが大変なのでもう少しゆっくりと歩いては頂けませんか?」セリーナが追いつき懇願すると青年はニヤッと口の端を歪め笑うとセリーナに1歩近寄った。
「失礼、ご令嬢方は少し早歩きするのもままならない物でしたね」
その言い方にムッとしたセリーナはアンバーの目を睨み返すとこれ位の速さ別に構いませんと強がりを言った。
「そんな強がりをおっしゃっていいのですか?息が上がっていますよ?」
青年は更に小ばかにした様に笑うとセリーナの手を取って自分の腕に絡ませると殊更ゆっくりとした歩調で屋敷に向かって歩き出した。
セリーナは馬鹿にされているのが判ったので自分の腕を引き抜こうとしたが強い力で掴まれてしまい引き離す事もできず顔を憤りで真っ赤にして隣を歩く青年を睨み上げた。
青年はセリーナの方を1度も見ることもなくゆっくりとした歩調でしかしセリーナの腕を取る力は緩めずに黙々と屋敷に向かって行った。