第3章
セリーナが社交場に戻ると其処は相変わらず人で溢れていた。この社交場はそもそも階級としては中の下~下の下位の人たちが良く利用する場である。
常にダンスが出来るよう演奏がされており若い男女のが知り合ったり適齢期の子を持つ御婦人方の交流の場として使われているのである。
セリーナは母と姉を探して社交場の中を少し速い足取りで移動していたが顔見知りの令嬢達に引き止められたりしてその足は中々進まなかった…
「あら、セリーナ様御機嫌よう。いらっしゃっていたのね、気付きませんでしたわ。」
なるべく目を合わせないように先を急ぐセリーナを3人の令嬢が目ざとく見つけ声をかけてきた。
「あらポーシャ様御機嫌よう。今日は母と姉と来ておりましたの。」セリーナは声を掛けて来た3人を見回し微笑みながら見つめるポーシャの最後の嫌味に気付いて少し冷たい声で答えた。
気付きませんでしたと言うのはこの珍しい髪の色に対する嫌味なのだ。ポーシャの髪は少し赤みがかったブラウン…セリーナが髪の色を気にしているのを分った上での嫌味である。他の2人の令嬢はいつもポーシャと一緒に居る取り巻きだ。
「お母様とお姉さま?見かけませんでしたわ、今日はこの社交場もとても混んでいるでしょう?私達そろそろ失礼してもう少し空気の良い所へ行こうかと思っていましたの、お母様達見つかるといいですわね。」ポーシャはクスッと笑うと口元を扇で隠した。
取り巻き2人も同じ様に扇で口元を隠しクスクスと笑うとポーシャに付いてそれでは御機嫌ようと言って出口へと行ってしまった。
ポーシャはセリーナと同じ階級でポーシャの父も同じく貿易で一儲けしていた。何かしらというと張り合おうとしてセリーナの髪や瞳の色をチクリチクリと言いドレスやリボンの色デザインで張り合おうとしてきた。
セリーナにとって一番の係わりたくない人であった。
セリーナはポーシャと取り巻き達が居なくなると溜息を付きまた社交場の奥へと向かって歩き出した。
暫く奥に向かって歩いて行くと遠目に窓際の休憩スペースに座り紅茶を飲んでいる2人の姿が見えた。2人の黒髪は遠くからでも目立ちセリーナは自分もあんな風に目立つのかと思うとそっと溜息を付いた。
2人の傍には少し身体の丸いご婦人とその娘だろうか同じ様に綺麗な金髪の少女が居た。セリーナがよっていくと母が気が付いたのか白い手をそっと上げセリーナに振っているのが分った。
「セリーナ早かったわね…まだまだ戻らないと思っていたのよ。」母は優しげに微笑むと隣に座るご婦人の方を向き末の娘のセリーナですわと紹介した。
セリーナが自分が紹介された事に気付き膝を軽く折って挨拶をするとそのふくよかなご婦人は嬉しそうに微笑み初めましてと挨拶した。
「貴女がセリーナさんね、お会い出来て良かったわ貸し本屋さんに行かれたと窺ってお会いできないと思っていましたの。」
「セリーナ、此方はウェルズ男爵夫人よ、そしてお嬢様のジェシカさん。」雪が紹介するとジェシカは同じ様に膝をちょこんと折って挨拶を返した。
「お会い出来て嬉しいですわウェルズ男爵夫人、そしてお嬢さまのジェシカ様。」セリーナが嬉しそうに挨拶するとジェシカも嬉しそうに微笑を返し席に座るとセリーナに隣の席を勧めた。
「お会い出来て良かったですわ、ヴィォレット夫人から同じ年の娘さんが居ると教えて頂いていたのでお会いできたらなって思ってましたの。」そう言うとジェシカはセリーナの為に紅茶を入れて進めてくれた。
セリーナもありがたくそれを受け取ると1口飲みお礼を言った。
「私、このシーズンに初めてロンドンに来たものですからまだお知り合いも居なくて、母が偶然ヴィォレット夫人にお会いする事が出来たものですから嬉しかったわ。」
「そうなんですか、私も今シーズンのロンドンに来てまだ日が浅かったのでお知り合いになれて嬉しいわ。」
2人は邪魔されること無くお互いの事を知り合うために社交場を腕を組んで歩き趣味やドレスの事などをゆっくりと話し合うことが出来た。
「セリーナさんは読書家なんですね、私は流行にはついて行けていなくて…宜しかったら今度素敵な本を紹介いただきたいわ。」ジェシカは嬉しそうに話すとセリーナを伴い近くのソファに腰掛けた。
「どうかセリーナと呼んでちょうだい。私も宜しかったらジェシカと呼ばせて頂きたいわ。」セリーナが恐る恐る言うとジェシカも嬉しそうに
「もちろん。セリーと呼んでもいいかしら?私はジェシーと呼んで。」と言った。
かくして2人は素敵な友情を育むべくお互いを愛称で呼ぶことにして明日、セリーナが約束の本を持ってジェシカのロンドンの家を訪ねることで一致した。
ヴィォレット一行はディナーに十分間に合う時間に帰宅するべくウェルズ一家とお別れをして迎えに来た馬車で家路へと向かった…
「セリーナ今日は素敵なお友達が出来てよかったわね。」雪は嬉しそうに向かいに座るセリーナに言った。
「ほんとに、素敵なお嬢さんだったわね、あなたと同い年だったかしら?とても優雅で感じのよい方だったわね、」ビビアンも同意するように言い、仲良くなれるといいわねと付け加えた。
「ええ、ジェシーとは気が合うの、ドレスの趣味も何を美しいと思うかもね、お話していてとっても楽しかったわ。」セリーナは嬉しそうに同意してその後は今日借りてきた本の話を2人にしたが読書にあまり興味のない2人は適当にセリーナの話を聞くと興味をなくしたようだった。
家に帰り着くとセリーナは真っ先きに降りて執事が家を開けるのももどかしく一目散に自分の部屋に行くと今日会った素敵な人の名前をメモに書き忘れないように自分の机の引き出しにしまった。
スタンリー・ギャルウェイ様…また会えるかしら?…明日ジェシーに話してみよう。とても紳士的で優雅な方だったからもしかしたら貴族様かもしれないわ…貴族だったらジェシーも知っているかしら?
セリーナは引き出しからスタンリーの名前を書いたメモ用紙を取り出すとベットに横になりスタンリー様…と名前を呟き夢の中でもう一度会えますようにとお祈りをしてメモを枕の下にしまった…