第2章
3人が馬車で到着すると社交場は多くの人で溢れ賑やかだった…母と姉はそれぞれ友人を見つけ噂話を咲かせに行ってしまったのでセリーナは仕方なく隣接する会員制の貸し本屋に行くと告げて社交場を後にした。
貸し本屋は社交場に比べると人が少なく図書館の様に広々として静かだった…セリーナは読書が趣味で誰にも邪魔されなければ一日中でも本を読んでいる事が多かった…
最近のお気に入りの女流作家の本がある辺りへとキョロキョロしながら進んでいく。貸し本屋は図書館と違って本を借りる事が出来、種類も多彩であった。この時代図書館には学者・貴族などと言った上流階級しか入る事を許されずまた置いてある本も借りることは出来ず書館内で読むことしか許されていなかった。
気になっていた女流作家の最新作を無事手に取るとセリーナは嬉しそうに壁際の本を読めるソファに腰掛、2人が探しに来るまで此処でのんびりと本を読んで過ごそうとペラペラと本を捲り読み始めた。
半時位過ぎた頃だろうか突然話しかけられてセリーナはその相手を見上げた。
自分の方に少し屈みながら困った様子をするその男性はとても美しく見えた。髪は金に近いブラウンで瞳の色は濃い青をしていた。自分の容姿とは対照的な男性はなおも困った表情でセリーナを見つめている。
何か話しかけられたことを思い出しセリーナは長いことその男性を見つめてしまった事に気付き頬を赤く染めて慌てて答えた。
「失礼しました、何かおっしゃいましたか?私、本に夢中になってしまって…」しどろもどろに答えるセリーナを見てその男性はクスッと微笑み姿勢を正すとセリーナに話しかけた。
「失礼、お嬢さん。驚かすつもりは無かったのですが…ソファのお隣に失礼しても宜しいですかとお尋ねしたのですが?」男性は優しく微笑むとセリーナの座っている大きなソファの反対側の端っこを手で示した。
セリーナはビックリして思わずどうぞと頷いてしまった…
男性が有難うと言って自分の隣に腰掛、手に持っていた本をペラペラと捲り読み出したのをボーっとしながら見つめていて突然気が付いた。
付き添い人も無く見知らぬ男性と2人きりでソファに腰掛けているとはなんと恥ずかしいことをしてしまっているのだろうと思い急いで立ち上がった。
すると立ち上がったセリーナに気付き男性が本から視線を上げてセリーナを見た。
何か言わなくてはとセリーナは思いオロオロと話しかけた。
「本を読んでいらっしゃるところ申し訳ありません。見知らぬ方とご同席は淑女としてはいけないことだと思いますねで私は失礼いたします。どうぞお気になさらないでゆっくりと本を読んでください。」セリーナは顔を真っ赤にして失礼しましたと言って立ち去ろうと踵を返すとその男性が慌てて話しかけてきた。
「私も気付かずに申し訳ありませんでした。貴女の様なご令嬢が付き添いも無くお一人でいらっしゃるのに気付かず厚かましい真似をしてしまってすみません。」
「此処は私が立ち去りますのでどうぞごゆっくりとお過ごしください。」そういって男性は優雅に立ち上がるとセリーナの手を取り手の甲にキスをすると笑顔で立ち去ってしまった…
セリーナは顔を真っ赤に染めながらキスをされた手をそっと撫でて突然のできごとに驚きボーっと暫く男性が去った後姿を見つめていた。
一体何があったの?私ったら恥ずかしいわ……ストンとソファに腰掛け今までのやり取りを思い出していた。
結局あの方のお名前も聞くことも無かったわ…優雅な身のこなしの方だったわ…本を読む姿もさまになって…
セレーナはそんな事を考えている自分が恥ずかしくなって本を持つと慌てて貸し出しの手続きをしにカウンターへと向かった…
溜息を付きながら貸し出しボードに名前と本の題名を書こうと思ったときふと上の貸し出し者の名前を見ると其処には(スタンリー・ギャルウェイ=ホレス・ウォルポール著 オトラント城)と書いてあるのを発見し頬が再度高揚した。
先程の男性が読んでいたのは最近流行のホラー小説で有名な物だった…セリーナも読んでみたいと思っていた物なのでその題名が頭の中に残っていたのだ。
「スタンリー・ギャルウェイ様…」ポツリとその名前を呟きサッサと自分の名前と著書名を書くとカウンターを後にし社交場へと戻っていった…。