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17話 神子と悪魔4



 アディスはユイと一緒に子供達の基礎学力を見た。

 十分に理解力があり、子供だから想像力もある。

 素直に言う事を聞き、実に教えやすい子供達だと、アディスは安堵していた。

 彼らの成長は早ければ早いほどいい。

 アディスの為にも、ハーティの為にも。

「暗くなってきましたね。そろそろ終わりにしましょう」

「もう? わ、もう真っ暗!」

 エスカは驚いて外を見る。部屋にはアディスが明かりを作っていたので気付かなかったのだ。

「明日から、本題に入ります。私が帰るまでには、あの光を出せるようになりましょう」

「本当に?」

「もちろん」

「夜に本が読みやすくなる」

 グリーディア以外では、ほとんどがランプや蝋燭による明かりで夜を過ごしている。それすらも惜しみ、歓楽街以外の夜はとにかく早い。夜の明かりは財力の象徴だ。

「エスカはどんな本が好きですか?」

「何でも読むわ。マデリオが明るくしてくれるから、夜は本を読むの。

 でも夜が遅くなると、一緒にいちゃダメって」

 今の内から習慣を付けされているらしい。どのような関係になるにしても、節度は大切だ。

「それは仕方がありません」

「でも、ちょっと寝るのが。朝早くに目が覚めてしまうし。夏はいいけど、冬は日が昇るのが遅いから、なかなか本が読めないの」

「じゃあ、頑張ろうね。初歩だけでも、身につければ生活がうんと便利になるよ」

 ユイが言うと、エスカはこくこくと頷いた。少しは仲良くなれたようだ。そんな話をしていると、部屋のドアがノックされる。

「はい」

「食事です」

 エプロン姿のハノが顔を出した。

 セーラはいつものように料理を習いに、ミラは肉を切りに、ハノはミラの監視に厨房に押し入っていた。

 どうやらハノも料理をしていたらしい。

「モリィが面白い食材を見つけたって、張り切って料理をしましたよ。楽しみにしていて下さいだそうです」

「モリィが料理?」

 マデリオが驚いた顔をする。

 彼女の料理は独創的で美味い。グリーディアの味も基本は完璧で、グリーディアの料理人として働ける腕前だ。

 最近はグリーディア料理を改良して、新たな料理も創り出し、料理人として腕が磨かれていく。趣味の領域は既に越えているが、セーラはあくまでも趣味だと言い張る。

「どこに行っても厨房にいくのですから、困ったものです」

「なんで使用人でもないのに厨房に行くんだ?」

「料理が趣味だから」

「料理が? 趣味?」

「楽しいそうだよ。食べるのが好きな子だから、自分で作れれば、食べたいものがいつでも食べられるようになります」

「そっか。そうだよな」

 マデリオは納得した。

 自分の感覚とずれていると理解できない、悪魔らしい融通の利かなさはあるが、自分に当てはめて理解しようという意識はあった。

 この程度なら人間にもいる。これからの教育の仕方によって、変わってくる。

「さて、行きましょう」

「おお」

 マデリオは、人間の子供のように跳び上がって拳を突き上げた。






 知らない料理を作るのは楽しく、楽しい時間はあっという間に過ぎて、とうとう一番楽しみな「食」の時間となった。この瞬間の為に聖良は生きていると言っても過言ではない。

 元の世界では大学に行って一人暮らしをするために頑張っていたのだが、目標がなくなったらこうなった。

 そんな過ぎた事よりも、聖良には大切な事があった。

「うーなぎ、うなぎ」

 ウナギがいたのだ。あの高級魚、ウナギっぽいものがいたのだ。

 推定ウナギ。

 それを見た瞬間、もちろん聖良は捌いた。

 プロのような出来映えを望まなければ、素人でも何とかさばけるものだ。

 子供の頃、父の田舎で天然ウナギが捕れて、ちょっとだけ捌かせてもらった経験があるので、やり方は知っている。

 見映えが悪くてもいいなら、頑張れば出来る。

 そして頑張って捌いた。

「うなぎ?」

 アディスは浮かれる聖良を見て首を傾げた。

「美味しいです」

 持参した比較的癖のない醤油でタレを作った。正確には醤油ではないし、継ぎ足し作っている店の味には遠く及ばないが、あり合わせの材料にしてはよく出来ている方だ。

「変わった調理法ですね」

「美味しいです」

 力説して聖良はスプーンを手にする。この国は食べ物を手づかみにするらしく、スプーンしかないのだ。

 そして米らしき物もあったので、炊いてうな丼にした。

 正直、あまり好みの米ではないのだが、タレの味が濃いのでだいたいは誤魔化せてしまう。

「これ以外はこの国の伝統料理です。美味しいです。これはアーネスが好きだと思います」

「そうですか」

「あ、お酒はダメです。他の物で」

 メイドがアディスに酒を出そうとしたので断った。

「アーネス殿、その子は一体、アーネス殿にとってどのような関係なのか」

 エスカに食事用のエプロンを着けていたアスベレーグが問う。

「血のつながりのない、世話焼きな可愛い妹ですよ。

 たまに食べ物の事で暴走しますが、それ以外は言いつけを聞くいい子です」

 それでは食い意地が張っていると言われているようで聖良は腹を立てた。

 聖良は生活に潤いを持たす為に美味しいものを求めているだけで、暴走などしない。むくれていると、アディスは勝手に食べ始める。

「おや、美味しい」

 当たり前だ。不味い物は出させない。

 ミラがスプーンを使ってガツガツとうな丼をかき込んでいる。

 その隣で、ユイが主菜の肉を食べている。

「この肉美味しいね。何の肉?」

「それはパトっていうお肉だそうです」

 羊と牛の中間だと説明された。聖良にとって見た事もない生き物だが、美味しければすべてよし。

「へぇ。いいなぁ、こういう肉」

「肉が好きなのか?」

 マデリオがユイに問う。彼も肉が好きで、肉ばかり食べていた。

「僕の実家は牧場だったから。だからこっそり魔術も練習できたんだよ。神殿とかは、そういう場所を穢れ扱いして、あんまり寄ってこないから」

「なるほど」

 ユイは楽しげに肉を食べる。

 あまりに喜んでいるので、聖良は帰りに少し分けてもらう事にした。故郷の味は、尊いものだ。

「じゃあなんで神殿にいるんだ?」

「他の神子に見つかっちゃって。僕の印は太股にあるからばれにくいんだけど、独特の気配を隠せてなかったらしくて」

「独特の気配?」

 ユイはスプーンを左右に振り考える。

「そうだね。エスカ、今夜はそのことについて話をしようか。夜はリラックスして身体が覚えやすいから、お風呂に入ってすっきりしてから、神子としての勉強をしようか。大切な話をするから、マデリオもよく聞いてね。君が一人前になる前に、神殿にエスカを見つけられたらすべて終わりだから」

「お、おう」

 ユイはくすりと笑って料理を食べる。彼は雰囲気の優しい少年なので、エスカもすぐに馴染むはずだ。

「じゃあ、アイスクリームを夜食に持っていきますね」

「アイスクリーム?」

 マデリオとエスカが同時に言った。

「ミルクを冷やして固めた甘いお菓子です」

「美味しい?」

「すっごく美味しいです。グリーディアは寒いから食べる気にならないけど、ここはそんなに寒くないから食べられます」

 エスカがとても喜んだ。

 アディスが近くにいるから聖良でも冷凍庫並みに冷やすのも容易で、今も氷をたくさん入れた室の中に置いてある。グリーディアでは、真夏になったら毎日シャーベットを食べる予定だ。それが可能な魔術があって良かったと、聖良は心の底から感謝していた。






 ユイは神子としての心得の重要な部分を教え終えた頃、セーラがアイスクリームを運んできた。

 エスカが恍惚とした表情でゆっくりと味わって食べ、マデリオはあっという間に完食して、セーラにおかわりを求めた。

「マデリオ、勉強中だよ」

 ユイが呆れて言うと、彼はじわじわと瞳に涙を溜めて、半泣きになる。

「でも、でも、もうないっ」

 ユイはため息をついた。

 子供は子供。子供が大好きな味の前に、勉強どころでなくなるのは仕方がない。

「じゃあ、もう一杯だけですよ」

 セーラは自分の手をつけていなかった分を差し出した。

「モリィんだろ」

「私はいいんです。いつでも食べられますし、夜食べると太ります。どうせ足りないだろうと思って持ってきたんです」

 だから彼女はいつも夜は食べないようにしている。普通の女の子らしい、可愛い努力だ。

「ありがとな」

「冷やすだけだから、マデリオ君なら作れますよ。今のところ、この国ではマデリオ君にしか作れません。そう思うと、自分で作ろうって気になりませんか?」

「本当に冷やすだけなのか?」

「大ざっぱに説明すると、材料を混ぜてからちょっと熱いぐらいまで暖めて、あとは時々混ぜながら氷らせるだけです。冷やす方法さえあれば、誰にだって出来ます。真夏の暑い時に食べると、とっても幸せな気分になります」

「なるほど。おれにしか作れないのか……」

 そう言われて、その気になったようだ。自分だけ、という言葉は特別なのだ。

「マデリオ、私、毎日食べたい」

 そう言うエスカは、指をくわえて夢の世界に行っていた。

「真夏はシャーベットの方が美味しく感じますよ」

「シャーベット?」

「果汁をアイスクリームみたいに凍らせるんです。さっぱりして美味しいです」

 エスカはこくこくと頷いた。

「エスカちゃんも勉強を頑張れば、簡単に作れるようになります。こっそり大量につくって、自分だけで食べたり」

「わたし、がんばる!」

 食い気というのは、意外にすごい力を持っている。食べ物の美味しい国に住んでいるとなおさらだ。

「じゃあ、勉強頑張って下さいね。私はアーネスの所に戻ります」

「うん。またね」

 セーラが立ち上がり、案内をした使用人が空いた皿を下げた。

「材料の配合は聞きました。冷やして下されば、いつでもお作りいたします」

「そうか。なかなか楽しそうだな、料理も」

 マデリオがうんうんと頷いた。子供の勉強に対する集中力など、長くて一時間。いい気晴らしになった。

「じゃあ、あと一時間ぐらい頑張ろうね」

「ユイ君、何を教えているんですか?」

 セーラが可愛く首をかしげる。いつもよりも幼く人形めいた姿だから、よけいに可愛らしく感じる。

「今は簡単に『神殿』というものについて教えているんだ。神殿というものの意味、習慣、会いそうな場所。知ってれば僕みたいに見つけられにくくなるんだ。僕の時は大変だったよ、ハノがいたから。半悪魔は処分するとか言って殺そうとするから、とっさに支配しちゃったし。

 悪魔のマデリオの場合は歓迎されるだろうけど、先に待つのはウルだからね。

 下手をすれば二人で粛清してこいって、暗殺の命令をされるよ」

「ウルさんってそんなに恐い人なんですか?」

 セーラはユイに問う。

 彼女はアディスが狙われそうだという事以外、ウルの事をあまりよく知らないのだ。

「怖いよ。かなり力のある悪魔も竜も飼ってるけど、それだけなら僕も怖くない。

 怖いのは搦め手を得意とするような、厄介で珍しい魔物もたくさん集めているって事だよ。

 力押しも、謀殺も、いくらだって命令一つで完遂される。影渡りなんかに狙われたら、少しでも油断しただけで寝首をかかれる」

 ユイは首を切る動きを見せれば、子供達は震えあがる。

「気にくわない相手をいたぶり殺す事がウルの趣味なんだ。

 自分は絶対に安全な領域を確保してからでないと動かないし」

 今は友好的に関わっていられるが、先は分からない。

 その時は殺し合うよりはウルについた方がマシだ。

 究極の選択だが、神殿よりもウルの方が怖い。

 そう思っている事を神殿に悟られてもいけない。

 敵を増やすぐらいなら、処分するという方向に考えられたら、何をされるか分からない。

 毒など盛られたら、ミラがいくら強くても無駄だ。

「じゃあ、説明した事をノートにまとめようか」

「うん」

 エスカは紙とペンを目の前に置いて、セーラが珍しげにそれを見た。

「どうしたの?」

「珍しいんだよ。グリーディアの紙とは違うからね。あそこの紙は薄くて丈夫なんだ。ペンも中にインクを入れるタイプが多くて、インク壺とかも珍しいのかもね」

 セーラはモリィ用のポシェットから、最近よく売られているペンを出した。黒い芯があって、専用の柄に取り付けて使う文具だ。

「アーネスの所で売ってるんです」

「え、アーネスが? 文具?」

「はい。最近始めたそうです。お金儲けは得意ですから」

 金だけは苦労も無しに入ってくるという、他人から見たら不運だとはまったく思われない彼は、商売の事でも行動が早いようだ。

 その行動力が資金を産み、短期間で国内一の魔術結社にのし上がったのだろう。

「もう少し改良したら大量生産してみるんだそうです。そういうのが一般レベルなら売れるんでしょうねぇ」

 セーラは小さなメモ帳を取り出し、テーブルに置く。

「エスカちゃん、これあげます。細かい事は別の紙に書いておいて、要点はいつでも確認できるように、小さなノートに書くと便利です。私も呪文をこうやってメモしています」

「これ何語?」

「……暗号です。アーネスの魔術は機密いっぱいです」

「格好いい」

 さらりと嘘をついたが、セーラの実家の文字だ。

 彼らに直接すべてを聞いたわけではないが、今まで一緒にいて分かった事から、彼女が生前の『アディス』に呼び出された餌であったことは想像がつく。

 それなのに自分が初めの餌になった皮肉さ、そして伝染する不運体質。

 元々ついていない女の子だったセーラも、最近ではそれに磨きが掛かっているらしい。

 伝染したとしか思えない。食べたら、食べられたら伝染する不運。伝染どころか、ひどくなっている不運。

 考えると、肉を食べるのが怖くなる。

「消しゴムも半分あげます」

 セーラが手芸用の鋏で消しゴムを半分にして机において立ち上がる。

「じゃあ、あんまり長く離れるとアーネスが不安がるから戻ります」

 それは姉の後をついていく弟のようなものだ。

 誘拐記録が伸びるほど、セーラと離れるのを恐れるアディスの不安が大きくなって、過保護になる。

 どれだけ大人びていても、一人で寝るのを寂しがるところが子供らしくて可愛い竜だ。

 アディスが自分の竜としての力で人の形になれたら、大人を演じている今とは違い、普通に微笑ましくなるはずだ。

 今は、大人の姿で弟をしているので危ない雰囲気があり、たまにハラハラしてしまう。

「おやすみ」

「はい、お休みなさい」

 セーラは部屋を出ていく。彼女の部屋はすぐ近く。心配する必要など全くない。

 それでも心配なので、念のために廊下に出て、部屋にはいるのを見届けてから再び勉強に取りかかった。



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