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17話 神子と悪魔2



 コンソメのようなスープに、火の通った卵に、カリカリに焼いた謎肉のベーコン、見慣れぬ形のパンに、綺麗な緑色のジャムに、生搾りのオレンジジュース。

 卵は生食の事さえ考えなければ、常温保存で一ヶ月は持つ優れた食品だ。やはり鶏は飼うべきである。

 オレンジジュースも素晴らしい。

 やはり果物はいい。木が大きくなれば、ある程度放置してもそれなりに育ってくれる。むしろ季節ごとの果物の木というのは、憧れる。

「食が進まないのか?」

「いいえ。うちにもミカンの木が欲しいなって」

 アスベレーグが心配して尋ねてきたので、食生活の事で思案していた聖良は、首を横に振った。

「ミカンが好きなのか?」

「大好きです」

 コタツにはミカンだ。ミカンとコタツは冬限定で日本人の心のより所だ。

 外は雪の降る中、温かいコタツに滑り込み、猫を抱えてミカンを食べる。そんな日を夢見ていた。猫らしき物はいるので、我が家に必要なのはミカンだ。

 現在、聖良は子供らしく楽しげに朝食を食べてる。テンションを上げていると疲れやすいが、船酔いもせず、眠りすぎたので今はそれでちょうど良いほど元気だ。

「こらこら、鼻の頭にソースがついてますよ」

「えっ」

「こちらを向きなさい」

 アーネス姿のアディスにナフキンで鼻を拭いてもらい、聖良は再び食べ始めた。

「モリィは本当に美味しそうに食べるわねぇ」

 フレアが昨日とは違う服を着て正面に座っている。シルクのブラウスに黒いパンツと、いつもよりは大人しめだ。

「お料理、美味しいです」

「おかわりは自由だって」

「そんなには食べられません」

 モリィの時は聖良の時よりも小食だ。ずっとこの姿でいれば痩せるかもしれないと考えたが、身体に見合う分を食べているだけだから、それほど変わらないはずだと言われてしまった。

「ミラはおかわりいいの?」

「そんなに食べたら動けない。この船はいつになったら着く?」

「順調にいけば、明後日には」

 アスベレーグがミラに答えた。

 意外と早い。

「何十日も掛かるんだと思ってました」

 聖良が驚くと、アディスが組んでいた足をとき、身を乗り出してテーブルに手を置いた。

「グリーディアからは遠いですが、あの島からは真っ直ぐに進める場所にあるので近く感じるのですよ。グリーディアの比較的安全な港は、飛行船が飛んでいったのとは逆方向。船ではかなり遠回りしなければなりません。だから近くて遠い国なんですよ」

 アディスは分かりやすいように、皿をグリーディアに例えて指で線を書く。

「そうなんですか。でも近いのにこんなに人種が違うんですか?」

 周囲を見ると、あの子供達と同じような人種の人々のが乗っていた。

「グリーディアが北にあって、エンザとエキトラは東西で離れています。あの島がちょうど中間で、こんな感じです」

 アディスは近くにあったカップを皿から離れた所に置き、中央に指を置いた。ここが竜の島なのだろう。

「へぇ」

 中間にあんな島があるから、また大回りが必要になるのだ。厄介な地理である。

「もっと知りたければ、帰ってから説明します」

「はい」

「モリィは勉強が好きですね。いい子です」

 自分がどんな航路で他国に行ったかならともかく、どこにある国に行ったのかも分からないのだ。

 聖良は再び周囲を見回す。

 エキトラ系の人間もいれば、アディスやユイ達のような人種も乗っている。

「色んな人がいますね」

「エキトラの船なのですが、メインは荷物で、ついでに人も運んでいるだけだそうです。造船の技術はエキトラが世界一だと言われているから安全です」

 こんな大きな船が沈没する時は、一度にではなくゆっくりと時間をかけて沈没するはずなので、逃げる余裕は十分すぎるほどあるだろう。

 だから安全の事は気にしていない。アディスが竜に戻らずとも、フレアやハノがいるのだから、それほど困る事はない。

 だから聖良達が乗っても沈没することはないはずだ。

「後で船内を見て回りますか?」

「はい」

 異世界の大きな船の中、探険したくなるのが人間の性だ。例え大人になろうと、その好奇心が眠る事はない。聖良の様子を見て、アスベレーグがくすりと笑う。

「では私が案内しよう」

「ありがとうございます、アスベレーグさん」

「礼儀正しい子ですね。エスカ達のいい話し相手になりそうです」

「楽しみです」

 彼にはどのような説明がなされたのか聖良は知らなかったので、子供らしく微笑みで誤魔化す。

 子供とは、無邪気な振りして大人の顔色をうかがって微笑むものだ。






 陸地に降り立った時、聖良は感動した。

 大海原も一日あれば飽き、夜になると子供達が遊びに来るという、まったりとした船旅であった。

 沈没もしなかったし、魔物にも襲われなかったのだ。

 これほど平和な船旅が出来るとは、夢にも思っていなかった。

 まずそれに感動した。

 心の中で否定しながらも、またどこかに拘束された上に、船が真っ二つになったりするのではないかと危ぶんでいたのだ。

「無事に到着して良かったですね」

「本当に」

 アディスと二人で安堵した。

 船を沈めてしまっては、とても気まずい。人もたくさん死ぬし、聖良達のせいではないのだが、罪悪感を感じるだろう。

 アディスとフレアが退屈のあまり風を操り、予定よりも早く到着してしまったので、今はまだ昼間だ。

 無事にたどり着いたと実感し終えると、次は景色に感動した。

 活気のある異国の港の、美しい事。

 異国情緒としか表現できない、白い建物ばかりの港だ。屋根の青と赤がとても可愛らしい。太陽の光を受けて輝く海は美しい。元気に騒ぐ海鳥たちは可愛らしい。

「素敵な所ですね」

「グリーディアの港は、危険と隣り合わせですからね。これほど陽気さはありません」

 聖良は納得して頷き、もう一度港を見回す。

「でも、物々しいです」

 活気はあるが、戦艦があり、兵隊が港のそこら中にいる。雰囲気が爽やかなため恐ろしさはないが、この港町の規模から考えると、過剰に見えるほどの警備だ。

「一般人に手をあげるような事はない。商船がよく立ち寄るから、海賊対策が大切なんだ」

 アスベレーグの説明を受け、聖良はアディスの背に隠れて見た。

 海賊などと聞くと、眼帯男を思い出してしまうが、この世界のベタな海賊というのは、どんな格好をしているのだろうか。

「さあ、船を下りよう。子供達が待っている。とても楽しみにしていたから」

 楽しみにしていたから、言いつけを破って度々遊びに来ていたのだ。子供の好奇心は自然な事であり、あまり強く叱る気にはならない。

 聖良達がここに来たのは、本心の分からないアスベレーグのような大人達のためではなく、大人達に利用されようとしている子供達のためなのだから。

 桟橋を渡って案内されるがまま歩くと、子供達二人と兵士らしき男達が待っているのに気がついた。そして、兵士達の中にいる、一人だけ雰囲気の違う逞しい男にも。

 知り合ったことは内緒だから、子供達は駆け寄ってこない。

 初対面のように振る舞う約束を忘れていないのだ。

 アディスに手を引かれ、聖良は子供達の下へ向かう。

「お待たせ、二人とも」

 アスベレーグは待ちわびていた二人に声をかける。

「エスカ、マデリオ、こちらの方が魔術師のアーネス殿とモリィ殿、神子のユイ殿、半悪魔のフレア殿だ」

 アディスは二人の視線に合わせるため膝をつき、エスカの手を取りその指先に口付けた。

「はじめまして、アーネスです。お見知りおきを、可愛らしいお嬢さん」

 エスカは恥ずかしそうに身をよじる。

 マデリオは感心したようにアディスを見た。見習おうというような顔をしている。

 そのために来たはずなのに、聖良の中で危機感が募った。このままでいいのかと。

「立ち話も何だから、中で話そうよ。中から外も見られるし、街を案内するよ」

 マデリオは聖良の手を引いて馬車を指さす。

「はい」

 子供は無邪気で可愛いものだ。

 初対面っぽく見せなければならないのをもう忘れている。

「マデリオ……」

 アスベレーグが心配そうに彼を見た。

 彼からすると、初対面の見た目が可愛い女の子の手をいきなり握って、口説いているようにすら見えるだ。彼の将来を心配するのは仕方がない。

「子供同士はすぐにうち解けますね。微笑ましい」

 二人にエスカも混じったので、アディスはすかさずフォローを入れた。

 子供同士でいきなりなれ合っているように見えれば御の字だ。






「素敵な街ですね。異国に来たって感じです」

 白くて青くて赤くて綺麗だった。道はコンクリートのように見える。

 坂道を登って上から見ると、赤と青の屋根は市松模様になっていてるのに気付いた。

 赤い屋根の家の集まりと、青い屋根の家の集まりが、綺麗に並んでいるのだ。

「屋根の色は街区なの。分かりやすいでしょ」

「住所とか分かりやすそうですね。町内会みたいなものですか?」

 看板でも立っていたら、絶対に迷わないほど綺麗に区切られた街だ。

「そんな感じ」

 聖良は理解されるか心配だったが、言葉がニュアンスで伝わる魔法は、聖良が思う以上に便利なようだった。

「お城から見て、下に行くほど番号が大きくなっていくの」

 なだらかな傾斜を登っているのだが、城は一番上らしい。したから見えた立派な建物が、それなのだろう。

「おれ達の部屋から見ると、城下はよく見えるぞ。ここから見るのとは全然違うんだ。モリィにも見せてやるな」

 マデリオは自慢げに言う。自慢したくてたまらない、そんな子供らしさが可愛らしい。

「この街を出ると、少しの間は農地なの。しばらく行くと王都があって、その向こうはまた農地なの。城からは造船町も見えるわ」

 エスカも楽しそうに語る。

 同年代の女の子が珍しいのだと聖良は判断した。

 同年代の女の子がいたとしても、彼女は神子。

 親がその事に反応すれば、子供にも伝わるものだ。親が差別する対象は、子供も差別する事が多い。この場合、差別とは言っても、特別であるという方向だ。

 そんな事を考えていても、それは想像であり、確かめていないのだから意味はない。

「鍛冶屋はないのか?」

 ミラがミラらしい事を尋ねた。

「あるよ。王室付きの鍛冶職人は、この国で一番だ」

 マデリオが食い付いた。男の子だから武器に興味があるのは普通の事だが、実際に振り回して遊びそうな所が恐ろしい。

 そしてミラが幸せそうな顔をしているのが、さらに恐怖をかき立てる。

「み、見るだけだよ」

「見るだけ……」

 ユイの忠告にミラが指をくわえる。

「剣の一振りぐらいかまわないはずだ。お前は殲滅の悪魔と呼ばれている人間なのだろう。どう闘うのか見てみたい。職人だって、そんな人間に自分の仕事を使ってもらいたいと思うはずだ」

 マデリオはユイに絶望を与えるような事を言う。

 正論だが、ミラにだけは与えては行けない正論だ。彼女は世間と外れすぎている。

 ユイの顔色が蒼白になる前に、フォローをしなければならない。

「だめです。ミラさんはそんな名前を与えられたように、殺すための技術ばかりです。

 何かを殺す以外で実力を見せる事は出来ず、生半可な相手では実力を見せる間もなく瞬殺ですから」

「マジでっ、かっけぇ」

 子供らしい反応だった。

 瞳をキラキラと輝かせ、珍獣を見るような目をミラに向ける。

「見たいなぁ、瞬殺」

「長く生きていれば、その機会もあるでしょう。

 それが自分に向けられた物でない事を祈り、楽しみにしていなさい」

 好奇心をさせに募らせたマデリオに、アディスが大人の解答をする。

 出会い頭にその機会に恵まれてしまった彼は、それ以来ミラが苦手で仕方がない。

「彼女は中級ぐらいの悪魔なら瞬殺しかねない女です。

 不用意に背後に立つと、切られるので絶対に忍び寄ってはいけないよ。

 とくにエスカ。君の命はマデリオの命でもあるのだから、命を守る事を最も優先しなさい」

「はい」

 その様子を見てユイがため息をつく。彼はエスカと話をしに来たのに、まだ一言も言葉を交わしていない。

「でも、本当に景色のいい国ねぇ。グリーディアも退屈のないところだけど、壮観かと言われると違うものねぇ」

「景観よりも配置にこだわった国ですからね。あれはあれで芸術的ですが、知識があってこそ。

 この光景とは対極に位置するようあり、同じとも言えます」

 フレアはそれを聞いてクスクスと笑う。アディスはグリーディアが好きで、グリーディアに居続ける為にアーネスを取ろうとしている。

 逆にフレアは国を出た時のことを考えている。グリーディアに居座り続け、兄のようになるのを恐れているからだ。

 グリーディアを捨てるのではなく、外にも出るということだが。

「グリーディアは違うのに同じ? どういう意味だ?」

「意味を持つ、完璧に計算された街という意味では同じです。グリーディアの主要都市は、街自体が結界の役目を持ち、魔物を遠ざけ、魔術の威力を増すようになっています。そのため、結界に必要な建物を潰すにはかなりの手続きと手間暇が掛かります」

「へぇ。面白そうだな」

「残念ながら、悪魔であるマデリオを招待する事は出来ませんが」

「残念だな」

 マデリオは唇をとがらせ、そして窓の外を見るフレアを見た。

「半悪魔はいいのか?」

「私達は半分人間だからいいの。それに、私の兄はハーネスが姿を見せるよりも前からいたの。つまり悪魔達が観察を始める前から。私は兄に育てられている事になっているから、誰にも文句を言われた事はないわよ」

 人形師ぐらい長く住んですれば、悪魔の血を引くなど関係なく、それはグリーディアの歯車の一つだと言える。

「あと、ハノは神子の使い魔だからいいの」

「他の半悪魔とかは来ないのか?」

「来ても簡単に排除されてしまうわよ。魔術師もいるし、お兄さまもいるから。私の場合は、これ消せるから」

 フレアは模様を消して見せた。

 模様は半悪魔を見分ける唯一の特徴であり、それがないと誰にも分からないのだという。

「消しちゃうの? 格好いいのにもったいない」

「あら、エスカは気に入ってくれたの? 嬉しいわ」

「綺麗。どうしてそんなのが出るの?」

「悪魔独特の魔力の流れらしいわ。親が同じだと似るけど、親が違うからハノとは違うでしょ。この鼻に掛かる部分がちょっと気に入らなくて、いつも薄くしてるの。とはいっても、幻術の一種だけどね。グリーディア育ちのお兄さまがいるからこそ、こんな技術があるのよ」

「へぇ。魔術って面白いのね」

「そうよ。面白いから、神殿に潰されても潰されても学ぶ人がいるの」

「でもそっちの神子は魔術師なんでしょ?」

 彼女は頼りなさげにおろおろしているユイを見た。

「本当に魔術師なの?」

 疑われたユイは肩をすくめて手を差し出す。

「その人達に比べると、悲しいほど実力差があるけどね」

 そう言って、ユイは呪文を唱えて掌に光を生み出した。

「これぐいなら、君にも簡単にできるようになるよ」

「本当に?」

「ああ。本を読む時は便利だよ。きっと後でアーネスが教えてくれるから。グリーディアの魔術は洗練されていて、無駄がないから覚えやすいと思うよ」

 グリーディアの魔術は、簡単なものであれば、発音が正しければ発動する。

「私としては、系統が違うので興味深くはあります」

「グリーディアの実践的な魔術とは比べものにならないよ」

「原始の魔術とも違い、省いてきた無駄の中にも別の道があるのですよ。それは実に興味深い」

「そんなものかな?」

「研究者というのはそういう物です」

 エスカがキラキラと輝く目でアディスを見ている。

 年上で頭がよさそうに見えて、格好いい異国の男が気になるような年頃だ。それでも憧れだけですむ年頃だ。

 それから、子供達は気の向くままに話した。

 大人達はその好奇心に根気よくつき合い、とくにアディスはクールを装ってデレデレしっぱなしで話をしていた。

 一番の心配の種であった悪魔については、どうにかなりそうだ。

 次はユイの目論み。

 その次は、あのエルフ一家の大黒柱でなければならないはずの獣人である。



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