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16話 エンザ9


 セーラは小さい。小さい生き物は思わぬ所に隠れられるし、隠されてしまう。

 ほんのわずかな距離を歩いただけでこんな事になるなど、実にセーラらしい。笑えないほどセーラだ。これぞセーラという、セーラっぷりだ。

 エリオットも一緒に入りたかったが、さすがに男の身だ。ミラにもう少し常識……せめてうっかり人を襲う癖さえなければ、いつも見張らせる事が出来るのに。

 アルティーサは天然ボケで頼りにならず、リーザも他人に触れられるのはあまり好まない。

 セーラを安心して任せられるまともな女性がいなかった。むしろセーラがハラハラしなければならない女性ばかりで、ユイやハノのようなまともなのは男性だけだ。

 エリオットはドアをノックし、人がいるかどうかを確かめる。いなければ壁抜けする。いるならドアさえ開けば、慣れ親しんだセーラの……アディスの魔力は感知できるはずだ。エリオットは自分の能力を信じていた。

「おや、お嬢さん。どうしたんだい。確かエリーちゃんだったかな」

 出て来た男が知っている相手で笑みを作った。

 エリオットと名乗ったはずなのに、勘違いをして口説いてきた男の一人だった。

 アディスならともかく、それ以外の男に口説かれるのは気色悪いが、この際は女の子の振りをしていた方が親切にしてもらえるので、勘違いを利用している。

 このように出てきてくれなければ、部屋の中に進入し家捜しをする。

 そうすると、法に引っかかりそうな物も色々見つけたが、それはどうでもいい。

 今目の前にいるのは、髪の長いキザな男だ。先ほど話をした時は結んでいた艶やかな黒髪を、今は下ろしてくつろいでいる。

「あの、連れを見ませんでしたか? 黒髪の小さな女の子」

「ああ、あの乳ので……小柄な子」

 どこを見ているスケベ野郎と股間をけりつけたいのを我慢した。エリオットも人の事は言える立場ではない。

「エステに行ったのに、どこにも見あたらなくて。あの子、よく変な人に目をつけられるから……手当たり次第に探しているんです」

「それはいけない。確かにマニア受けしそうな……可愛らしい子だったな」

 一瞬の間は、何を言いたかったのだろうか。

 しかしセーラはマニア受けするタイプなのは間違いない。アディスのような、かなり世間的に後ろ指を指されるようなマニア受けをする。

 もちろんエリオットはそのようなマニアではない。彼女の内面が好きなのであり、外見が可愛らしいのはオマケのようなものだ。もう少し育っていてもいいと思っているぐらいだ。

「よし、お兄さんも手伝ってあげよう」

 男は笑みを浮かべて申し出た。

「本当ですか?」

「ああ。そういう変質者には何人か心当たりがある」

「変質者もそうですけど、あの子はグリーディアの魔術師だから」

「ああ、そうか。その線もあるね。だったら、こんな人目の多い賓客棟にはいないんじゃないかな。いるとしたら二流棟だろ」

「二流棟?」

「予備の客室だよ。元は軍事施設だったから、客室としてはレベルが低くて、安いんだ。だから二流棟って、俺たちは呼んでいる。そんな風に呼ばれてるところに泊まってたら、ケチがつくだろ。だから部屋が空いてるなら、無理してでもここに泊まるんだ。こっちによその客を連れ込むのはまず無理だけど、あっちなら人が少ないから分からないな」

「なるほど。ありがとう、お兄さん」

 魔術狙いもあるが、変態という線も捨てきれない。どちらにしても、犯罪者が人目のつくところにいる可能性は低い。

 そろそろ日も暮れるので、商人なら商売のために忙しいだろう。だからまだ大丈夫だと信じたいと願った。しかし、もしもの事があったら──

 エリオットの脳裏にミラの顔がよぎる。竜でもなく、ミラの顔。

 殲滅の悪魔と呼ばれるようになったのは、一度殺しを始めたら、禍根を残さないようにその場にいた全員を殺すからだ。まだそのような暴走は見た事がないが、セーラに何かあったら間違いなく暴走する。

 ユイの命令は、聞く耳がなければ届かない。我を忘れては意味がない。

 そしてエリオットは止める気なりそうにもない。

「待て待て、エリーちゃんみたいな美人一人だと危ないよ」

「でも、この都の全員の命がかかってるんです」

「は?」

 エリオットは階段に向かう。すると男もついてきた。

 下に降りると、一部屋一部屋確認していたユイ達を見つけた。アルテ達もいっしょにいる。

「ユイ、別に人気の少ない客室棟があるんだって」

「え、そうなの?」

「このお兄さんが案内してくれるって」

 ユイはアルテ達を見た。何か言いたそうに見えたので、言葉を待った。

「実は、リーザがずっと変な気配がするって言うんだ」

「変な?」

 リーザはこくりと頷く。

「こう、嫌な匂いが」

「何か腐った物でもあるの?」

 さすがにセーラはまだ腐っていないから、関係ない。

「違う。嫌な……何の匂いかは忘れたけど、あんまり好きじゃ匂い。それが強くなったから、原因を知りたくてみんなを探してたの」

「どっちの方から?」

 リーザが指で示す。男の表情から察するに、目的地がある方向だ。

 これでもう彼は必要なくなってしまったのだが、ここで帰れとは言えない。フレアの時なら言えたが、今は眼鏡を外していてもエリオットだ。まだ大胆さが足りない。

「リーザ、ひょっとするかもしれないから、匂いが強い方に案内して」

「わかった」

 リーザは犬のように鼻を鳴らして歩き出す。

「今思ったんだけど、始めからリーザの鼻を頼れば良かったんじゃ……」

「私は犬ではないから、体臭の薄い女の子は分からないの。あの風呂から出てきた人は、みんな似た匂いがするし」

 風呂に入ったばかりでは余計に混乱するようだ。

 ならば仕方がない。

 しらみつぶしよりは、ずっと可能性が高いのだ。文句を言わずにリーザを信じるしかない。




 アディスはセーラのペンダントを手に、魔力を手元に集中させた。

 セーラを思い浮かべながら、魔力を少しずつ流す。

「何をなさっているんですか」

「セーラを探しているんですよ。これはセーラに持たせていた魔具の一つなんですが……本来なら、彼女を捜すための魔具なんです。エステで俯せになるから外して……前の時もシャワーで外していました」

「…………外しやすいものよりも、腕輪を改造した方がいいのでは?」

「そうですね。せっかく神殿で売られている本物ですが、その方がいいような気がしてきました」

 今のように外せる物ではなく、本来のように神殿以外では取れないようにする。そうすれば誘拐されても探し出せる。

 見栄えよりも実用が大切だ。

 セーラのことだから、自力で脱出しようとするのは間違いない。捕まえている相手がお茶会を開いたりでもしない限りは、逃げようとする。距離が近いので魔術も使える。

 それでもセーラだから心配だ。

 予定通り遂行できる知恵はあるが、それ以外の、誰もが予想しない要素で躓く。

 それがセーラ。

 それはアディスにも当てはまる。

「セーラさんはよくこのように拐かされるのですか」

「よく……というか、たまに。狙われているというよりも、特技が『一つしかない外れを引く』とか『何もないところで上から落ちてきた物に当たる』とか、そういう子なので」

「…………」

「ようは、ついてないんですよ。こんな世界に来てしまった時点で分かるでしょう」

 可哀相なセーラ。

「位置的にはこの辺りのような感じですが、高さが違いますね」

 アディスはペンダントの反応を見て、階段を上る。同じぐらいの位置に立ち、また登る。

 屋上まで行ったが、どうにも違う。

「やはり、あまり才能がないんでしょうか」

 ため息が漏れる。これで分からなければ、また手当たり次第だ。

 レンファにとっては客の機嫌を損ねる、最も悪手である。

「そういえば、この棟には地下室があるんですよ」

「地下?」

「使われていないから忘れていたのですが、元々は軍事施設で、地下牢があったんです」

「もっと早く言ってください」

 忘れるとは何だ、忘れるとは。そう言って首を絞めたい衝動を抑え込む。

「申し訳ありません。私はほとんど関わりが無く、イーリンが出入りしていなければ、一生知らずに……」

 イーリンが出入り。

 殴りつけたい衝動を、全力で押さえつけた。殴っては国際問題。

「そこでしょう、常識的に考えてっ! イーリンの行方不明の時点で気付いてくださいっ!」

「ああ、すみませんっ、あまりの事に困惑し」

 何だかんだと、彼は若い。アディスよりも年下だ。顔には出さなくても、混乱で頭が回らないというのはあって当然だ。

 イーリンは念のために寄っただけで、偶然に当たりを引いて捕らえられた可能性が高い。

 しかし彼女が何者であるか知っていたら殺される事はない。異世界の人間など、庶民だろうと興味深い。あの小さなセーラですら、アディスの知らない事をたくさん知っている。

 しかし異世界人だと知らなかったら、利用価値の高そうなセーラと違い、どんな目に合うか分からない。

「とにかく、そこに案内してください」

「はいっ」

 二人は全力で階段を駆け下りた。




 聖良は気を失った女を自分達を縛り付けていた縄で縛り、猿ぐつわを噛まし、部屋に転がした。

「ふぅ」

 二人でやれば、手早くすむ。一人だったら動かすのだけでも大変だった。

「次は、他に見張りがいないかですね」

 呪文を唱えながら、もう一度こっそりと外に出て、周囲を見回す。

 人の気配はない。

 イーリンが部屋の外に出たのを確認すると、ドアの内側に用意していた魔術を押しつける。もう一度呪文を唱えて、ドアノブにも押しつける。

「それは?」

「トラップです。ミラさんに教えてもらったんです。あの人はサバイバルの天才ですから」

 殲滅の悪魔と言われるほど殺しながら、生きていけるぐらいだ。

「さて、行きましょうか」

 戻ってきたら、もう一人転がっているかもしれないので、少しばかり楽しみだ。気分は罠を仕掛けた猟師だ。

 あれは掛かっていると嬉しい。

「セーラ、待って。なんか音が……」

 イーリンが出口ではなく、奥の方を見て呟いた。暗くて見えない。

 聖良は耳を澄まして聞く。

 しばらくすると、ぴちゃん、と水音が聞こえた。

 水音。石造りだから、どこかから漏れていたのか。いや、聖良は今まで聞いていない。耳を澄まして音を聞いていたから、少しは聞いていたはずだ。

「この奥は?」

「牢屋以外は何もないわよ」

 聖良は明かりを作って奥へと投げる。人魂のようにふよふよと、廊下を照らして前進していく。

 奥までたどり着くと止まる。

「牢屋の中……?」

 イーリンはさっと青ざめる。幽霊か何かを想像したのだろう。

「このまま後退するべきか、後ろを片付けてから行くべきか……」

 余計な事をすると墓穴を掘るから、悩むところだ。

 呪文を唱えようと、記憶の中から使えそうなものを引っ張り出す。


 ──ぴちゃん

 

 聖良は振り返った。

 遠かった水音が、近距離で聞こえた。


 ──ぴちゃん


 後ろに。

 聖良は恐る恐る振り返り、床が濡れているのに気付いて後ずさった。

「な、なにっ!?」

 上を見た。

 頭の中が真っ白になる。

 何かいた。何か、こう、ゲームの中に出てきそうな化け物的な何かが。

「のわあああああっ」

 思わず逃げた。牢のある方へ。

 イーリンもほぼ同じ行動に出ていた。

「わ、わ、ワニが天井にっ!?」

 イーリンが走りながら叫んだ。

「えっ、ワニっ!? 今のワニなんですかっ!?」

 信じられない言葉を聞いて、聖良は天井を仰ぎ見た。

「あれ、いない」

 聖良は牢の前で足を止めた。

 ワニが地下牢にいるなど、天井に張り付くなどあり得ない。

 すべてがあり得ない。

 きっと何か別の生物だと、どうでもいい事を考えながら、ワニっぽい生物を探した。ワニだろうがなんだろうが、その化け物をどうにかしなければならない。

「なんでこの歳になってようやくゲームみたいな事が起こるのっ!?」

 イーリンが錯乱して頭を抱えた。

 聖良も散々な目に合ってきたが、これほど本格的なのは初めてだ。殺人鬼のアレは、別ジャンルなので置いておく。

 それよりも、聖良なら多少噛まれても、毒があってもそうそう死なないが、イーリンは簡単に死んでしまう。

「ひぃぃぃっ」

 イーリンが倒れた。

 見ればいつの間にか、倒れたイーリンの上に、ワニを少しトカゲ寄りにしたような生物がいた。ワニなのに化け物のように身軽だ。

 イーリンに押し掛かった事により、彼女かけていた術が発動し、ワニは痺れて動けなくなる。

 追加の一撃を加えたかったが、そうすると下にいるイーリンにも害が及ぶ。

「お、重い」

 イーリンがワニの下で呻いた。

 イーリンがワニと言ったが、何に例えるかと言われれば、聖良もワニだ。ワニとコモドドラゴンを足して割ったような、巨大で、人でも食うだろうと思われる、凶悪な面構えだ。

 聖良はワニをどけようとしてみたが、重くて動かない。足を使ってみたが、重い。のし掛かり方が悪いのだ。

「ど、どうしよう。ワニって何キロぐらいあるんでしたっけ」

「顔が、キモ、こわっ」

 イーリンがじたばたと必死で手足を動かす。聖良もめげずに手伝う。二人で協力し、ひっくり返ろうかという瞬間、ワニが動いた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ」

 イーリンに被害などと悩んでいる場合ではない。聖良は杖を振り上げ、叩き付けようとして固まった。

 ワニが起き上がりながら、変わっていく。

 ワニが人間の男に変身した。

 腰に布を巻き付けただけの男になった。

「変質者!? ワニは!? 変質者!?」

 錯乱した聖良は、錯乱したまま振り上げた杖を思い切り振り下ろした。

 ワニだろうが変質者だろうが関係ない。

 とにかく変質者撲滅。

「てぃっ」

「ま、待てっ」

 変質者は唯一の安全地帯である、聖良の手首を押さえた。

「いやっ、離せ変質者っ!」

「へ、変質者じゃなくて」

 パンツですらない腰巻き男が、変質者でなくて何だというのだ。

「セーラ、後ろっ」

 後ろを意識した瞬間、口を布で押さえられる。

 男の手。

 この男も濡れて冷たかった。

「ううっ」

 噛みついてやりたいが、力が強く口を開けられない。

「口を封じているから、さっさと縛れ」

「ああ」

 腕をひねられ杖を落とし、変質者に縛り付けられる。

「アミンがその部屋に」

「ああ、分かった」

 変質者は牢番の部屋のドアに手をかけ、痺れて倒れた。しかしすぐに復活し、弱々しく起き上がって前に進み、二つ目のトラップに引っかかって倒れる。今度こそ動かない。

 それを見て聖良の口を押さえている男が舌打ちする。下手に手を離せない彼は、周囲を見回した。

 仲間はこれで頭打ちのようだ。

 三つ仕掛けておけばよかったと、聖良は後悔した。そうすれば倒れたところで完全にトドメをさせたかも知れない。

「つつっ……何をしているの」

 中から縛ったはずの女が出てきた。

 この騒ぎで目を覚ましたのだ。

「逃げ出しそうとしていたよ。そいつは罠に引っかかった。気付かれるのも時間の問題だ。荷物は最低限でいい。出るぞ」

「分かった」

 使用人の格好をした女は、気を失った男に蹴りを入れて聖良に近づく。

「手をずらして」

「頼む」

 女は聖良の鼻に向かって、香水瓶に入った液体をかけた。息を止めていたが、また液体を振りかけられる。息をずっと止めていられるはずもなく、聖良は少しだけ鼻から息を吸ってしまった。

「効かない?」

 女はしつこくしつこく聖良に香水瓶の中身を吹きかけ、それでも平然としていたためか、蓋を外してハンカチにしみこませ、それを聖良の口に押し付けた。

 いつもの如く、そこから先の記憶がない。



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