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15話 人形 2


 外だけ見たことのある屋敷。

 聖良はモリィの姿でアーネス姿のアディスに抱き上げられ、かなり古いが汚くはない屋敷に入る。

 外に馬が止まっており、レンファは先に到着しているようだった。

 玄関ホールは天井から下がる不思議な丸い照明に照らされ、薄暗い異様な雰囲気を醸し出している。

「なんか、お化けの出そうな……」

「あの人形はお化けのような物でしょう」

「うう、そうですね。動く死体ですもんね……」

 そう考えると、まるでではなく、本物のホラーハウスだ。よく見れば部屋の隅にはその動く死体、人形師の人形がいた。

「こういうのはね、考えないようにするのが一番よ。あれはただの人形。それ以上考えたら負けよ」

「そうやって目を逸らして生きてきたんですね」

 だからフレアは眼鏡もつけないのだ。見ない事は彼にとって大切だから。

「おかえりなさいませ。こちらでございます」

 人形は無表情に言い、背を向けて歩き出した。

 案内されたレンファ達は恐ろしくなかったのだろうかと疑問を持った。

 聖良はアディスに抱き上げられているからまだいいものの、普通、これは恐いだろう。

「あら、笑い声が聞こえるわね。ほんと、あのチビの割り切った感じがムカツク」

「お前がそこまで誰かを嫌うのは珍しい。しかしあんまりチビチビ言うと、それより小さいこの子がまた一人で落ち込むからやめなさい」

「女の子が小さいのは可愛らしいから欠点じゃないもの。でも男のチビは欠点でしかないわ」

 小さい、というだけで寄ってくる男が存在するのは嫌だった。

 好み、という言葉では片付けられない、アディスのような変態も嫌だった。

 変態でもさすがにアディスはもう慣れたが、他の変態には慣れない。

 レンファの場合は変態だからと言うわけではないから、嫌悪感はないが、切なさはある。

「さっきから談笑に混じって聞き覚えのある聞きたくない声が混じってるんですが」

 耳の良いアディスは、足を止めて顔をしかめた。

 聖良も耳を澄まして聞くと、小さな低い声が混じっていた。声だけ聞くと耳に心地よい美声だが、された事を思うと鳥肌の立つ、人形師の声。

「お兄さま、何考えてるのかしら。確かに許可はもらったけど、来てくれなんて言ってなし、モリィが来るなんて漏れているはずないのに」

 彼が活発になるのは、女の子の事だけだとフレアは言っていた。

「女の子の事だと勘違いしてたとか」

「男の商人とお話しするって言ったわよ……まさか、人形に珍しい物を身につけさせたかったのかしら。しまったわ。迂闊だった。今更モリィを隠しても遅いし」

 フレアは爪を噛む。実の弟からこの扱い。彼は兄運に恵まれていないのだ。

「フレア、人形師にはどこまで話しましたか」

「何も話していないわ。アーネスと知り合った事も話してないもの」

「じゃあ、本当にただなんとなく来たのか……」

 アディスはため息をついてフレアを促す。ここで帰っても意味はない。レンファから話は聞いている可能性が高く、一人で待っている方が危険である。

 ただ、アディスが聖良を隠すようにマントを絡めた。

 フレアもいるから大丈夫のはずだ。

 竜を欲しがったのは、フレアであり人形師ではない。人形の中にはモリィほどの子供はいなかった。

 人形が部屋のドアを開き、まずフレアが入り、アディスが入る。

 聖良は人形師と目が合わないよう、アディスにしがみついていた。

「ああ、アーネスさん。こんばんは。お呼びだてして申し訳ありません」

「構いませんが、なぜそれと親しげに話しているのですか」

 アディスは嫌悪感を隠そうともしない。彼も被害者なのだから仕方がない。

「人形師さんのように叡知をお持ちのお方と話をする機会など、そうあることではありません。商売とは、人の話を聞く事が第一歩だと言われています。よいお話が聞けました」

 商人らしい思想だ。称賛も苦情も商売にとっては大切な情報である。

「おや、モリィちゃんはおねむですか」

「いえ、この子は人形師が嫌いなだけです」

 アディスは聖良を抱えたまま椅子に座った。

「人形師が来ていると知っていたら、私達は来なかったのですが」

「なぜ」

 人形師がそう尋ねた。

「……なぜ分からないのか理解に苦しみます。

 あなたを好くような女性はまずいません」

 聖良はアディスにしがみついたまま、背を向け続ける。

 彼を見るのは恐かった。彼が恐いのではなく、彼のような生き方が、あり方が、その中身が恐いのだ。

「よしよし。私がいれば恐くありません。だからそんなにしがみつかなくてもいいんだよ」

 アディスが聖良の後ろ頭を撫でた。

「モリィにあったかいミルクでも用意しましょうか。誰か、お願い」

 フレアの命令に控えていた人形が、一礼して部屋を出て行く。

「しかし、さすがに美しい。あれが永遠とは」

「好事家が好みそうなインテリアですね」

 レンファの賛辞をアディスが鼻で笑って言う。

 生きていない、動く人形。インテリアと言われても仕方が無いが、とても悲しい。

「セーラも一度彼に誘拐されていますよ。それはもう大きな騒ぎになっていました。レフロ殿下が動いたほどです」

「そんな事が……セーラさんに目をつけるとは、お目が高い」

 レンファは声の調子も変わらない。しかしファシャの顔が引きつっていた。

 ファシャの感覚、もしくは平常心は人並みであるらしい。

「で、いつまであなたはいるんですか。フレアはただ仲介をしただけのはずなんですが」

「ここは私の屋敷だ」

 答えになっていない。

「というか、この屋敷は一体何なんですか。かなり古いようですが」

「ハーネスの愛人から買った」

 ハーネス。世界一有名な魔術師であり、アディスの父親。その愛人の家とは、何とも皮肉が効いている。

 アディスを見上げると、顔に不愉快と顔に書いてあった。

「なぜそんなことになったんですか。それなら、クレアが知っているのでは」

「知らない。ハーネスは身体を変えると、新しい身体の記憶も混じるから、前の身体のどうでもいい記憶を切り捨てる。

 その多くは、不必要な友好関係。

 愛人は忘れられたため、この屋敷を売って別の土地に移った。

 周囲の人間は捨てた記憶の事を思い出させないため、前の事は言わなくなるから、この屋敷の事も黙っていた。

 つまりここは意識的にハーネスから忘れられた、クレアの知らない屋敷だ」

 記憶を刺激して余計な事を思い出させたら怒られるから、みんな黙っていたらいつの間にか本当に忘れられた、と。

「まさか、他にもそういう屋敷を?」

「いくつかある。お前の所有している地下施設も、元はハーネス関係で意図的に忘れられた物だ。

 禁句であるがため、まさかそんな物が代替わりの度に量産されているとは思わないらしく、繰り返されている」

 アディスがため息をつく。

 この国の事を最もよく知るのはクレアではなく彼だ。

 レンファが話を聞きたいと思うのも当然である。

「これで人形作りさえしなければ……」

「その子をくれたらしないと約束するが」

「死んでもやりませんよ」

 アディスが聖良を固く抱きしめる。

「お兄さま、この子の顔なんて一度も見てないのに」

「アーネスがここまで溺愛するなら可愛いに決まっている」

「ダメよ。モリィは私がもらうの」

 フレアも何を考えているのか分からない。

 聖良がため息をついて脱力していると、人形が戻ってきてホットミルクをくれた。

 融通が利かないらしく、アディスにもミルクだ。

 苦笑しながらも彼は椅子に座ってそれを飲む。

 実は今の彼の好物なので、これが正しかったりするのだが、端から見れば別の意味に取られるはずだ。

 聖良はテーブルに向かって体勢を変えてミルクを飲む。

「お菓子もありますよ。ファシャ、用意しなさい」

「はい」

 レンファはレンファで、明らかに餌付けしようとしている。

 女子供の心を掴んでおけば、男は仕方がないと思うからだ。

 食べ物に罪はないので食べるが、決して餌付けされたのではない。

 差し出された知らない菓子を見て、つい手を出してしまったが、ただの好奇心である。

「菓子が好きか。食べるか」

 人形師まで菓子を差し出したので、ぷいと顔を背ける。

「だめよお兄さま。モリィは餌付けなんかされないわよ」

「理不尽だな。竜を欲しがったのはお前なのに」

「モリィはお兄さまが恐いのよ。

 まさか子供に好かれるとは思ってないでしょ。見た目から怖いもの。

 この屋敷の雰囲気がお兄さまの外観の怖さまで一割増しにしてるのよ。中身も恐くて外見も恐い。好かれる要素なんて皆無よ」

 人形師は首をかしげる。今ので理解してくれなかったようだ。

「だから、その格好とか仮面が恐いの」

「これが?」

「そうよ」

「……外せば外したで、イメージと違うと言われるのだが」

「どうして? おじさまは顔を隠す方が変だと言っていたわ」

 どう聞いても、聖良とは関係なく、ただ兄の素顔を見てみたいがためのやりとりに切り替わっていた。

 しかし聖良も見たかったので、黙って観察する。

「弟の私ですら、お兄様が怖いのよ。小さな頃は会う度に泣きそうになったわ。

 どんな顔でも、人間らしい方がマシだと思うの」

 彼はどんな顔を想像しているのか。

「この仮面、けっこう気に入っているのだが」

「もう、ダメよお兄様。人形相手だからって手抜きに慣れちゃあ」

「手抜きなのか?」

「手抜きよ」

「お前に比べたら手抜きかもしれないが、それは塗りすぎだ」

「薄化粧だとバレるじゃない」

「なるほど」

 奇妙な兄弟である。

 マイペースな兄に、前が見えなければアクティブな弟。

「お兄さま、あとで子供に怖がられないかどうか、私が見て判断するわ。

 お兄さまよりは子供の事はわかってるし」

 毎日子供に囲まれて生活しているのだ。彼は本当の意味で囲まれると逃げるが、目が合わない位置であれば勉強を教えたり、面倒は見ている。

「えぇ、フレアさんだけずるい。私も見たい」

「私もみたぁい」

 聖良が言うと、聖良の手を握って拳を突き上げさせて、可愛くない裏声を出すアディス。

「なぜ?」

「隠されていると見たくなるのが人の心情というもの。

 とくにあの人形師の素顔となれば、好奇心が涌かない魔術師はそういませんよ」

「別に、隠しているわけではない」

 アディスの事を否定し、人形師は普通に、あっさりと仮面を外した。

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