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15話 人形1

1

 聖良は夜空を見上げていた。夜空を見ながらの風呂だ。

「あー、気持ちいい……」

 肌に良いというハーブを湯船に浮かべ、その香りを楽しみながら聖良は呟く。

 一緒に湯に浸かるハーティは、その湯をパシャパシャと顔に掛けている。肌に良いとはアディスは言っていたが、竜の鋼のような皮膚に、たかがハーブが太刀打ちできるのかは疑問であった。ひょっとしたらプラシーボ効果があるかもしれないので、何も言わずにやりたいようにさせているが。

 そんな中、うとうとしていたミラがはっと目を開き、いきなり湯の中に潜ってぶくぶくを息を吐いた。彼女の行動はいつも唐突である。

「ぷはっ」

 顔を出すと、彼女は顔を手で拭い、呆けた笑みを浮かべる。

「はぁ……」

 実はミラは風呂が好きだ。

 始めはこんな森の奥で湯を溜めて風呂を作って入る事に驚いていたが、いざ入ると気に入って、毎日とまではいかないが、数日に一度は入るようになった。

 ボタンを押して蛇口をひねるだけではないので、毎日入れないのが残念である。

「一番風呂に入ると、嫌な事も忘れて幸せです」

「一番風呂はいいな」

 ミラも伸びをして空を見る。

 彼女がこれほど穏やかなのも、この中だけと言って過言ではない。

 竜のハーティとアディスがいるため、風呂に近づく魔物は慣れているロヴァンぐらいで、他の魔物は寄りつかない。

 だから安心して彼女は武器を手放せる。

 もちろん、武器依存症の彼女が本当に武器と切り離されれば禁断症状を起こすため、風呂の脇には斧が置いてある。

「清潔なのが一番です」

「匂いは一番の気配の元。綺麗なのはよい事。だからその匂いはあまりよくない」

「別に誰かから逃げるわけでも、暗殺するわけでもあるまいしいいんです。そこらにいくらでもあるハーブですから、匂いがついてもそんなに目立ちませんよ。わざと顔に泥や草を塗って人間の匂いを消すっていうのも聞いたことありますし」

「ん……それもそうか。たくさん生えているからな」

 葉をすり潰すとよく香る、ここらでは珍しくもない香りだ。

 美味しくて、お肌はつやつや、良い香りと、素晴らしいハーブである。

 しかも冬でも元気に生息する、やたらと頑丈なハーブだ。

 料理にも使えて、お茶にして、素晴らしい。

「ああ、ユイくん達がいると、アディスの覗きとか気にしなくて良いから、気楽です」

「ええっ、覗きに来るんですか……?」

 ハーティの驚いた顔に、聖良は顔をしかめた。

「堂々と覗きました。夜目が利くのを言わないで、暗いからって安心させて堂々と近くで見てたんですよ。ひどいです」

 ハーティはアディスが覗きと言う行為をした事にショックを受けたらしく、身を縮めさせた。

「なぜ覗く?」

「さぁ。男の人はよく分かりません」

 さんざん顔だけのような事を言い、なぜ覗くのか、聖良には理解しがたかった。

 男とは本能的に覗きを好むのかもしれない。女の噂好きと同じように。

「セーラ、そこにいるの?」

 女のような男の声がかかる。

 答える前に、フレアがついたてから中を覗いた。

「何してるの? 何ここ」

「えと……」

 聖良は言葉に詰まり黙った。フレアは首をかしげる。

 見れば分かる事なのだが、彼は人と置物を間違える近眼だ。

「ん……と」

 目を細めてようやく自分の立場に気付いて青ざめた。

「変態……変態が変態行為を……?」

 ミラが反応に困って呟く。

 相手は男の枠に入れていいのか分からないフレアである。聖良ですら反応に困った。ハーティは困るどころか硬直している。

「切っていい?」

 困ったミラは、斧に手を伸ばして問う。

「う、わ、あぅぅぅっごめんなさいっっっ」

 フレアは血相を変えて逃げ出した。

 彼でもミラは恐いのだ。ミラは肌を見られても気にしないタイプだと知らないから、殺されると思ったのかも知れない。

 彼女の切っていい? はただの口癖のような物だと、彼は知らないのである。

「どうせよく見えなかったでしょうに、あんなに怯えなくても……。ハーティも、眼鏡なしじゃ見えなかったから安心して良いですよ? 人と置物を間違えるど近眼です」

「そ、そうだね。目、悪いんだった」

 彼女も彼の目の悪さは何度も体験している。不思議と転んだりぶつかったりするのは聖良やアディスなのだが、よく人と間違えて物に話しかけているのは見かけていたはずだ。

「あの近眼。よく生きていける。不思議」

「そりゃあ、命を狙われているわけでもないですもん」

 ほとんど引きこもり生活だ。たまに実の兄の所に女装していくだけ。目が悪くてもそれほど不自由はないはずだ。

「何をしに来たか知りませんけど、アディス達が相手をしてくれるから、ゆっくりしてましょう」

「ん」

 三人で湯の掛け合いをして、のぼせてふらふらになるまで風呂を楽しんだ。






 青ざめて涙目の弟を見て、アディスは何を見たのか理解した。

 セーラやハーティだけならともかく、殲滅の悪魔の風呂を覗いたら、それは恐ろしい。

「覗きはよくありません」

「の、覗いてないっ! よく見えないし!」

 言われてみれば、近距離でも体格と色が近ければ平気で人間違いをする近眼だ。眼鏡なしでは覗きもあまり意味がない。

「よく見えなかったっ!」

 彼は悔しげに地団駄を踏む。

 意外にも見たかったらしい。どうしようもない近眼だと知られているから助かったようなものなのに。

「フレアさんも男だったということですか」

「僕も見られるもんなら見てみたいけど」

 ハノは編み物をしながら穏やかに笑い、ユイは深い深いため息をついた。

 ユイは本来なら恋もしてみたい、複雑なお年頃だ。

「でもミラみたいに平気で男の前で着替えられると、見るに見られないし、正論を説いちゃうんだよね」

 彼女を普通にじっと見ているだけでも恐ろしい。

 アディス好みの年齢の少女であったとしても、覗くなどごめん被る。

 女の子にはか弱さも必要なのだ。セーラのような庇護欲のそそる、たまに見せる可愛らしいか弱さが。

「で、何の用ですか。用もなしに来たんですか?」

 街に顔を出してから、まだ一週間もたっていない。

「ああ、そうそう」

 フレアは勝手に椅子に座り、テーブルの上に置かれた果物にかじり付く。

「兄さんのせいよ。あのチビがっ!」

「レンファさんですか」

「そう、そのチビがしつこいの」

 若手の三強と言われている中で、一見すると一番気が弱そうだから、端から見ればレンファが構うのは不自然ではない。

 まさか秘密を握られているとは、誰も思わないだろう。

「話なんてしたくないけどしつこいから、話ならあのロリコンの変態がいる所じゃなきゃ嫌って言っておいたから!」

「兄に向かって何てことをっ!」

 フレアが冷たい目を向けてくる。

 昔はこんな子ではなかったのに。

「あのチビ嫌い。私のセーラを何だと思ってるのかしら」

「誰がお前のセーラです。セーラは私の物です」

「なんちゃって夫婦でしょ。ミラとセーラの方が仲良しじゃない」

「ええ、ちょっと悔しいです」

 一緒に風呂まで入って、女同士でいちゃいちゃしているのだ。

 女とはそういうものなのだが、あのミラととなると悔しいのだ。

 ハーティも混じっているが、彼女はセーラに対して執着はしていない普通の女の子だ。

 しかもミラはアディスにとって女ではない。

「ああ、私も一緒にお風呂に入りたい」

「私が入ってあげしょうか? 兄さん可愛い」

 アディスは自分が竜の姿をしているのを思い出した。彼も始めの頃のようにむやみやたらと抱きついたり撫でたりはしないが、たまに思い出したかのように触れてくる。

「こんな大きく育った男と風呂に入る趣味はありません。ユイぐらいまで縮んでから出直しなさい」

「ち……」

 ユイがストーブの前で黄昏れる。太股むき出しの半ズボンがまだ似合う少年が、青年に片足を突っ込んだエリオットよりは小さく可愛らしいのは当然である。

「私だって、戻れるなら戻りたいわ。昔の方が可愛かったもの。男だって気付かれる事もなかったのよ」

 彼はぷりぷりと怒って言う。

 男らしさはいらないようだ。

「それより兄さん、準備して準備」

「今からですか? どこに?」

 日が落ちる前に夕飯は済ませ、これから寝るしかない状況だが、都会ではようやく仕事が終わった頃でしかない。

「うちの屋敷よ。隠れ家でなくなったから、お兄さまが好きに使って良いって」

「人を巻き込まないでください」

「なんか兄さんに用があるらしいのよ。お願いがあるみたい」

「しかし人形師の屋敷など、変な仕掛けとかありそうで嫌なのですが」

「ないわよ。自分達で住めないじゃない」

「落とし穴はないんですか?」

「自分の隠れ家に落とし穴作る馬鹿がどこにいるのよ。兄さんは変な本を見過ぎよ」

「そうですね」

 下水道の脇に隠れ家を持つ男だからと、警戒しすぎた。居住を隠す事に関しては工夫しているが、中身にまではそれほど工夫をしていないようだ。

 大切な人形を傷つけてしまう可能性があるのだから、当然の事であった。

「危険がないなら、どうせ暇ですからかまいませんが。

 ユイ、ミラさんとハーティを頼みます。連れていったらどうせまたトラブルの元になるだけですから」

 ミラは言わずもがなだが、ハーティは血を分けていない竜だ。慎重に扱わなければならない。

「いいよ。どうせもう寝るし」

 彼は大きく欠伸をして目をこする。

 彼はアディスよりもこの生活パターンに慣れてしまっている。

 冬の間は雪のせいで帰れないから、堕落生活も問題ないとはいえ、神子の本分を忘れかけている。彼は動き回らなくていい今の生活が気に入っているのだ。

 ミラという最後の手段を持っている彼は、使わなければ損だが使うのは恐いと言う理由で、今まで当たり障りのない事ばかりさせられて、鬱憤が溜まっていたのだ。

 ちまちまと働くなら、一所でじっとしていたいタイプなのである。

 彼の他の神子よりも、母親の元で育った期間が長かったようだから。

「じゃあ、着替えでも用意しておきますか。フレア、手伝いなさい」

「はーい」

 アディスは立ち上がり、モリィ用の衣装を探しに寝室に向かった。



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