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14話 空からの訪問者 10

10


「そうですか。セーラさんの血を飲んだと。そのショックでセーラさんが記憶喪失ぎみ、と」

「ええ。私とアディスはそこら辺を歩いていたら、いきなり……」

 アーネス姿のアディスは遠い目をして柱を見た。

 モリィ姿の聖良は、そのアディスの膝の上にいる。昼食を食べて、一息ついて話し始めたのだ。

「長、可哀相に」

「よしよし」

 アディスが誘拐されたそのまんまの経緯を聞いて、少女二人は彼を慰める。疑問も持たないほど、彼女達にとってそれは『あり得る』事なのだ。

「なぜお二人が?」

「詳しい事は聞いていませんが、ちゃんと選んで誘拐したようなので」

 言いながらアディスはセーラの頭を撫でる。

 人間に用意させようとしていたのに、自分でアディスをさらってきた理由は、本当に知らないが、ただの思いつきだと簡単に想像できた。

 人間だって、薬をたくさん飲んだ方が効きがいいと思い込む馬鹿な親が存在するのだから。

「まあ、この子が手に入ったので、逆に幸運でもありましたが」

 聖良は子供っぽいように見せるため、頭上にあるアディスの手に触れて足をぶらぶらさせた。アディスは撫でるのをやめると、聖良の手に指を絡めて、その手を聖良の腹当たりに持っていき、両手で包み込んだ。

「竜ということは、その姿は化けているんですよね」

「ええ。日常生活はほとんどこの姿です。竜の姿だと恥ずかしがるんですよ」

「なぜ」

「人に近い意識を持っていますから。竜の姿では可愛く着飾れません」

 頬をつつかれその手を掴む。アディスは笑いながら聖良の口に菓子を放り込んだ。

 レンファがその姿を見て笑みを浮かべる。

「竜とはもっと近づきがたい生き物だと思っていましたが、人の子と変わらず愛らしいものですね。

 人に化ける生き物は高等で、我が国にも滅多にいません。ましては幼くして化ける者など聞いたこともないので、そのような光景は今まで見る事が出来ませんでした」

 当たり前だ。アディスでもまだ化けられない。だったら他の子供が出来なくても当然だ。

「意外と竜はどこの街にも紛れ込んでいます。大人になればほとんどが化けられるからです。

 この子は私が手伝って化けているので、特別ですが」

 喉を撫でられる。動物にするような仕草で、大人しく受け入れた。その方が竜っぽいからだ。

「しかし滅多にと言う事は、熊が人に化ける事が度々あるのですか?」

「あります。人に化ける熊やら狼は、土地の神の使いであると言われています。動物に例えていますが、見た目が立派なので見れば分かります」

 アディスは黙って首をかしげる。

「どうしたんですか?」

 セーラが首を回して上を向き問う。

「いや、リーザの父親は、そういうものなのかも知れませんね。珍しい獣人だとは思っていたんですよ、完全な動物の姿から人に化けるのは。てっきり母親の血だと思っていました」

 リーザを思い出して、あれはこの国によくいる生き物ではないのだと初めて知った。

 犬の姿は癒し系、人の姿は美女と、都合の良い生き物だと感じていたのだ。

「この国にいるとは珍しい」

 レンファが驚いて目を見開いた。

 リーザがエルフとのハーフだから、保守的な者が多い里にいられなくなったとアディスは予想している。

 もちろん、ご近所の訳あり一家に好奇心から根掘り葉掘り聞く事はない。知らない相手なら聞き出したかも知れないが、ご近所で友人、身内の次という位置にいるのだから、相手の気を悪くするような事をアディスはしない。

「ああ、言っておきますがまともな人間が入り込めるところではありません。この子を抱えていたり、強い魔物を抱えた神子なら寄ってきませんが、タチの悪い魔物がうようよいます」

 それでも、崖の手前までなら、人が入り込むのは難しくない。現にあの二人もほとんど無傷でたどり着いている。

「もちろんそのように危ないところには入りません。よほど商品価値の高い物がない限りは」

「…………あれば行くのですか。命知らずな。そのようなものはないから安心してください。平地の方がよほど価値のある物がある」

 あそこで価値があるのは薬草や竜の群れだけだ。薬草のために、あんな所まで来るのは馬鹿である。地元民でもしない

「お二人は、ふだん竜の里に?」

「それに近いところに。今、竜の里は雪景色。人の住める場所ではありません」

 アディスは笑い、肘掛けにもたれて頬杖を突く。

「人の踏み入れられない竜の聖地。一度お目にしたいものです」

「海のど真ん中にあるでしょう」

「船を沈める海流と岩礁と断崖絶壁に囲まれた天然要塞です。岩が多いせいかこの国の周辺以上に魔物も多く、とても人の近寄れる場所ではありません。空からなら入り込めるでしょうが、入り込んで興味を持たれてちょっと突かれたら、着陸できる場所が無くて確実に死にます」

 海のど真ん中、着陸できるのは竜の島だけ。人としては考えるだけで恐ろしい。

「もしも潜入に成功しても、得る物もありません。竜の子供を一匹連れ出したりしたら、確実に追われます」

 逃げ場のない場所で、自分達よりも速く飛び、子供を奪われて気の立った竜が相手では、リスクが高すぎる。

「おや、そろそろモリィの昼寝の時間ですね」

 本当はアディスの昼寝の時間だ。聖良はその間、家事をするか勉強している。

「失礼ですがレンファ殿、そろそろこの子を帰さないと親が乗り込ん来るかも知りません。その場合、この街は火の海です、恐ろしい事に」

「……それは大変ですね。どんな生き物も母親は過保護と言う事ですか。

 モリィちゃん、またお会いしましょう。今度はお菓子をたくさん用意しておきます」

 聖良はコクコクと頷いた。

 子供っぽく装ったので、菓子が最も有効と思われたようだ。

「フレア、せっかく来たのだから送りなさい」

 アディスがフレアに頼む。

「いいわよ。モリィ抱っこさせてくれたら」

「はいはい」

 アディスはフレアに聖良を渡し、人形相手のように抱きしめた。

「かるーい」

「嫌がっています、やめなさい」

「もう、ケチ。

 まあいいわ。じゃあね、商人のお兄さん達。私の事をしゃべったらどこに逃げても私か双灰の悪魔が殺すから、それだけは覚えておいて」

 父親の名を告げた瞬間、レンファは手を叩いた。

「ああ、セシウス様のご子息! 言われてみればよく似ていらっしゃる」

「似てないわよ! 私はルシウスおじさま似なの!」

 そこまで言われ、レンファは彼が父親を嫌っているのを理解したらしい。

「ああ、申し訳ありません。ルシウス様とセシウス様にはごひいきにしていただいておりますので。ドレスに装飾品に本に武器」

 最後のは明らかにクセラのためだ。だとしたら、ルシウスがひいきにしているというのも間違いではない。

「あなた、神殿とも商売をしているんでしょ?」

「代金を払ってくださるならばお客様。まっとうな商売に関して、他人様にとやかく言われる覚えはありません。それは神殿だろうと同じです。もちろん事を荒げたいわけではありませんので、内密にお願いいたします」

 レンファが笑みを浮かべてお願いをした。

 一方的に秘密を知ってしまったため、相手にいつか知られそうな秘密を打ち明け、互いに秘密を持ち合ったような関係を作る。

 対等でなければバランスの悪い関係だからこそ、上手い。

「変な人ね。まあいいわ。じゃあね」

 エリオットはアディスを掴んで転移する。

 転移した先は二人の住む森の家の近くだった。

 トロアと神子達はもう帰ってきているはずなので、別々に帰った詫びに何か食べさせないといけない。チョコレートがもっとあったら、ミラに与えたのだが、無い物は仕方がない。

「そういえば、ハーティはどうしたの? あの子だけずっと見てないけど」

「まだ連れ回されているようですから、あとで口裏合わせに行きます。その時は移動をお願いしますよ。止めを刺したのはエリオットなんですから、責任を取りなさい」

「わ、分かったわ。

 でもディアスって、ハーティの事は本気なのかしら?」

「もともと彼の好みのタイプでしたから」

「確かに、好きそうな感じよね」

 長いつき合いだから、女の子の好みも分かるらしい。聖良には遠い世界だ。

「セーラは着替えていて下さい。私はまた行くので、このままですが」

「夕飯はどうするの?」

「それまでにはハーティも連れて帰ります」

「わかりました。じゃあ、夕飯を用意して待っていますね」

 フレアは聖良を離し、聖良は物陰に隠れて着替えて元の姿に戻る。

 背は少しだけ伸びて、身体が重くなる。子供は身体が軽くてうらやましい。

 アディスはこれから、アーネスとして今後の事を話に行くのだ。きっとあの部下二人はややこしい自体に頭を抱えるのだろう。

 この事に関して聖良に出来るのは、ただアディスに従う事だけだ。

 それよりも、今からうどんを作るのはキツイので、今夜は醤油を使った別の料理にする事にした。楽しみでならない。

 アディスの自業自得の難しい事を気にせず、聖良は目の前の楽しみだけに集中する事にした。

 深く考えない事。

 それはストレスを溜めずにすむ、一番いい暮らし方である。



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