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14話 空からの訪問者 3

3


 郊外から場所を移して、王宮の一室。

「我らの女王陛下は、魔術そのものではなく、その知識を生かした副産物にとても興味をお持ちです。

 魔法よりもよほど応用が利き、物に封じれば劣化がない限りは半永久的に続く力は、魔術以外にはあり得ません」

 レンファが目を細めて満面の笑みを浮かべる。いかにも商人といった男性だ。

 彼はその際、ちらりと聖良に視線を向けた。聖良はどうしたものかと困惑している。

 彼らは商人といっても、社長は国王という国営会社の社員らしい。聖良がアディスからこっそりと彼らの事を聞くと、地獄の沙汰も金次第という国だと教えてくれた。反面、詐欺まがいの商売は絶対に行わず、もらう金に見合う物を提供するという絶対的な信頼があるのだという。

 今まではたまに船が来るだけだったが、最近では支店が出来たらしい。

 どこの世界も海外から進出してくる企業は驚異であり、便利でもあるが、この国に関しては外からの市場破壊という脅威はない。脅威があるとすれば、引き抜きだ。彼らの一番の狙いは技術者の引き抜きだろうとアディスは睨んでいる。

 その事をレンファは隠す様子もなく、目につく魔術師達を品定めしている。

「もちろん、私たちも命は惜しいので魔術そのものを国外に持ち出すつもりはありません。しかし御国の魔導具は出回る数が少なく、手に入れられるのは王侯貴族か神殿のみとなっています。

 私たちはただ、この国の優れた商品を一般市民の手が届く場所にて適正な価格で販売させていただければと」

「確かに、国内と比べて、下手をすれば数十倍の値段で売られていると聞きます。高い物でもないのに高く売られるのは不本意ですわね」

 クレアもお茶のカップを片手にレンファへと微笑む。国王のハロイドは空気と化していた。夫婦関係がこれだけで分かる構図だ。

「ええ、元の値段が高いにしても、異常な値段です」

「しかしそれは仕方がありません。山越え出来るのは神子ぐらいですし、普通の船では十に二つは魔物に沈められてしまいます。安全なほど武装した船など、人件費だけでも大変でしょう。私たちグリーディアの船でしたら、少人数でも滅多なことでは沈められませんが、あれは魔術師がいなければ何の意味もありません。それでも運が悪ければ襲われます。

 あの空を飛ぶ船も、大型化出来ないのは同じでしょう」

 アディスは穏やかな口調で牽制した。

 命をかければ値段が高くなるのは当然だ。

 ツバメの巣が高級食材なのは、命がけになる場所にあるからである。

「あれは移動、宣伝用で、商業用の大型船も開発中です。魔導具はそれほど重い物ではありませんから、飛行船で運んでも通常の船便に比べて割高といった程度になります。ここに船を送り込むのに比べれば価格破壊と言っていい安価な輸送方法です。

 輸出の際に御国で高い関税をかけられたとしても、今までよりはずっと安全に、安価に運べます。グリーディアにとっても、損はないかと」

「そうですね。魔導具の異常な希少性が下がる程度の損しかありません」

「それに見合う益はございましょう。

 かの有名なハーネス殿亡き今、いつまでクレア様お一人の権威で支えられるかを考えれば。

 もしもあなたが病で倒れられたら、台無しになるのではありませんか。なにせ佳人薄命ともうしますから」

 この世界にも、佳人薄命という言葉があるらしい。

 だんだんと興味も関係もない話になってきたので、聖良は出されていたジュースを飲む。一人だけ子供扱いされている気がしたが、さっぱりして美味しいので我慢した。

 そもそも、なぜ聖良がこの席にいるかが、まず一番の疑問である。

「若いお嬢さんには退屈な話でしたね」

 レンファが聖良を見て微笑ましいモノを見るような目を向けた。背が小さいと子供扱いされてよく向けられる目だが、それとは少しだけ違う気がした。

 ロリコンの気色悪い視線とも違うから、少し困った。

「そうだ。もしお時間がございましたら、ぜひ当社の商品をご覧いただきたく存じます。どういった物と同じ扱いをされるかご覧いただければ、私たちの考えもご理解いただけるでしょう。クレア様のような美女にこそ相応しい一級品ばかりです」

 クレアの目の色が変わった。

 彼女はアディスに荷物持ちをさせるほど買い物が好きだと、聖良は思い出した。

 美人で、華やかで、聖良とは正反対の女性である。彼女のような人が身につけてこそ、高い物も意味を持つのだ。

 聖良が着ても高級な子供服になってしまう。だから高い物とは縁がなくてもいいが、美人が綺麗に飾るのを見ているのは楽しそうだった。






 レンファが合図をすれば、部屋に次々と煌びやかな品々が運び込まれていった。

 しかし贈り物ではなく商品らしい。

 部屋の外からその煌びやかな宝石や服や布を見ているエリオットには、それを羨むしかできなかった。

 眼鏡をかけているため、それらが何であるかは見えた。フレアの時であったら飛びついていたような品ばかりだが、今はエリオットだ。ここからこうして眺めているだけしか出来ない。

 手にとってはしゃいでもいいはずのセーラが、何の関心も示していないのが救いだ。彼女がはしゃいでいたら、きっと一緒に彼もはしゃぎたくなるはずだ。

 エリオットの後ろには、ハーティとトロアと聞きつけてやって来た数人の子供達。

 セーラをじっと見つめていると、視線に気づいて微笑みかけてくる。今日はワインレッドのかわいらしいワンピースを着ている。癖のない黒髪とワンピースの赤は彼女をとても可愛らしく見せた。

「エリオット君」

 手招きされた。ふらふらと近寄ると、彼女に手を取られる。

「アディスが何でも買ってくれるそうです」

 さして嬉しくなさそうに言う。

「よかったね」

「私はいらないから」

 彼女はそれを小さな声で、半悪魔の耳でようやく聞き取れるほどの小さな声でつぶやいた。意図を計りかね、エリオットは彼女のつむじを見つめた。

「エリオット君が選んでください。アディスが口を挟むと、いっつも子供っぽい感じになるんです。ひどいでしょう」

 彼女はエリオットを見上げ、手を引いた。エリオットは目が合わぬように、視線を逸らした。

「可愛いの好きだもんね、兄さんは」

 セーラは本当に興味がないから、興味を示した『フレア』のために選ぶ機会をくれた。男であるエリオットが自分に選ぶのではなく、セーラに選んであげるという形を取ってくれた。

 商品を近くで見ると、自分には着られない変わったドレスや、手が出ない高そうな装身具が並べられている。

 さすがに一国の王妃に買わせようという品ばかりだ。

 エリオットはフレアに似合う耳飾りを手にした。

「大人っぽいですね」

 大きな物だから小柄で可愛いセーラが身につけていたら浮いてしまうが、フレアなら似合う。

 この前、新しく仕立てた服に似合いそうだ。

 アディスに渡すと、仕方がないですねと言いながら、包んでもらった。

 セーラは満足げに頷いて、きらびやかな商品を眺める。

「生半可な人だと、付けてるだけでみっともないというか……。

 こういうのを着けていく場所がある人は大変ですよね」

「セーラは本当に興味ないの? この大きな宝石とか、この髪飾りとか。女の人は光る物が好きなものなのに」

「こんなに金属や宝石がついていたら、肩がこりますよ、これ。ただでさえ万年肩こり抱えてるのに」

 それは竜の血でも直らないらしい。この小さな体だから無理もない。新しい形の下着を作ってもらったらしいが、それでも元の世界の物に比べて質が落ちるらしく、たまに辛そうに肩や首を揉んでいる。

「セーラさん、こちらなどいかがでしょうか。可憐で清楚なあなたにぴったりの品です」

 レンファが差し出したのは、少し変わった髪留め。セーラの気を引こうと必死のようだ。

「いえ、つける機会もありませんから」

「あなたの美しい黒髪でしたら、普段使いでもお似合いです。シンプルでどんな場所でも使える便利な品です。しかも乱暴に扱っても壊れません」

 レンファはセーラの後ろに回り込み、驚くほどの器用さでささっと髪をまとめてしまった。全部まとめたらかっちりしすぎるから、適度に髪を残して垂らしている。幼すぎる顔立ちが大人びてよく似合う。セーラも鏡を見せられ驚いている。

「ほら、このお召し物にもよくお似合いです。

 よろしければ、こちらは私の好意として受け取ってください」

 セーラはさらに驚き、レンファを見上げた。

 レンファも小柄だが、セーラはそれに釣り合う身長だ。アディスと並んでいるよりはずっと恋人として釣り合う身長差である。

 セーラは茫然と彼を見上げている。

「支店長、給料から天引きしておきますね」

 秘書らしき青年、ファシャが手帳にメモをした。それをアディスがのぞき込み、顔をしかめる。思った以上に高かったのだ。

「やっぱりこういうのはもらうわけには」

 それに気づいたセーラが、首を振って髪飾りを取ろうとする。

「ファシャ、女性の前で金の話はするな。

 セーラさん、たいした物ではありませんが、どうか受け取ってください」

「初対面の女性に送るのに、これが大した物でないとは、よっぽど給料がいいんですねぇ」

 アディスの言葉を聞いて、セーラが顔を引きつらせてやはり返そうとする。

 男には見返りを要求する者としない者がいる。高すぎる物を遠慮しない女は、贈られるのに慣れているか、覚悟があるか、浮かれた馬鹿だ。

「ええ、私はとても裕福です。ですから、どうか気にせず受け取ってください。私の富があなたを飾るために多少削られようとも、私には喜びしかありません」

 エリオットはセーラを挟んで火花を散らすアディスとレンファを遠目で見る。

 人妻でもかまわないというレンファもレンファだが、大人げのないアディスもアディスだ。あのセーラが、贈り物一つ、甘い言葉一つで心動かすような女かどうか、考えれば分かる。

 しかもセーラはアディスのせいでほぼ不死身の身体を手に入れているのに、普通の男になびくはずもない。

 セーラは人形師の孤独を見ているのだ。老いる者と老いない者が供にある事の意味を知っている。

 その不毛なやりとりを見て、宝石を合わせてもらっていたクレアが立ち上がった。

「セーラ、せっかくだからもらっておくといいわ」

「でも……」

「男性の贈り物を平等に受け取るのはいい女の特権です。プレゼントを贈って、見返りを寄越さない女性を悪く思うほど、狭量な方ではありませんよ、きっと。ねぇ、レンファ殿」

 クレアはいやらしい笑みをレンファに向けた。

 昔からハロイド一筋だった彼女も、他人から贈られる物はきっちり貰っていた。今でも彼女の美貌に熱を浮かせた男が、贈り物をする。それをハロイドはまったく気にしていない。嫉妬して欲しいのに嫉妬してもらえなくてクレアはますますハロイドに夢中になる。

 二人はそんな夫婦だ。

「アディス」

 ミラがアディスの肩をつついた。珍しく彼女は困ったような顔をしていた。そうしているとまるで普通の少女のようである。

「これ欲しい」

 と剣を持って、アディスを見上げた。

 おねだりされて、アディスは困った。ミラはアディスの趣味ではない。しかし、アディスはミラを恐れている。

「そういうのはユイに聞いた方がいいですよ」

「買ってくれない」

 ミラがむくれた。

 アディスは困ってユイを見るが、彼は頑なに首を横に振った。しかし、それを見て商人が放置するはずもない。

 動いたのはファシャだった。

「いやいや、お嬢さんは実にお目が高い。こちらは百年ほど前にハーネス殿から譲り受けた逸品でございます。魔術師以外には扱えぬ少々物騒な物ですので、ぜひ優れた魔術師の方にと思いお持ちした物です」

 ファシャが手をもみミラの興味を引こうとする。

 ハーネスの名を聞き、さすがにクレアも興味を持ってそれを確かめる。

「あら、本物ですね。どこに行ったのかと思っていたら、よその国にあったなんて」

 クレアが驚いて剣を手にした。

 ハーネスから受け継いだ知識は魔術のものがほとんどで、私生活についてはあまり記憶がないらしい。まったくないのではなく、知識の奥に眠っているのだ。

 見ただけで思い出す程度には濃い記憶ということは、ハーネスにとって優先順位がそれなりに高かった事を意味する。

 おそらく本当にいい物なのだ。ますますミラが物欲しげに剣を見る。

「ユイ、ダメか?」

「ダメ。そんな物騒なのダメ」

「ケチ」

「今でも十分持ってるのに、これ以上持ってどうするの!?」

「ケチ」

 買ってもらおうとする者の態度ではないが、それだけの言葉でユイはひどくおびえた。

 彼女が殲滅の悪魔と呼ばれているらしいとは聞いている。噂も知っている。

 それでも神子である彼が、支配対象におびえる理由が理解できない。

「これ、儀式用。他のと違う。持ってない」

「え? 違うの?」

「違う。すごい呪い」

「呪われてる!?」

「制御すれば、便利。こういうの、好き。でも今は持ってない。壊された」

 ハーネスの噂からすると、ろくでもない事に使われた剣だ。

 黒魔術と呼ばれるたぐいの魔術を制御するのに有効なのだろう。

 完全な人間ではないエリオットには扱えない類である。半悪魔は一部の優れた人間のように、繊細な制御を続ける事が出来ない。だからああいった物を使うのはリスクが高すぎる。

 何かを思いついたのか、アディスが手を打った。

「ああ、そういうことですか。クレア、これを扱えますか?」

 アディスは念のためクレアに問う。

「無理ですね。というか、合わない者が使うと死ぬ類の剣です。よく売りつけようと思いましたね」

 ミラは物欲しげに剣を抜いて眺める。威力を知っているエンザ人達は青ざめたが、専門家がそろっているため騒ぎ立てはしなかった。

「私が持っていては騒がれそうですし、ミラさんが持っているのが一番いいかもしれませんね。どうせ何を持っても人を殺す凶器になるんですから」

 アディスはさわやかに笑いながら言う。ミラは喜び、顔を少し赤くして何度も頷いた。

「ユイ、買ってあげなさい」

「僕!?」

「そりゃあ、君が飼い主ですから」

「あんまりミラを強化したくないんだけど……」

「使役を強化したくない神子というのも、あなたぐらいですよ。

 あってもなくても発動が早いか遅いかの違いです。ミラさんならハーネス以上にこれを使いこなせるでしょうね。彼女の制御力は世界一と言っていい水準です」

「でも……すごいものなんだよね。適切に、厳重に保管していなくていいの?」

「道具は使える者が持ってこそ意味がある、というのが私の考えです。クレアに買われる前に買っておきなさい。どうせお金は余っているんでしょう」

 ユイはため息をついて頷いた。

 ミラが喜んで剣を抱きしめている。喜んでいる姿だけなら綺麗な女の子だ。

「アディス、彼女の事は報告を受けていますが、この国の外の者があなたにそこまで言わせる術者なのですか」

 クレアに問われ、アディスは腕を組んだ。

「なんというか……知識は外の魔術師よりはマシ程度で大したことないんですけど、基礎がとにかくしっかりしているんですよ。彼女にとって魔術は手足を動かすようなほど当たり前に出来る事なんです。

 彼女がやるのはほとんど補助系だけなんですが、私の結界を一撃で打ち破りましたよ。速くて安定して強力。つまり持って生まれた才能です。たぶんこの剣も本能的に使うんでしょう。才能とは恐ろしいものです」

 ミラはセーラにそれはどう使うのか尋ねられて、この場で実践している。アディスがよくやる火を並べる基礎の練習に、寒気がするような力を纏わせた。視覚的には、黒い炎となるため、一般人にも分かりやすい。

 入り口で子供達と見ているだけだったハーティが、少しでもその技を参考にしようと子供達を引き連れて、よく見える位置に移動していた。

 セーラは視覚的な効果が分かりやすかったのか、パチパチと手を叩いた。

「育ててはいないのね」

「いませんよ。彼女には必要ないでしょう。今のスタイルで最強なんです。彼女は竜も悪魔もナイフ一本あれば単身で殺しますよ」

 恐ろしいものですとアディスは一人で自分の言葉に納得して頷いた。

「ならいいのです。気に入られてしまったものは仕方がありません。神殿に対する大きな貸しになりました」

 クレアはアディスが勝手にやっている事に目をつぶっているのは、害にならないからだ。利益になるなら、止める必要もない。

 彼がいなくて困るとしたら、子供達を熱心に教育する者がいないという点だけだ。

 老人達はハーネスの血を引いたアディスを危険視しているから、目の届かないところにいる不安はあれど、いなくて安心している。

 彼はとても複雑な立場だ。先日までの彼なら、自分であれを買っていた。しかし今の彼は自分の立場を理解している。だからミラに買わせた。

 アディスのそんな駆け引きをする様は、エリオットをときめかせた。

 兄の格好良さは、見た目や力だけではない。すべてが格好いいのだ。

 ロリコンなところを除いて。

 どうしてロリコンなのだろうと、知ったばかりの頃のように悩んだが、それでもアディスは格好良いのだ。



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