12話 恋する乙女4
昼食後、皆で女の子が好む店各種を渡り歩いた。
ハーティはこのような場所にはあまり縁がなかったので、色々付けられて目を白黒させた。アクセサリーの店では、フレアがあれもこれもと手にとって大変だ。
「やっぱり女の子は生き生きしている方が可愛いわぁ」
フレアが手に取ったアクセサリーは、ほとんどがセーラに合わせられた。それを見て、アディスがイライラしている。イライラしているが、自分達の事を少し知られているため強くも出られない。少なくともアーネス達を別の人間として捉えているらしく、すべてではないのだ。下手に口を出して、全て知られてしまう結果になるようなことだけは避けたいようだった。
「っていうか、それ全部買うんですか?」
セーラが首を傾げて問うと、フレアがけらけらと笑った。
「いやねぇ、半分ぐらいよ」
「前から思ってたんですけど、そのお金って、どこから出てくるんですか……」
「どこからって、ちゃんと働いてるのよ。アーネスじゃあるまいし、悪さなんてしないわ」
「そうなんですか?」
「お兄さまの事は知らないけど」
「知らないんですか?」
「一緒に暮らしてるわけじゃないもの。私、男だし。普段はある程度の距離を保つのが、仲良し兄弟になる秘訣なの。お兄さまって気分屋だし」
彼の兄というのは、半悪魔の人形師。仮面を身につけ、人間を人形にしてしまう。身体は生きていないが、最低限の人格は残り、自分で考えることも出来るお人形を作る男。
あの悪名高いハーネスとはタイプは違うが、同等ではないかと言われている魔術師だ。その弟なら、半悪魔の魔力もありすごい魔術師なのだ。
「フレア、セーラにそんなに買い与えてどうするつもりですか。身につけてくれませんよ」
「いいの。うちに置いておくから。セーラが来たら付け替えるの。うちにもセーラみたいな可愛い黒髪の子がいるし。私、黒髪って大好きよ」
フレアの赤毛も綺麗だ。この国には茶から赤毛の人間が多いので、黒髪や銀髪の方が珍しく、アディスとセーラが並ぶととても目立つのだ。
幸いにもハーティは赤毛なので目立たない。ハーティという人間としての名前と、目立たない姿が好きだった。もしもラゼスのような目立つ髪色だったら、ここにはいなかったかもしれない。
「じゃあ、買う物を選んでてください。私は喉が乾いたので、何か買ってきます。セーラも手伝って下さい」
「はい」
セーラはアディスについて店を出て行く。
ついていきたいが、邪魔だと分かっているのでやめた。フレアも一瞬だけ寂しそうな顔をした。
彼は女性の姿をしているが、綺麗になるのが好きなだけだと言っていた。
「さて、どうしようかしら。ハトラは欲しい物決まった?」
「あ、私は……」
似合わないと口にしようとしたが、それではいけないと唇を引き結ぶ。今は可愛い小物が似合う、可愛い女の子の姿なのだ。断ってばかりでは、本当に可愛い女の子にはなれない。
「これを」
アディスに選んだもらった、可愛い髪飾り。自分で付けられないだろうが、彼に選んでもらった事に意味がある。宝物だ。
「あなた、アディスが好きなの? 不毛ね」
「ふ……不毛」
他人に言われると胸を刺されたような気持ちになった。理解している。どうやっても今の彼の一番はセーラで、ハーティ自身がそれを認めて諦めるのが当たり前だと、自分自身で思っているのだ。
こうなる前は、いつも遠くから見ているだけだった。誰が一緒にいてもただ見ているだけだった。近づいただけで、変わらない。
「だって、彼は誰かをあんな風に扱う事なんてなかったもの」
「そ、それは、よく分かってるつもり」
シファ達ですら、アーネスはあんな風には連れ歩かなかった。
「でも、あなたは、セーラのことが好きなんじゃ……」
「好きよ。だからどうしたの?」
「いや、その」
開き直っている。これほど前向きになるには、どれほど力を付ければいいだろうと悩む。
「ははん。さては私にセーラをさらっていって欲しいのね」
「そ、そんなことは。セーラが連れて行かれたら、心配で夜も眠れないっ」
さらっていったらアディスが死にもの狂いで探すだろう。もちろんハーティも探す。彼女は目を離せない。小さくて弱い、守らなければならない存在だ。
「言葉の綾なんだけど……。
私とセーラが付き合ったら嬉しいとか思ってるでしょって事」
「……」
意味を知って、ハーティは赤くなってうつむいた。浅ましい考えだが、全くないわけではない。それでも、その時はアディスに見向きもされないのは分かっているので、本気ではない。
「でも嫌よ。私はアディスの事も好きなんだもの」
「は…………?」
アディスのことに詳しいとは思った。しかし、理解できない。
彼は女装が趣味なだけで、女性が好きなのだと思っていた。セーラが好きなのだから、それは間違いないはずだ。
「二人とも好きだから、一緒にいると嬉しいの。結婚したとか、ちょっとショックだけど」
「え……ええと……えと、えと……」
以前、どちらでもいいという女の人がいたのを思い出した。
彼はきっと、どちらでもいいのだ。
「深いことは抜きにして、とにかく、私は心が広くないの。だからアディスもあげない。セーラだから我慢できるの。セーラも、アディスだから任せておけるの。
乙女心は複雑なのよ」
「……乙女……複雑……」
本当に複雑だ。
こんな男に好かれるあの二人の、何とも言い難い運命も。
ハーティの魔術の腕は、この男にも劣るのだろうから、アディスにとっての重要度は、彼以下になるのだ。
「そんなに悲観しないの。あなた可愛いんだから、他にいい男が見つかるわ。十は年上の男よりも、年下を狙ってみたら?」
一瞬何のことか分からなかったが、人間のアディスと、現在のハーティの姿は、十歳ほど年の差がある。
しかしハーティはこれでも百年近く生きている。人間相手ではみんな年下だ。
「……フレアさん、決まりました?」
店の窓からセーラが顔を出した。背伸びをして覗き込む姿がとても可愛い。
「決まったわ」
いつの間にかフレアは選り分けていたらしく、会計を済ませて店を出た。
「フレアさんはフルーツと野菜どちらがいいですか?」
「フルーツ」
「はい」
セーラがジュースを手渡すと、彼女は野菜ジュースを飲む。ハーティは赤色のジュースをアディスからもらった。酸っぱくて美味しい。ハーティが好む味を知っていてくれたのだ。おそらくそれを知っていたのは、セーラだろうが、誰かに気に掛けてもらえて嬉しかった。
「よくそんなの飲めるわね。臭くない?」
「だって、最近は野菜不足なんですよ。この国のトマト美味しいです」
「そう?」
セーラがこくりと頷き、飲み終えると木の皮のような素材で出来た器をくしゃりと丸める。ハーティはこれが昔から不思議だったのだが、セーラは普通に受け入れているらしい。なぜこんなに薄いのに中身が長時間漏れないのか、今でも不思議だ。そして魔術が使える人間は、それをその場で燃やしてしまう。セーラ以外も潰して燃やしている。
「あの……セーラは、慣れない国の習慣に戸惑ったりしないの?」
「いきなりどうしたの?」
「えと……ふと気になって」
人間だから、人間の文化には馴染みやすいのだろうか。それとも彼女が特別冷静沈着なのだろうか。
「私の住んでいたところの方が無茶でしたからね。驚いたのは魔法とか、住んでいる生物とか、住人に関してです。こんなに誘拐が多いなんて」
「いや、誘拐は多くないと思うけど。私、されたことないし。変なところに入らなければ、治安はとてもいいはず……だよ。組織になったら、よけいに素人には手を出さないし」
普通に話せと言われているが、なかなか切り替えが難しい。
この国の犯罪者は滅多なことでは誘拐というリスクの高いことはしない。
見た目では相手の実力や守りを判断できない国で、誘拐を続けていれば自滅するのを誰もが知っている。例えば、小さな頃のアディスなら、誘拐しようとした方が返り討ちになっただろう。探査魔法でもかけられたら、下手をすれば住処が割れてしまう。
この国で誘拐は殺人よりも珍しい犯罪だ。
「セーラ、かわいそう。やっぱり、アディスといるからそんな目に合うんじゃないかしら」
「…………それはあるかもしれません」
二人が好きと言った口で、フレアが二人を引き裂きたいようなことを言い、セーラは同意し、アディスがショックを受けている。
ハーティも、そんな二人を見ているのは好きだ。
まだ緊張するが、楽しくて、一緒にいられるだけで嬉しい。
買い物を終えてフレアと別れた後、いつもの別荘でセーラはモリィへと、アディスはアーネスへと、ハーティは元の姿になり、着替えてからもう一度都に戻ってきた。
バーの廊下、箱庭の入り口に立つと、可愛らしいワンピースを身につけたハーティは、足とを止めてアディスのコートを引っ張った。
「アディ……お、長、本当にこんな上等な服を私が着てここに入ってもいいんですか?」
ハーティは別荘のクローゼットに用意されていたワンピースを着ている。緊張した面持ちでアディスに恐る恐るといった様子でアディスを見上げて、アディスはふっと笑った。アーネスではなくアディスの姿なら、だらしなく相好を崩していただろう。
ハーティは派手でなく、落ち着いた暖かそうな、聖良では似合わない少し大人びたデザインのワンピースを着ている。少し背伸びをしている女の子という感じで、よく似合っている。
「いいに決まってんだろ。俺からのプレゼント」
「ええっ!?」
突然ディアスが背後から声をかけてきた。彼はアディスの予定を知っていたから、来ていてもおかしくはない。
ディアスに色目を使われて、ハーティは萎縮した。今はハーティにとってはなじみ深いディの姿をしている。昼間よりも緊張するだろう。
「ディ、パワハラは許しませんよ」
「しないって。普通に口説いてるだけ。元からけっこう可愛いと思ってたし。長の趣味の範疇の女には手を出さないだけで、出たら口説いてみようと思ってたし」
下心が見え見えだ。ここまで下心しかないと、ハーティも呆れているかと思いきや、可愛らしいほど真っ赤になっている。聖良はアディスにしか口説かれたことがないので気持ちは理解できない。アディスは出会い方等が特殊すぎて、恥じらうよりも呆れが先に来るので、聖良自身と比べることが間違っている。
「さあさあ、みんなに顔を見せよう。ほら進め」
ディアスがハーティの背を押し、聖良はアディスに手を引かれて奥へと進む。見られるのが恥ずかしいらしく、ハーティは真っ赤になっている。彼女はとても照れ屋なのだ。
いつもの広間に入ると、皆の視線が集まった。
「長、その子ハーティじゃないすか。とうとう手を出したんですか!」
「違います」
「ハーティ! ななな、何やってんだ!? 長、何したんすか!? 長ぁぁぁああ!!」
「何を言うんです。ただ一緒に歩いてるだけですよ」
「ちょ、ハーティ、長に気を許したらダメだって」
冷やかされ、ショックを受けられ、忠告される。誰も信用していない。
「アーネス、どこまで信用ないんですか」
「そ、そんなことは。長は皆から信頼されています」
聖良の呟きに、ハーティが首を横に振って応えた。
「いいですか、ハーティ。その『信頼』とこの『信用』は全く別物です」
ハーティはかばうが、彼女以外の誰も信用していないのだ。アディスが人間の頃、どれだけだらしなかったからよく分かる。
アディスはさらに奥に進み、階段を上って別の部屋に入る。
「やだっ、本当にハーティ」
「ちょっと、アーネス様っ! いくらなんでもそんな純情そうな子に!」
たくさんの本がある部屋で、勉強していた面々が顔を上げ、その中のロゼとシファがアディスに突撃してきた。
「誤解ですよ」
アディスは穏やかな声で否定する。
「誤解?」
「またそんないい加減なことを。前にちょっと可愛いとか言ってたじゃないですか。いくら成長が遅いとはいえ、無責任です!」
言いつのるシファに、聖良とハーティで一生懸命首を横に振る。
「そうじゃなくて。私と長は本当にそんなんじゃなくてっ」
「今回は本当に違うんです。ハーティに対して失礼な憶測をしないで下さい」
シファとロゼはきょとんとして聖良達を見る。アディスは肩をすくめた。
「疑り深い子達ですね。そんなに寂しかったんですか?」
笑顔で頭を撫でられると、とたんに大人しくなる。
「最近知ったことですが、実は彼女とは親戚だったんですよ」
「ええ!?」
ハーティはこくこくと頷く。
「タチの悪いのに付け狙われていたので、うちで保護しています」
本当に質が悪かった。よく無事に帰れたと今でもぞっとするほどだ。
ミラを支配しているユイを圧倒するような神子。まさに神の子と敵対するに等しかった。
「ほんとーに、何もしてないんですかぁ?」
「アーネス様、最近ちょっと真面目だけど……アーネス様だし……。
信じてないわけじゃないんですよ。モリィの前で下手な事はしないと信じていますし。
でも、アーネス様、女の子を口説くの大好きだから……」
口説くのは確かに好きなようだ。何もしなくても、口だけは達者に動いている。ハーティに対しても、聖良に対するほど露骨ではないが、明らかに勘違いするような事をたまに口にする。つまり彼は、好みの女の子に甘い事を言うのが大好きなのだ。
聖良はため息をついて、フォローするために口を開く。
「今回のことは本当ですよ。アーネスは何もしてません。一緒に住んでいるお友達にも、何か悪さしているのを見かけたら切っていいと言ってありますし」
「ちょ、なんて恐ろしい許可を出しているんですか。あの人の事だから、手を握っただけで切ってきますよ」
聖良の言葉を耳にしたとたん、アディスが今はアーネスである事を忘れたかのように、慌てた様子で食ってかかった。
「それは大丈夫です。融通効かないロボットじゃないんですから、手を握るぐらいでは切りませんよ。手を握るぐらいでは」
ミラは見て分からないほど馬鹿ではない。ただ、見て分からない事で火がついて、誤解だと分かっても止まれない性質だが、動く前なら理解してくれる。
「アーネス様……竜以外に何と同居されてるんですか?」
「…………まあ、いろいろといます。たまにエルフや獣人も来ますね。もちろん大人や男ですよ」
「エルフ! やっぱり美人なんですか?」
「マイペース過ぎてイライラしますがなかなかの美人です。薬草の事ははよく知ってますが、マイペースすぎて結論が出るのをその場で待つと、忍耐力が身に付きます」
彼女に付き合うには、何かしながらでないと厳しい。あれで生きていられるのは、子供達がしっかりしているからだ。
「そんな事よりも、私達はハーティのために本を取りに来たんです」
シファとロゼはちらとハーティを見た。
「ハーティは魔力が多いのですが、それゆえに制御しきれていません。基礎の基礎からもう一度教え直すことにしました」
ハーティは知らなかったようできょろきょろと周りを見回した。
アディスは竜がろくに魔術を使えないのは、力任せにするからだと言っていた。ハーティのやっているのも力任せで、本当の意味では魔術ではない。聖良が発音の良さで発動させてしまっているのも、ある意味では同じだ、と。
「アーネス様が教えるんなら、きっと覚えが早いわね。厳しいけど」
「ええ、とっても厳しいけど、出来たら優しくしてくれるものね」
アディスは聖良に対して厳しくした事は一度もない。叩き込む対象である生徒ではなく、覚えれば生活に便利になるだけなので、彼は熱心に教える気がないという意味だ。
聖良が無力でも、アディスが常にいるので問題ないと、彼はそう思っている。どうせアディスがいなければ魔力がないのだ。詳しいことは教えても無駄、呪文を丸暗記して、口さえ動けばいいとも思っているはずだ。
もちろん、聖良が頼めば教えてくれるが、頼まなければ教えてくれない。
森の中で生きる分には必要なく、買い物はアディスが払うから何も不自由はないとはいえ、必死に勉強しているのに、必要がないと思っていることを隠しもしないのに、少し腹を立てていた。
それが意地悪ではなく、自然な発想であることが、一番腹立たしい。
だがハーティは甘やかされるだけの対象ではなく、教えがいがある対象として見られている。
聖良は少しだけ、つまらないと思った。才能がないのは重々承知しているが、普段はくだらない理由で構ってくるのに、肝心な事では真剣になってもらえないのだから。
「でも、身内なのにちっとも似てないわ」
「遠縁ですからね。
でも魔力は高いですよ。可愛らしいですし」
「可愛らしいのはそれこそ関係ないと思います。長は可愛らしくないもの」
「クールで格好良くてたまに不幸」
二人にとって、不幸は最後に付けられる言葉のようだ。
しかし聖良から見ると、いつも不幸でたまに格好いい、となる。
組織の長などしているから、ここで聖良の前ほどだらけたことがないとしても、彼女達との間にはかなり深い溝があるようだ。
「シファ、モリィに何か子供用の本を用意しなさい。この子はまだ読み書きの練習中です」
「あら、読み書きは出来ないのね」
「絵本ぐらいは読めるようになりましたよ。モリィはとても覚えが早いので」
「そうなの。すごいのね」
シファは聖良の頭を撫でてから、本棚へと向かう。
「モリィ、どんな本がいい? 絵本? それとも教科書の方がいい?」
シファが振り返り尋ねてきた。彼女からすれば、モリィは竜であり、アーネスのペットなのだ。主のペットは可愛がるのは当然だ。
「簡単で常識的な本なら何でも」
「常識的?」
「彼の側にいると、世間の常識が分かりません」
「長…………いつも何してるの……」
聖良は難しくて題名すら読めない本の数々を見上げる。
魔術の本は難しいのだ。
「まあいいわ。モリィ、こっちに来て」
シファがこっちと言うので付いていく。地震の多い日本では考えられない作りの図書室だ。地震があれば本で生き埋めになり、本棚で蓋をされ、脱出不可能なぐらい高く密集した本棚だ。
「ここは子供向けよ。モリィが好きな本を選んで」
「ありがとうございます」
「分からなかったら何でも聞いてね。あ、お菓子もあるのよ」
「ありがとうございます。でも、夜食べると太るからいいです」
「小さいのに、そんなこと気にして! やっぱり女の子なのね」
撫でられる。竜だと思い込んでいるからこその扱いなのだ、これは。アディス以上の愛玩動物扱い。
モリィの時は、これでもいい。竜だと思われているのだから、甘受することに決めていた。聖良の時ではないのだから、寛容に受け入れられた。
適当にニコニコして、愛想を振りまいておけばいい。
まだ幼い竜と言うことになっているのだから、それで皆が可愛いと思ってくれる。




