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11話 狩り 1


「立派な観光地でも、ど真ん中で寝泊まりしていると、ありがたみってあっという間になくなりますよね」

 聖良の言葉に隣に座るアディスが無言で頷いた。

 二人で中庭が見えるベンチに並び、神殿の庭園美を眺める。

 かなり透明度の高い大きめの板ガラスが使われた温室まである。透明のガラスはとても高価な物らしい。普通は透明度の低いガラスを細かく組み合わせて窓にするらしいが、温室は大きめの板ガラスが使われている。聖良からすれば、大きなガラスかと言われると首を傾げるほどだが、おおよその値段を聞いて、さすがは神殿だと感心してしまった。

「つくづく、宗教って儲かるんだなぁって思いますよね」

「聖都は神子を抱えてますからね。寄付しないと、普通の人間では手のつけられない魔物が出た時に、邪教徒として見捨てられますから貢がれるんですよ。

 並の人間では束になっても敵わない魔物って、意外と多いですからね。私とか」

 聖良はアディスを見つめる。

 彼も、世間からすればその一匹だと、自覚はしているらしい。

「セーラ、腕輪、慣れましたか?」

 女街の観光の翌日、結婚腕輪を買いに行った。本来は外せないものなのだが、職業上、どうしても外さなくてはならない者のために、外せるタイプのが売っている。神殿で溶接したもらうための継ぎ目と、反対側に外すための継ぎ目があるのだ。溶接といっても、装着者にはほとんど影響が無い。杖を腕輪に当てられて、少し熱を感じたら取れなくなっていたのだ。

 聖良は一番細いのを買った。それでも余裕がある事から、この世界の人間との体格差を思い知った。アディスが細い細いとよく手首を握るのだが、からかいでもなく本当に細く、子供のような腕であったらしい。

「慣れましたよ。軽いですし、外せますし」

 この揃いの腕輪をアディスはたいそう気に入ったようで、外しているとなぜ外すのかとしつこい。

「ところで、化ける練習はいつから本格的に始めるんですか?」

「まだ尻尾人間を諦めてないんですか……」

「だって、可愛いですよ。お膝の上に載せて一日中撫でてあげます」

 いつもされている事を、アディスにやり返してやるのだ。考えるだけで楽しくなり、胸が躍った。

「セーラの中では、一体どんな完成図が……」

「なんで伝わらないんです? こんな感じですよ」

 聖良は地面に小枝でデフォルメされた小さな子供を描き、そこに尻尾やら角やら書き足して見せる。

「…………確かに可愛いですが、どんな発想してるんですか……」

「こうでなくても、アディスはまだ子供だからきっと小さいですよ。膝の上に乗せられる、一歳から五歳ぐらいまでの大きさが希望です。絶対に可愛いです」

 聖良は落書きを丹念に足で消しながら夢見て話す。

「確かに可愛い盛りの年齢ですが」

「色々と可愛いパーツが生えてたらすごく可愛いですよ。可愛ければいいんです」

「そう言われると可愛く思えてくるのが不思議ですねぇ」

 そこで会話が途切れる。

 気まずい雰囲気はない。

 いつも一緒にいるから、会話が無くても苦痛はない。ぼーっとしているのは楽しい。

 庭を神官が通り、こちらに微笑み挨拶の意味で胸の前で指を組む。

「そういえば、ここって本当に敵対者じゃなかったら寛容ですねぇ。一神教なのに、他の宗教っぽいの弾圧したことないんですよね」

 お布施が無いと助けないようだが、それは弾圧とは言わない。自分に無関係な相手を助けないのは当然の事だ。

「リシア教はそういう弾圧は表向きはないですよ。元々、宗教団体ってわけでもなかったですからね。リシアっていうのは、昔の神子、英雄の名前なんですよ。つまり英雄集団が宗教団体になったんです。名は変われど神は一つ。万能たる神は、奇蹟を地上に落とす度、人が勝手に名付けて呼び始めた。だから神は多くの名を持つと言われています」

「つまり神様が何人もいるかも知れないのを、それは全部自分の神様の事だからって扱いをし続けているってことですか」

「つまりそういうことです」

「宗教戦争を起こさないのはいいですね」

「目に見えるシンボルがいる強みです。それで金は巻き上げてるみたいですよ」

「安全対策に必要な税金みたいなものだと思えば」

「そうですね。安全のためですからね。

 グリーディアの町中に住んでいると平和ボケして、他所の国では街の中でも安全とは言い切れない事を忘れるんですよね。

 クレアが支配者になってからはいろんな意味で平和だそうです」

「支配者って……。

 まあ、支配者っぽいですけど」

 国王である夫が妻に支配されている。クレアは優しげで笑顔の綺麗な女性だが、ああいう人が一番腹黒いのである。

「平和はいいですねぇ」

 アディスが聖良の肩を抱いて言う。払いのけようかどうか悩みながら、温かいのでいいかとそれを許した。

「そんなこと言っていると、何かが来て平和を壊していくんですよ」

「ここの平和が壊れるなんて、悪魔や竜が堂々と攻め込んでこない限りはないですよ」

 さすがにそれはないだろう。竜は強いが人間の常識と大して差のない常識を持っているし、悪魔は紛れ込んでも暴れたりはしないだろう。悪魔は群れないらしいから。

「おや、ミラさんの気配が寄ってきますね」

「そんなものが分かるんですか」

「ミラさん限定ですけど、最近分かるようになりました。きっと野生の本能的なものでしょう」

 彼はしみじみと言う。もう竜なので人間ではないが、ますます人間離れが進んでいる。人間の聖良は生温かい目で見守るしかない。生暖かくなるのは、仕方がない。

「ほら、来た」

 アディスが空を見上げ、聖良がつられて上を向くと前方の地面に何かが着地する。

「セーラ、行く」

 ミラの唐突な言葉はいつものことで、理解するには問いかけねばならない。

「どこにですか?」

「竜が出た」

 聖良は頭を抱えた。

 今さっき否定した考えがまさにここに現れた。

 だから余計なことを言わない思わないと決めたのに、どうしても思考がそちらに行ってしまうのだ。

「竜が街を荒らした」

「いや、あの、そういうのは……」

 聖良はちらとアディスを見た。彼にとってはもう同族だ。

「ネルフィア達は狩ってもいいと言っている」

「いいんですか?」

「人間が犯罪者を取り締まるのは同じだそうだ。何かを要求するだけならともかく、壊滅したのなら里に戻っても追い出されるらしい」

 ネルフィアは一人で小さな街で生贄を賢い人間を一人だけ要求した。それをアディスの部下が聞きつけ、口車に乗せて、その結果聖良がいる。考えると切ないのでそれを放棄する。

「それはいいですけど、どうしてセーラまで? 神子の仕事でしょう。ついていくのはまずいんじゃ」

「行かないのか?」

 アディスの突き放す言葉にミラは少し寂しそうな顔をする。

 女性のこういう顔は、同性から見ても卑怯だと思うのだ。

「でも、行ってどうなるんですか? お仕事なのに、私は何も出来ないから邪魔になっちゃいます」

 聖良は戦力外である。竜を狩るのについて行く意味が一欠片もない。

「ラゼスが竜の里に行くと言っている。あの里は神子と不可侵協定を結んでいるから、竜が招いてなら入れる」

「不可侵協定?」

「竜の里の者に手を出したら可能な限りの人間を殺す。人間を意味なく殺したらその時は可能な限りの竜を殺す。それを防ぎたかったら、犯人を残らず差し出す。

 一般人には内緒の協定」

 物騒な協定である。

 神子に支配されないため、報復を防ぐための自己防衛だが、ミラの言い方は恐ろしい。

「明らかな罪を犯した竜は狩っていい。

 人間が先に手を出したなら話は別。子供は狙われる。子供を狙っていったら誰であっても殺していい。たまに権力者が竜を欲しがって、神殿に粛正される。

 竜に手を出すと報復で死者が出るから、大量殺人と同じ扱いになる」

 聖良は隣のアディスを見た。

 今思えば、成功しなくて本当によかった。もしも成功していたら、ネルフィアがどれだけ暴れていた事か。

 迎え撃つ準備さえ整えていれば、親ぐらいなら殺せると思っていたのだろう。

「グリーディアと竜の里は離れすぎているというか、竜の里からグリーディアまでは難所のため、魔術師も手が出せないんですよ。

 もっと行き来がしやすかったら、そんな風になっていたでしょうね。だからお父さん達も遊ぶ時は近いグリーディア側よりこちら側の方に来ていたみたいですし」

 アディスは自分のしたことを誤魔化すようによくしゃべった。罪を自覚していると、人は妙に饒舌になるものだ。

「ユイ達は、竜の里に行って、その竜を狩っていいかどうか聞くんですか? 大変ですね」

「面倒な手続き。

 お互い、全面戦争は避けたい。妥協点を探す。まどろっこしい。切ればいいのに」

 ミラは竜と喧嘩をしたくてうずうずしているのだろうか。さすがは強者。強い者を求めているのだろうか。刃物を使いたくて仕方がないだけという可能性も捨てきれない。

「でも、またたくさん竜に会えますね。お友達出来るといいですねぇ、アディス」

「そうですね。お友達を作りに行くぐらいの気持ちで行きましょう。ねぇ、ミラさん」

 のほほんとしていた朝の一時だったが、まさかこのような形で崩れるとは。

 これ以上遠回しに拒否しても、ミラの機嫌が悪くなるだけだ。

「セーラ、今度は誘拐されないように。アディス以外の子供、危険」

 アディスは子供の竜に食べられたのだ。そういうつもりでいないと危険である。聖良は噛まれないように注意しないといけない。竜が日本の女子高生レベルの知識など得ても何の意味もないし、害しかないだろう。






 神子の女の子というのは想像と違った。聖職者然とした、楚々とした女性を思い浮かべていたのだ。

 男の方を見て気付くべきだったが、まるでゲームのキャラのように露出度が高かった。

 冬なのにコートの中はビキニのトップスのようなものであった。

 その格好の理由は簡単。肩から腹にかけてアザがあるから。それ以外の理由はないだろう。ユイと同じだ。彼女のためにしつらえられた特別衣装である。

「あんな所に出るなど、女性なのにかわいそうですね」

「そうですね。見ているだけで寒そう……」

 聖良は見た目から暖かい革のコートを着ているので、あんな格好をしたらと思うとぞっとする。見た目が恥ずかしい事は、触れるのも可哀相だ。

「神子のコート、防寒機能がすごい。寒くない」

 ミラが声を潜めずに教えてくれる。それに気付いたユイと同年齢の神子の少女は身体を隠した。やはり本人達もまだ抵抗があるらしい。

「レファリア、移動を」

 神子のウィンデルは悪魔のレファリアへと命令した。彼は比較的まともな格好をしている。片袖がないだけだ。マントを羽織っているので一見おかしな所はない。

 もしもユイと現れる場所が逆だったら、いい年した大人の半ズボンという見たくもない物が出来上がるので、これでいいのだろう。

「本当に部外者がついてっていいんですか?」

 アディスはついて行きたくないのだろう。ユイ達だけならともかく、その他がいるのだ。

「いいどころか、ついてきてくれるとむしろ有り難いから。今回は彼女に竜を支配させるのが目的だし、ミラだと生け捕りが苦手だから」

「手伝わせる気ですか」

「まあまあ。堅いこと言わずに。竜相手だとミラも手加減が難しいらしくて、殺しちゃう可能性が高いんだぁ」

「竜を単身で殺せるっていうのも……ほんと人間離れしてますよね」

 アディスは首を横に振ってため息をつく。

 話がまとまったので、レファリアが集まるように言い、『移動』をした。

 目の前が歪んだかと思うと景色が変わり、知らぬ山の中にいた。傾斜があるから、山の中だと判断した。

「こちらです。少し歩きますが、これ以上先に転移すると、即座に攻撃されかねませんので」

「こっちの竜は攻撃的ですね」

 もちろんネルフィアのような攻撃性ではなく、もっと知的さを感じる攻撃性だ。

 アディスに手を引かれて歩く。皆の足が長いので、ついて行くのは大変だ。アディスが抱き上げようかと提案してきたが、断って元気に歩く。足に合った特注のブーツのおかげで山道でもそれほど辛くない。

「セーラ、見えてきましたよ」

 身長差のためか聖良には見えない。ぴょんぴょんと飛び跳ねると、ちょこっと屋根が見えた。

「セーラ、可愛いからやめてください」

「意味分かりません」

「あんまり可愛い事をすると抱きしめちゃいますよ」

 この男はどこまでダメ男なんだろう。

 渋々と大人しく歩き、竜の村が見えるところまで来た。

 やっぱり木造の家だ。ギセル族が作る、素朴な木の家。

「可愛い村……」

 神子が呟いた。

 サイズも竜のイメージからすると小さく、予想よりもはるかに可愛いかっただろう。いや、グリーディアの竜の家よりもさらに可愛い。デテル達が造ってくれた、聖良達の小屋はこちらに近い。

「あ、人間だ!」

 アディスぐらいのサイズの竜が警戒しながらもこちらを見て、他の子を呼ぶ。

 グリーディアには子供はけっこういたが、ここには三頭だけだ。警戒心が強くて家にいるのか、本当に子供が少ないのか。

 ラゼスのように青白っぽい子達だ。一頭は角にリースのような物をつけているから女の子だと思われる。

 いきなり食べてきそうな子は混じっていない。

「あれは子供ですか」

 巫女がユイに尋ねる。

「子供みたいだね。全体的に丸っこいラインだろ。頭が大きくて丸々している」

 子供は大人に比べて同じサイズでも頭身が低い。それが可愛いのだ。

「あ、ラゼスさんじゃないか。なんで人間と一緒に!?」

 ラゼスの知り合いが混じっていたようだ。アディスが困ったような顔をして、ぐいぐいと父の服を引っ張った。

「分かってるから」

 どんどん知られていく可能性があるから、アディスが竜だとバレていくのが嫌なのだろう。念には念を押したいのだ。

 神子達が驚いたようにラゼスを見ているから不安でならない。

「こんにちは。今日は神子が一緒なんだ。長に挨拶をしに行くから、家にお帰り」

「神子? どうしてそんなのと」

「大人には色々と事情があるんだよ」

「ハトラを狩りに来たのか?」

「ハトラか。変った子だったけど、なんでまた」

「知らない。でも、人間とは仲がよかったのに……」

「そっか。ちょっと長と話してくるよ。ネルフィ達はここに残ってくれ。関係あるのは神子だけだしね」

 余分なのを連れていってくれるらしい。のんびりと交流を深めていなさいという意味だろう。

 ついでにミラとネルフィアを見ていてくれと言う意味もありそうだ。どこに置いていても心配になるのがこの二人である。

 手を振って見送ると、ラゼスと話していた子供がこちらに近づいてくる。子供と言っても一匹はだいぶ大人に近い気がする。

「あんたたちは神子の付き人か?」

「私達はラゼスさんの知り合いです」

 アディスの代わりに聖良が答える。彼が自己紹介するのはまた今度でいい。自分の姿で来た時だ。

 彼らはくんくんと匂いを嗅いで、やがて聖良の鞄に鼻頭が当たり、くんくんと鼻を鳴らす。

「いい匂い」

 確かにこの中には菓子類が入っている。なんて鼻ざとい子だろう。

「お菓子、食べますか」

 先日買った菓子だ。小腹が空いたら食べようと思っていたが、気付かれてしまっては仕方がない。子供相手に隠すのも大人げないというものだ。

 ミラとネルフィアの分さえ確保しておけば平和である。逆を言えば、二人には食べさせないと不機嫌になって危ない。

 鞄から取り出して見せると、他の子達も寄ってくる。アディスぐらいのようにも見える小さな子もいて可愛いらしかった。

 聖良にはまだ子供、少年、大人、という大きな区分しか分けられないのだ。話しかけてきたのは竜は少年に見える。中ぐらいの子は、女の子だろう。一番小さな子の性別すら分からない。

「ほら、手を出して」

 彼らは手の甲を差し出す。アディスも言っていたが、手の平側に置かれても脆い物は食べにくいらしい。

 そこに一つづつクッキーを置く。ミラとネルフィアにも渡す。

 人数が少なくてよかった。

「美味しい。おばちゃんの作るお菓子よりも美味しい!」

「人気のあるお店で買ってきたんですよ」

「もっと」

「アメもありますよ」

「アメ!? 食べたことない!」

 砂糖はけっこうな高級品だ。人里離れると手に入れにくくなる。彼等が食べる甘味ははちみつ程度だろう。

 聖良の知っている砂糖が使われたケーキなどの菓子類もかなり贅沢な物だ。

 だから竜の彼らが『飴』という存在を口にすることも滅多にないだろう。

「噛んじゃダメですよ。舐めて味わってくださいね」

 一粒ずつあげると大人しく舐める。

 ミラとネルフィアにも一粒ずつ。この二人の時は、大きな子供を相手にしている気分になる。

「ところで」

 今まで傍観していたアディスが竜達に声をかけた。

「ハトラさんという方は強いんですか?」

「ハトラは強いけど、神子の方が強いよ。神子は怖いんだ」

 神子は怖いと教えられて育ったのだろう。

 死ぬまで支配されてしまうのだから、大人達が子供達をそんな目に遭わせないように、小さな頃から脅しているに違いない。

 神子が来たということは、実際にそれが出来る可能性のある人材がいるという事なのだから、彼等はけっして悪さをしてはならない。

 聖良はアディスを心配したが、ユイが言うには、魔術を使いこなすほどの竜を支配できる人物はユイ以外にはいないらしい。そのユイには空きがないから、安心していいのだそうだ。

 子供達から見て強い竜を支配できるかもしれないと連れてこられる巫女でも、アディスが支配されないとユイが評価するのだから、魔術とは特別なようだ。

 それとも、あの巫女はまだ若いから、ユイが実力を知らなかっただけなのかもしれない。服装を見られて恥ずかしがっていたとので、まだ慣れていないということだ。見た目が若いだけではなく、経験も浅いのだ。

 だとしたら、ユイの予想が外れて、アディスを支配できるかもしれない。

 アディスもそれは考えているだろうから、彼女がどれだけ可愛くても、それなりの警戒しているだろう。

「ハトラ、どうなるのかな……」

「仲が良かったんですか」

「ううん。いつも一人だったよ。人間には手を出すなって言われてたのに、よく人間と遊んでた」

「人間?」

「あんまりよくない人間。悪党だ。だから祝い事のある日にしか戻ってこないんだ」

 悪党。マフィアとか、密猟者とか、山賊とか、そういうやつだろうか。

 何が楽しいのかは理解できないが、悪い人間にでも利用されたのだろうか。

「頭の痛い話ですね。それで狩られるなら自業自得ですが……なぜ街を火の海などに……」

「よくわからないよ。人間の世界の事は人間の方が詳しいから、オレ達の方が聞きたいよ」

 まだ子供だから、怖い神子がいる外には出たこともないのだろう。不安そうにしている。

「まぁまぁ、暗い話は大人に任せておけばいいんだよ。

 それよりもセーラ、近くを歩いて回らないか。街の中よりは気楽に歩けるし、初めての所はわくわくするだろ」

 トロアがセーラを人形のように抱き上げて、頬をすりすり寄せてきた。

 じたばたしていると、むすっとしたミラがトロアから聖良を取り上げてしっかり手を掴む。トロアはあからさまにしょんぼりとうなだれる。

 彼もミラには何も言えないらしい。

 子供達よりも子供の相手をしている気分になる。






 子供達に連れられて、里から少しだけ離れた高台に来た。

 きっと彼らも、この大人達ダメだと思ったのだろう。迷子になるといけないからと、案内してくれたのだ。とってもいい子達だ。

 ここからは遥か遠くに、小さく街が見えた。城壁が囲われ、中央には高い尖塔がある。

「あれ、聖都ですか」

「そのようですね。竜はもっと高所にすんでいるのかと思ってましたけど、意外と近い場所なんですね」

 竜の村は木々に隠れて見えない位置にあるが、竜の翼ならそれほど時間をかけずに往復できそうだ。もちろん竜なら。高さも距離も、人間の感覚では低いとか近いとは思わないだろう。

「今日は天気がいいからよく見える。夏だとあんまり見えないんだ」

 最年長の子供の竜が、目を細めて言う。

 聖良は地面に敷物を敷いて腰を下ろした。景色もいいし、ハイキング気分になる。

「トロアさん、お茶でも飲んでましょうか。話がすぐに終わるとも限りませんし」

 トロアに持っていてもらった荷物の中から、携帯用のカップと鍋を取り出し。三脚を組み立て、水筒の水を鍋に入れてから、携帯バーナーに火をつけた。ティーポットなどという洒落た物はないので、湯が沸くと火を止めてから、お手製ティーバッグに入った茶葉を入れて蓋をして数分待つ。

 携帯鍋は底が浅めで、三つ重なり蓋がある便利な物だ。フライパン代わりにもなる。

「今気付いたんですけど、カップ足り無いどころか、竜の手だとこのカップ持てないんじゃと」

 子供達にもあげようと思っていたのだが、このカップじゃ口に流し込むようにしか出来ないと気付いた。

「鍋のほうならいいんじゃないか」

「あ、そうですね。でも、これじゃ足りそうにないですよね。近くに水場ってありませんか?」

「井戸があるよ」

 井戸水なら綺麗だろう。火も通すので大丈夫だ。

「じゃあ、アディスお茶を入れておいてください。くんできます」

「水くみなんて私が行きますよ。セーラは座っていてください」

「俺も行く」

 肩を叩いてアディスと少年竜が行ってしまうので、聖良はお茶を用意する。

 ミラとネルフィアと子供達にお茶を渡すと、やはりなくなってしまった。鍋は少し入れたつもりでも、けっこうな量になってしまうのだ。かといって、少ししか入れないと見栄えが悪い。

「いい匂い。お茶なのに果物の匂いがする」

 中ぐらいの子が味わって飲み、一番下の子があっという間に飲み干す。やはり、物を食べる時は、サイズ的にも人型がいいようである。

「そろそろお昼の時間ですよね。ユイ君達遅くなるんでしょうか」

 小腹は空いているが、昼食を早めに取れるなら菓子は食べたくない。遅くなりそうなら食べたい。

「すぐに戻ると思う。ユイ、私と離れると挙動不審になる」

「そうですね。ハノさんも一緒に行っちゃったから、心配しているでしょうね」

 ミラの事だ。何かを見つけて襲いかかる可能性もある。

「ところでアディスが戻ってきませんが、井戸って遠いんですか?」

「そんなに遠くは……」

 ばさばさと、耳慣れた竜の風切り音がするので視線を上げた。

 木々上にアディスを案内してくれた男の子の姿が見える。

「大変だよ! あの人間、ハトラにつれてかれちゃった!」

 聖良はあまりの事に脱力した。

「またか。本当に誘拐が流行っている」

 ミラは腕を組んで、あまり心配していない風に言う。

「セーラ、何回目だっけ」

 トロアに問われ、思い出して数える。

「ええと……アディスはまだ三回目ぐらいです」

「まだって、もう三回も? 兄ちゃんはお前達の将来が心配だぞ」

 人間だったアディスの頃もカウントしたが、どうでもいいだろう。

 いい大人が誘拐されまくっているのは事実なのだ。

「ええっ、あれ、誘拐だったのか!?」

 男の子が驚いて仰け反った。

「え、違うんですか?」

「知り合いっぽかったから、ちょっと強引なだけかと」

 聖良は頭を抱えた。

 アディスは一体どこで竜などと知り合いになったのだ。

「ハトラさんって、グリーディアには?」

「さあ。旅が好きだからよくわかんない。とくに海が好きだから、グリーディアにも行ってると思う」

 幸いにも今のアディスは人間の姿で、魔術が使える。それほど強引でもなかったらしいので、食べられるとか、変な薬を入れられるとか、そういうのはないんだろう。

 これは誘拐ではなく、ただ黙って行ってしまった不誠実なだけの行動。そう思えばいいのだろう。

 きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、聖良は深く深くため息をついた。


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