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9話 家族旅行3

 甲板に出ると、船尾でアディスが妻だと紹介した女の子の機嫌取りをしていた。どうやら怒らせたらしい。先ほどのやりとりを見る限り、子供扱いをするアディスが悪い。

 そしてそれでもアディスは供扱いしている。彼はどうやら──認めたくはないのだが──幼めの少女が趣味のようだから、子供扱いこそ彼の愛なのだろう。

 クレアが認めているというのなら、彼が愛する妹たちのためにも、彼女には犠牲になってもらわなければならない。あれで成長が止まっているなら、十年してもアディスの好みの容姿は保っているはずだ。

 とても相思相愛には見えないが、素直になれない女性というのも世の中には多くいる。問題ない。

「アディス、船上はどうだ」

「クインシー」

 アディスがセーラを抱えて満足げに微笑む。彼女の服装もアディス好みで可愛らしい。

 本当に恵まれた男だ。運がないくせに、肝心なところには恵まれている。しかもその目に見える不運のせいで恵まれているのにあまり妬まれていないのだ。あいつは恵まれているけど運がない、と。

「赤毛のご婦人ともう一人の男性は?」

「部屋にいますよ」

「せっかくだから中も案内しようかと思っていたんだが」

「今日の所はほっといてあげてください」

「そっか。じゃあ、三人だけでも下を見るか?」

「ええ」

 アディスがセーラへと笑みを向けると、彼女が落ち着いた表情で頷いた。もう一人の男の方がはしゃいでいる。

 彼女は確かに見た目の年齢よりは落ち着いている。

「よろしくお願いします」

「若い女性を乗せる事はあまりないから、皆も喜ぶよ」

 娘ぐらいの年齢に見えるから、皆が彼女の事を気にしている。可愛いな、可愛いなと上の空だ。実際に娘はいなくとも、娘でもおかしくない年齢と思うと周囲にも伝染するらしく、手が出せない大人の女性が乗るよりも浮かれている。

「じゃあついてこい」

 三人を誘い、部外者が見て面白いところを回る。やはり一番人気は操舵室。普通の船の舵と違って、半球体に手をかざして言葉でコントロールする。風向きも考えなくていいし、子供でも動かせる楽な船だ。もちろん緊急時には高度な作業を要求されるので、魔術師はかならず一人必要だ。グリーディアならではの船である。

 次に興味を持つのは主機室だ。魔動の技術が使われているから、慣れぬ者が見たら驚く。荒事の方が得意なクインシーには専門外の分野なので、見ていても何が何だかよく分からない。かろうじて冷却用の式だとか、増幅用の式だというのが分かる。アディスはこの手のことは好きだから、元々構造を知っている。解説は彼が勝手にするが、聞き手の二人はほとんど聞き流している。趣味人の理解できない言葉は聞き流すのがよいということを、しっかり理解しているようだ。

 大きめの船とはいえ、見て回る分には狭い。あっという間に一通り終え、最後の厨房へと案内する。

 こればかりはどこにでもある厨房だ。もうすぐ昼食だから、メニューを聞くついでに来た。

「お台所だぁ。いいなぁ」

 なぜかセーラは今までの中で一番喜んだ。

「おや、可愛らしいお嬢さんだ。俺の部屋は気に入ったかい?」

「素敵ですね。狭いのに、オーブンまでちゃんとあるんですね。動線に無駄が無いですね」

 賄いは狭い自分の城を褒められて上機嫌だ。セーラはオーブンを見つめる。料理が好きなのだろうか。

「セーラ、オーブンが欲しいんですか?」

 アディスが食い付くように尋ねた。

「窯もいいですけど、やっぱりちゃんとしたオーブンは魅力ですよ」

「じゃあ、今度見に行きましょうか。窯の温度調整は面倒ですしね」

 セーラがアディスに不満を持たせないという事は、料理の腕はあり、高価な器具は使用していないようだ。彼は舌が肥えているから、合格点が出るだけでも、嫁としては上出来である。

 本当に、アディスは運がいいのか悪いのか分からない。

「これはお昼ご飯ですか? お魚のスープですね。海のお魚久しぶりです」

「セーラはほんとこういうの好きですねぇ」

「それしか趣味がないんですよ」

「素敵な趣味ですよ。美味しいですし」

 頭を撫でて、また怒らせている。

 本当に可愛い嫁だ。結婚など出来るのかと心配していたのだが、子供は大人が知らないうちに大人になっているのだ。感慨深い。

「クインシー、来たついでに食堂に運んで、他の連中呼んでくれよ」

「お手伝いします」

 セーラが食堂側に回ってカウンター越しに料理を受け取りはじめたので、クインシーは皆に知らせることにした。

 広くはない食堂の隅にあるマイクに向かう。手をかざして言葉を紡げば各所にそれが響き渡る。終わると、暇そうにしているアディスへと呼びかけた。

「アディス、連れの二人を呼んできてくれ。船室に音を入れるのは緊急時だけだから、聞こえてないだろうからな」

 夜に仕事をして、数時間前に寝たばかりの船員もいるため、船室には音を届けていないのだ。

「あー……トロアさんも来てください」

「なんでだ?」

「ほら、あの二人の話し合いに私だけで行くの気まずいじゃないですか。空気を読まないトロアさんの方がいいんですよ」

 ひどい言いようだ。しかし彼は怒りもせずにセーラに別れを告げて二人で出ていく。

 残されたクインシーは、改めて可愛らしいアディスの嫁を見る。

 見た目よりも年齢が上なのは本当だろう。だからといって、あり得ないほど上という事もないだろう。

 笑顔が可愛らしくて、よく動く子だ。賄いの鼻の下が伸びている。確か彼の娘も黒髪で、年齢も近い。

「セーラちゃんはいい子だねぇ。将来はきっといいお嫁さんになるよ!」

 彼は娘の婿を吟味していると言っていた。賄いなどしているが、彼もグリーディアの軍人。かなり厳しい目をしている。花嫁姿は望みだが、娘が男を見つけてきたら、例に漏れずその男は苦労するのだろう。

「この子はもうアディスの嫁らしいぞ」

「は!? アディ坊の!? 女嫌いじゃなかったのか!?」

 セーラの顔が引きつる。あの反応は、彼女もアディスの趣味を知っているのだろう。アディスにとっても二度と出会えない理想的な相手だからこそ、押しの強さで納得させたに違いない。いまいち納得し切れていないようだが、一緒にいるので愛はあるのだろう。

 男の目から見てもアディスの条件はいいのだ。

 彼は誰よりも美しかった母親似だから。

「セーラ、君はアディスとどこで出会ったんだ?」

「えと……アディスに聞いてください。私には説明が難しいです。お互い、人生最悪の不幸に見舞われていたので」

「最悪って……」

「人間、頭が真っ白になって記憶にないこともあるんですよ」

 聞いてはいけない事だったのだろうか。この国の人間ではない者がアディスと出会うのだ。彼女も苦労しているはず。

「じゃあ、アディスのどこが好きになったんだ?」

「………………ええと」

 彼女は悩む。

 普通なら性格とか容姿とか全部とか、そういう言葉が聞けるのだろうが

「親近感があります」

「親近感?」

「ほら、世の中には下には下がいるとか、ついてないのは自分一人じゃないとか」

 アディスの同類だと思い知る。

 不幸な人間二人も乗せて、この船は沈まないだろうかと、やや不安になった。






 両親を迎えに行くと、同じベッドで仲良く眠っていた。もちろんただ寝ているだけで、それ以上ではない。

 いかにも事後といった様子であれば、アディスも少し動揺していた所である。

「あの、昼食を食べませんか?」

 揺り起こすと、ラゼスは顔を身体にこすりつけようとして固まる。自分の姿を見て、周囲を見回して、伸びをした。

「ネルフィ、昼食だって」

「ちゅう……」

 ラゼスはベッドから降りてネルフィアを眺め、もう一度ベッドに乗り手足を押さえつけてから声をかける。

「ネルフィ、食事だよ」

 起きないネルフィアの顔をなめ始める。竜の姿を思い浮かべるとおかしくはないが、人間の姿だと卑猥だ。息子の前で何をしてくれるんだろう。

「ラゼス、アディスが引いてるぞ」

「ん、ああ……じゃあ頬をはたいてくれないかな。手足抑えてないと、ネルフィは壁に穴開けるかも」

 自分の母の寝起きの悪さを思い出し、頷いた。

 すぐに離れられるように警戒しながら、母の名を呼びかけつつ頬を叩く。

「お母さん、起きてください。食事ですよ」

 ぴたぴた叩き、ぱしぱしになり、次第にビンタになってく。

 セーラはアディスを石斧で起こしてくれる。その気持ちが分かるほど、力を入れても起きない。

「お母さん、食事です! セーラが待ってますっ!」

 脳天に手刀を入れると、ネルフィアの目が開く。

「…………ぬ?」

「起きた?」

「ラゼス、何してるんだい」

「ここは狭いから、押さえてないと壊れるからね」

「ああ、そっか。船の中。すまないね」

 あの体勢をそれで納得する事が、日常的にあるようだ。

 どこまで色気のない夫婦なのか。

「えと、そういえばお話しはすみましたか?」

「おはなし?」

 ネルフィアはこくんと首をかしげる。ラゼスの気持ちも理解できるが、こちらとちがって大人の男女なのだ。遠慮してないでやる事をさっさとやってしまえばいいのに。

 両親をまともな夫婦にするにはどうするべきか──

「私、妹が欲しいんです」

「妹?」

「はい」

「でも弟でも可愛いです」

 ネルフィアは腕を組んで考え込む。ラゼスの顔が引きつっている。

「私がもう少し大きくなったら、作ってくださいね」

 今すぐ作れとは言わない。竜の出産方法など知らないが、個体数から考えて容易ではないだろう。

「妹か……アディスがもう少し大きくなったら考えるよ」

 子供に言い聞かせるようにネルフィアが言う。

 兄弟が欲しいなど、子供の無邪気な言葉だ。アディスは伸ばされたネルフィアの手に頬をすり寄せ、にこにこと笑う。

 今度、もっと幼い少年の頭蓋骨も用意した方がいいだろうか。子供の姿の方が、子供のおねだりっぽいだろう。

「そうだ、食事ですよ。あと、みんなの前では息子とか言ってはダメですよ。寝ぼけているとうっかり口にしてしますからね」

「ああ、分かっているよ。お前こそお母さんじゃだめだよ」

「はい、ネルフィアさん」

 名前で呼ぶと、ネルフィアが白い歯を見せて笑う。立ち上がり、船室を出ようとした時、船が揺れた。

 揺れて、音が響いた。

『なんかでけぇのが体当たりしてきた。迎撃用意!』

 全部屋への要請に、アディスはため息をついて甲板へと向かった。

 アディスが呼び寄せたのだと言われかねないから、彼が始末しなければならない。

 いつものことだが、いつものことなので、どこまでもいつも通りで──切ない。






 二度目の揺れに、聖良は壁に手をついて身体を支える。不安になって小さな窓から外をうかがうが、ここからではよく分からない。

「大丈夫だ。結界が揺らいだだけだ。大きいのに体当たりされるとどうしても揺れるんだ」

 揺れるのは当たり前だが、普通の揺れとは意味が違うらしい。

「こんな大きな船を襲う生き物がいるんですか?」

「ああ。この船の倍ぐらいある生き物とかもいるな。元気よく走ってるから大きな生き物に見えるんだろう」

 異世界の生き物は、生態もサイズも聖良の常識では計れなかった。竜などという、サイズが変わる生物がいる以上、船よりも大きな生き物がいてもおかしくない。

 聖良は戦闘員にもならないので、ここで大人しく震えているのが正解だろう。

「どうやって迎撃ってのをするんですか?」

「船にいくつか武器がついてるんだ」

「武器?」

「大砲とか魚雷とか」

 それは聖良の知る大砲や魚雷なのか、都合の良い翻訳なのか、どちらだろう。他の国の船なら、大砲は火薬で飛ばすだろう。黒色火薬なら聖良でも作り方ぐらい知っている。しかしこの船は想像もつかない。

「魚雷でどうにかなるだろうが、たまに電気を浴びせても平然としているのがいるからな。

 やはり聖良の想像する魚雷とは、大きく異なるのだろう。ファンタジーな方向に想像したら正しいのかも知れない。

「ま、最悪はアディスがどうにかするだろ」

「アディスがですか?」

「あいつ器用だから。つか、その方が安くすむ」

 向こうの世界でもミサイルはとても高価な物である。そのファンタジックな魚雷も高いのだろう。人間兵器は人件費のみ。今はただ乗りしているからタダでこき使える。確かに安い。

「また揺れるだろうけど、この船はそういう船だから気にせず座っておけばいい」

「はい」

 揺れ、と言っても立っていられないほどではない。船だと思えば当たり前の揺れだ。揺れないから気になるだけで、慣れてしまえば料理だって作れるだろう。

 とりあえず、言われた通りに、壁際に座っている事にした。






 船外に出ての母の一声に、アディスは頭を抱えた。

「美味しそうだね。大きくて食いがいがありそうだよ」

 側にいる船員がぎょっとしてネルフィアを見る。

 色々な意味で厄介なので甲板にいた船員を船内に避難させる。多少の魔術も扱えるかもしれないが、アディスがいる以上は足手まといにしかならない。しかも、もしもの時の目撃者になってしまう。ネルフィアがうっかり火でも吐いてくれたら困るのだ。

 人目がなくなると、船内から見えない位置に立ち、それを睨んだ。

 比較的人の手で迎撃しやすい位置にいるが、大きい。

「あれ何? ネルフィアじゃないけど、焼いたら美味そうだね」

「何でしょうね。船よりも大きい生物は魔力が無くても魔物とひとくくりしているので、海の魔物図鑑を調べれば見つけられるかも知れませんけど、海の生物って多すぎて載っているかどうかも分かりませんよ」

「でっかいタコ……かな? 僕、あれを焼いたの好きなんだ」

「じゃあ、足の一本でももぎ取りますか」

 結界に阻まれて何もないように見える位置で止まっている足を見上げ、アディスは弓を構えた。武器の中ではこれが一番得意である。札が貼られた矢に力を込め、放つ。

 空気が足を切り裂き、半分ほど切断する。立て続けに二本の矢を放ち、切り離す。それは結界に張り付いて離れない。力がなくなったらゆっくり落ちてくるはずなので、必要な分だけ切って残りは捨てればいい。ネルフィアなら完食しそうだが。

「よし、残りは引き離しますか」

 こういうのは息の根を止めるよりも剥がす事を考えた方が早い。

 本体は海の中にあるから、伸ばされた足に刺激を与えるしかない。

 しかし海の生物は痛みに鈍いので厄介だ。

「何本切れば逃げますかねぇ」

「大漁だねぇ」

「いや、危機感持ちましょうよ。うっかりすると竜でも獲物にされますよ」

「確かに、捕まったら最期だね。引き込まれる」

「船の浮力は強いですから、船体が壊れるのが先ですね。魔力で安定しているから、尽きるまではないですけど」

 問題は引きはがすことだ。ぎゅうぎゅう締め付けているから、普通の船では沈没している。

 だからこの国は他国との交流が難しい。もちろんこんな事が毎回あるわけではない。十回に一回あれば十分脅威である。その十回に一回を引き当てるのが自分らしいと、独りごつ。

 だからこうして自分でけりをつけようとしているのだ。

「火で脅しますか」

 今度は別の種類の矢を手にする。足に一本、わずかだが水面に出ている胴体に近い部分へと一本。突き刺さると同時に炎を発し、それに驚き一度船から離れて海に引っ込む。

 これで諦めればいいが、中には諦めの悪い生物もいる。この生き物は、警戒しながらそれでも船の下に隠れている。この位置に胴体があるなら、先ほど船内を歩いた感覚から、ちょうど良い位置にいると言えた。

 船外に取り付けられたマイクに向かう。

「クインシー、船の真下にいます。電撃でも食らわせてやってください」

『わかった。おい、聞いてたな。電針出せ。アディス、そっから魔力送れるから。式の書かれた取っ手あるだろ。握って送れ」

 周囲を見回し、すぐ右手に一般人が見たらただの手すりにしか見えない金属がついている。魔力を込めて手を近づけると光って模様が浮かび上がる。

 トロアが興奮してそれをつつく。

「あの、加減が必要ですから」

「ええっ」

 トロアがやったら、強度によっては魔力が大きすぎて爆発が起こりかねない。少ない魔力を増幅して増幅して放つようになっているのだ。手加減が出来るならともかく、彼では不安だ。

 取っ手に触れ、感触を確かめて魔力を送る。

 しばらくの後、一瞬手にばちりと静電気程度の痛みが走る。

「おお、浮いてきた!」

 船の後方にグロテスクな物体が浮かび上がっている。

 本当に大きい。しかしすぐに遠くなり、沈んで姿が消えた。

「沈んだ?」

 死骸が簡単に沈むだろうかと首を傾げた。

「アディス」

 ラゼスが手招きしながら海面を指す。

「なんか、増えてる」

 さっきまではいなかったのだが、いつの間にか増えたというのだろう。

「っていうか、囲まれてないか? 海の生き物って気配が分かりづらいけど、ここまで集まるとよく分かるな。さっきのが死に際に助けでも呼んだか?」

 頭が痛い。見たくないが、目視する。確かに、ちらほらいる。

 目を凝らすと増えていく。

「ちょっとヤバくないかい」

 ネルフィアですら不安げな様子を見せる事態に、耳鳴りまで始まった。

「クインシー、なんか囲まれました」

『だろうなぁ』

「だろうなって」

『普通はあんな大きな生き物じゃないんだ。まったく、海はこれだから』

「どうするんです?」

『どすっかなぁ』

「ちょ、対策ないんですか!?」

 後ろを振り向くのが怖い。まだ攻撃されていないが、何がきっかけで襲ってくるか分からないのだ。

『いろいろと考えたけど、ちょっと浮かせて殲滅が一番可能性あるけど、下手に落ちたら船が壊れるからなぁ』

「ちょっと浮かせるって、飛ぶんですかこの船!?」

『設計者がほとんど趣味で付けたたらしいけど、飛ぶための形とか重量を考慮してないから、全員でかかっても十秒持たないから、攻撃手が足りなくなるんだよな。かといって、浮かせないでやるとこれはこれで船がもたないし』

 技術者には趣味人が多いのは確かだ。理論上では飛ぶのだろう。魔術師全員が力を注いで十秒だとしても、役に立つ事もあるかも知れない。自爆しかねない兵器を備え付けるのも同じだ。

 成功はこうした不便な不成功から生み出されるのだ。

 国家予算を使って、彼らも何をしているのだか、とは思わないようにする。その中には、アディスの弟や妹たちがいるのだ。

「…………そういえば、この船の増幅炉やケーブルはどの程度の強度ですか?」

『数百人規模の術に堪えられるって言ってたけど、ここにはそんなにいないからな。様子を見ながら対応していくしか……』

「こっちで増幅した魔力を流しても壊れないんですね?」

『ああ、大丈夫だろ。そんなのあるのか?』

「今から大量の魔力流すので、様子を見て作戦を実行してください」

『っ……分かった。指示を出す』

 音が途切れる。その間に指示が出ているのだろう。

 しばらく待ち、アディスはラゼスを手招きした。

「ここを握って、私の合図で魔力を放出してください。とくに小細工は必要ないですから出来ますよね?」

「僕は出来るよ」

 ネルフィアがやるのは危険と暗に言っている。だからこそ彼を選んだのだ。

「お、俺もっ」

「トロアさんは、魔力が足りなさそうだったらあっちのこれと同じ物掴んで頑張ってください。まず大丈夫ですけど」

 彼らは竜の魔力が並の魔術師の何十倍もある事を、あまり自覚していない。

「あたしは?」

「お母さんは……なにかが甲板まで来たら引っぺがしててください」

「分かった」

 一番の危険要素は排除した。本当はもっと近くて負荷のかからない場所でやるべきなのだろうが、目撃者無しですむここが一番だ。別の取っ手を見つけて掴むと、魔力を込める。

 しばらくすると、本当に浮いた。

 浮いて、立っている場所からでは水面が見えなくなって、浮いて、浮いて……かなり高い場所まで浮いた。魔力が流れすぎているかと思った瞬間、目映い光に包まれた。

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