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9話 家族旅行2

「母さんの実家に行きたいの?」

「いや、その途中にある聖都に行く予定なんです」

 ラゼスは首をかしげる。

 ミラ達が帰った翌日に遊びに来たラゼスに、アディスは旅行の予定を説明をした。

 聖良にとって問題はトロアだ。また暴走して死の抱擁を受けるかも知れないので、恐怖が抜けない。そのトロアは、指で三角を作る。

「それってこういう街だろ」

「そうそう、それですよ。ご存じでしたか」

「神子がうじゃうじゃいるところだ」

 聞いてラゼスはげっと身を引いた。

 彼も支配される側なので、苦手意識を持っているらしい。

「大丈夫ですよ。支配するまでには手順があるんです。まず始めに身体の一部を輪になる状態で掴む必要があるんですよ。手で掴むにしてもちゃんと指が引っ付いて、隙間ない輪になっていなきゃいけないんです。その後、相手の力量に応じた時間が必要になります。振り払う間もないほどの実力者となると、本当に数百年に一人クラスらしいので、今は空きがある人がいないそうです。そういう神子よりは竜や悪魔の方が多いですからね」

 つまり実力者はさっさと強い魔物を支配して、別の強力な魔物を支配する容量を残していないということだ。

「強い魔物を支配するためには、何人も強い魔物を持つ神子と協力し、念入りに計画を練ります。動きを止めないといけないですから、町中にいきなり現れた竜を支配しようとするなんて馬鹿なまねはしませんよ」

「そうなのかぁ……」

 ちゃんと考えれば当たり前のことである。

 人間だって熊を動物園の檻に入れているが、山から下りてきた熊を動物園に入れるわけではない。山に返すか処分する。

 この場合、処分なのだろう。

「でも、今の時期だと子供連れて山越えは無理だぞ。セーラなんか凍死するよ。自然は厳しいからね。海を越えるにしても、子供を連れて休める場所がなぁ……」

 考えてみれば当たり前だ。上の方はただでさえ寒いのに、かなりの速度で飛ぶのだ。もっと脂肪をつけないと無理だ。聖良は最近脂肪ではなく筋肉が増えた。舗装のない道は足を鍛えてくれる。

「まあ、空から行ったら危ないでしょうから、私達は船で行こうと思ってるんですよ。この国の魔術師は、他の国に行っても手を出されにくいですから」

「そうなのか?」

「よその人間から見ると、この国は魔界のようだそうです」

「な……なるほど」

「悪名高い王妃の笑顔を見て、手の平を返す方も多いようですが」

「ああ、あの時の。ネルフィとは真逆のタイプの女性なんだろうね」

 乱暴だが腹の中は真っ白なネルフィアと、楚々としているが腹の中は黒い物を抱えているクレア。ネルフィアの方が分かりやすいが、人間としてはクレアの方が付き合いやすいだろう。何事もない日々が続くというのは、人間にとっては意義のあることだ。

 しかし、聖良のような人間にはどちらも変わらない。

「ネルフィには?」

「言いましたよ。ここよりは温かい場所に、社会見学がてら出かけるって」

「お前、ネルフィの扱い上手いなぁ」

「何だかんだと、母性本能が強いですし、女性的なところがありますから。誠意を込めて説明すれば、ちゃんと分かってくれますよ」

 この男は女なんてちょろいとでも思っているに違いない。

「お前、大人になっても女の子を泣かすなよ」

「やだなぁ、泣かしませんよ。ねぇ、セーラ」

 聖良は泣かないが、アディスの知り合いの女性には、泣いている人が多そうだ。

 今は婿に行ってしまったとすら言われているらしいし、こっそり泣いている女性はいるに違いない。元々可能性などなかったのだ。早めに諦められて良かった。

「アディス、この国の船って、船のくせに妙に速いあれだよな?」

 聖良にじりじりと寄ってきていたトロアが、動きを止めて問う。

「たぶんそれです。知り合いに便乗させてもらうつもりですから。数日で出発なんですよ」

「あれ、俺も乗りたい! 」

 トロアの主張にアディスは目を丸くする。

「…………竜なのに、船に乗りたいんですか? さすがに空を飛ぶ方が速いでしょう」

「それはそれ、これはこれ。前に乗りたいなぁって行ったら、ネルフィが強奪しようとするから諦めたけど、正規に乗れるんなら乗りたい!」

 まるで好奇心旺盛な少年のようである。男性にはああいうのが好きな人が多いが、竜の気まで引くのだ。そしてネルフィアは昔からネルフィアだ。

 ラゼスが遠い目をして壁の飾りを見ている。嫌な記憶と共に思い出したのだ。

「でも、ネルフィには言ったんだよね。ついてきたりしないよね?」

「ついてきて欲しくないのかいっ!?」

 ばんっ、とドアが開き、大きな顔が突っ込まれた。彼女はその状態で家には入れるまで小さくなっていく。

 本当にこの生物たちはどんな身体をしているのだろうか。解剖図でもあるのなら、一度見てみたい。

 震えるラゼスを見て、アディスが愛想良く笑ってフォローした。

「お母さんにはきっと小さな船は退屈ですからね。

 人の姿になるのも好きじゃないみたいですし、三日間も知らない誰かと閉じこめられるのもいやでしょう?

 途中で降りられないし、飛んだり出来ないし、元の姿にも戻れませんから。それを心配しているんですよ」

「そうなのかい」

 ネルフィアは機嫌を直して部屋に入ってくる。父は口達者な息子を口を開いて見つめ、ため息をついた。

「でも大丈夫だよ。あたしは好きじゃないだけで、飛べないと苛立つなんて大人気ないことはしないよ」

 ついてくる気のようだ。ラゼスの顔が引きつっている。

「海を休み休み飛んでいこうか?」

「セーラの体力が持ちませんよ」

「そっか。じゃあ、セーラとは別行動っていうのは」

「人間として行くために船に乗るんですよ。密入国じゃ意味がないんです。同行していないとごまかしがつきません」

「お前は賢いよなぁ」

 アーネスとして行くのなら密入国ぐらいしそうだが、今回はアディスなのだ。下手なことをしてもらっては困ると顔に書いてある。

 ラゼスが口にした『賢い』の言葉にネルフィアはますます上機嫌だ。

「あらあら、大変だわ。ネルフィが人間の姿で行くなんて大丈夫かしら。私もついて行ってあげたいけど、人間じゃないからねぇ。お洋服は上にあったわね。虫に食われてないかしら」

 布の一部かと思っていたが、あれはちゃんと着るのだ。ネルフィアの陣地にあるから手を出さなかったが、手を出さなくてよかった。

「……ネルフィ、本当に大人しくしていられる? 前に人間の振りして外に出た時、町中でド派手な喧嘩して、人間じゃあり得ないことしてたような気がするんだけどさぁ」

「それはあんた達がしっかりしてないからだろ!」

「いや、まさかネルフィに言い寄ってくる人間がいるとは思わなかったから」

「失礼だね」

「だって、ネルフィ、女の人にしてはワイルドだから」

 物は言いようだ。

 しかし、そんな話を聞くとますます不安になる。ちらとアディスを見ると、腕を組んで悩んでいる。父はいいのに、まさか母に来るなとは、言えない。

 相手はネルフィアだ。

 何か上手い言い訳でも考えないといけないのだが、何を言っても問題ないとついてきそうだ。そう思っているからこそ、アディスも目を伏せているのだろう。

 しばらくすると目を開き、とびきりの笑顔を浮かべる。

「お父さん、ちゃんと妻は守らないとダメですよ」

「だって、二人勝手にずかずか進んでくんだもん。どっちか一人に注意してると、片方が何かして、僕が二人いたらいいのにって状態だったんだよ」

 子供のような口調で言い、深いため息をつく。

 二人の片割れはトロアなのだろう。そのトロアが問題だ。いつ何をされるかと思うと、胃の調子がおかしくなる。

「あ、そうだ。お母さん、行くなら私と手をつないでいて欲しいです。私よく誘拐されそうになるから、お母さんがいたらとっても安心です」

 ネルフィアだけが、トロアを冷静にさせるだろう。

「セーラは小さいものねぇ。あたしが守ってあげるよ」

 ネルフィアと一緒にいて、ラゼスにトロアを見ていてもらえば安全だ。

「…………セーラ」

 アディスが青ざめた様子で手を伸ばしてくる。

 その視線を受けて、自分の首を絞めている気がしてきた。

「……た…………楽しい、家族旅行になりそうですねぇ」

「そういえば旅行は初めてだねぇ。アディスがこんなに早く大きくなるとは思わなかったからねぇ。お前は竜としても十歳で通じるよ」

「わぁ、セーラと似たようなもんですねぇ」

 呆けたことを言うアディスの足に、いつものように杖を伸ばす。

 この男はいつまで人を見た目十歳児だと言うつもりだろうか。

 


 

 この世界の海を初めて見たが、海外旅行に来たと思えば大して変わらない。

 ただ、船が予想とは大きく違った。

「帆船じゃないんですね……」

 ファンタジーな世界なので、ファンタジーな帆船を思い浮かべていた。それがだ、聖良が知るような船に近いのだ。デザイン的にも、少し珍しいが、あっちの世界で走っていても不思議がられる事はないような物で、ファンタジー世界の船にに、少しときめきを覚えていた聖良は脱力した。

「国の所有で帆船はありませんよ。非効率的ですからね。この国の海には化け物が多いので、普通の船だと沈むんですよ。他の国でも研究が進められているらしいですけど、これやるにはうちの国から輸入しないと材料も手に入らないようなパーツが多くって、儲けてるみたいですよ」

「そういう技術って、盗まれたりしないんですか? 魔術って他の国にも無くは無いんでしょう? 分解して似たようなのを作る人が出てきてもおかしくないような気がします」

「まあ、難しいでしょうが、その時は、そうなるのも仕方がないんじゃないですか? 私には関係ありませんし」

「それもそうですね」

 彼はもう人間ではない。アディスでいられる時間はそう多くない。もって十年。その後はさすがに年を取らないと怪しまれる。

 アーネスならともかく、アディスは短い。だからその時には関係なくなっている。

「アディス」

 呼ばれて振り向くと、知らない男性が二人こちらに向かってくる。歳はよく分からないが、五十台ぐらいに見えた。格好いいおじさんだ。

「クインシー、ヘクセン、久しぶりですね。この度は世話になります」

 アディスの知り合いの魔術師のようだ。聖良はぺこりと頭を下げた。二人は不思議そうに聖良からトロアまで見回し、アディスへと笑いかける。

「なんの団体だ?」

「妻とご家族です」

「妻?」

 と、隣にいる聖良ではなく、離れている人間の姿をしたネルフィアを見た。

 顔立ちだけ見れば美人なのだが、逞しいという印象が強く、アディスのようなたくましさと縁のない男の妻と思うと違和感があるのだろう。

 それから聖良を見る。

「アディス……国外逃亡でもするつもりか? そういうのに手を貸すのは……」

「違いますよ。この子はちゃんと結婚できる年齢ですし、クレアとも面識があります」

 偽装結婚をするという発想は、アディスの中ではかなり本気で進行していたのかもしれない。

「…………本当に年齢詐称じゃないのか?」

「殿下よりも年上ですよ」

「…………本当に?」

「嘘をついてどうするんですか。人の幸せに水を差さないでください。幸せの絶頂なんです」

 と言いつつ人の頭を撫でていては説得力がない。

 何度もやめてくれと言っているのだが、この男の身長ではここが一番触れやすいらしくすぐに忘れる。

「だから、その頭撫でるのはやめてくださいって」

「っ!?」

 今まで顔をしかめていた二人の目が見開かれる。

 しゃべったからだろう。しゃべらない方がいいのだろうが、無言を通すのは不自然である。そのうち分かっていた事だ。

「魔女か?」

「違いますよ。外国の方でこんなような発音の地域に生まれたそうです」

「聞いたことがないぞ」

 当たり前だ。異世界の話なのだから。

「色々な言語が混じってこうなったっぽいですよ。だいたい魔女だからって、こんな独特の発音で話すはずがないでしょう」

 最近はこちらの言葉と日本語が入り交じった奇妙な話し方をしている。日本語では正確に伝わらない単語もあるし、アディス達相手に練習していた。

「…………」

「童顔で小柄な子ですけど、ちゃんと体つきは大人の女性ですよ?」

「…………まあ、なぁ」

 そういう言葉を発するときは、だいたい胸の辺りを見られている。嫌でたまらない。

「さあ、そろそろ船に乗りましょう。皆、楽しみにしているそうですから」

 一番うきうきしているのはトロアだ。アディスの催促を聞いてこくこくと頷いている。

「……家族旅行に利用してないか?」

「まさか。この前出会った神子の方に招かれているんですよ」

「それは聞いたが……」

 クインシーはため息をつく。心配されているのだろう。

 駆け落ちめいたことを口にしたから、アディスの趣味も知っている可能性は高い。

「……お世話になります」

 無駄に気苦労していそうな男にぺこりと頭を下げた。






 船室に入ると荷物を降ろす。

 聖良と同室はアディスとトロア。

 ネルフィアとラゼスは別の部屋。

 この部屋割りはトロアが提案し、アディスが承諾した。

 いい機会だからゆっくり話し合わせてやろうと言うことだ。友人から見ても二人はほっとけないらしい。二人の関係は、竜の中でも特殊なのだ。

 トロアはここにつるんでいる友人がいないせいか、彼の注意はセーラに向けられた。聖良が緊張で汗を掻いてきた頃、トロアは言った。

「セーラ、外を見に行こう」

 拳を作り、音が立つほど力強く足を踏み出す。その迫力に聖良の顔が引きつった。

「は……はぁ」

「じゃあ行こう」

「ちょっ」

 有無を言わさず手を引かれ、アディスがその後をゆっくりついてくる。

 不安はあるが、手を握る力は普通だ。痛くはない。変に刺激しなければ、拳が潰されることもないだろう。逆を言えば、下手に刺激したら潰される。

 情緒不安定なこの男相手では不安だが、ようは彼を不安にさせたりしなければよいのだ。

「トロアさん、セーラが怯えているからもう少し紳士的にエスコートしてあげて下さい」

 アディスが見かねて後ろから声をかけると、トロアは足を止めて聖良を見る。笑ってみるが、顔が引きつる。

 トロアはしゅんとして聖良の前に膝をつき、顔をのぞき込んでくる。

「あの時は本当にごめんな。もうしないから、怯えないでくれ」

「は……はあ」

 故意に身体を潰してくるような事はしないだろう。それは疑っていない。他人を傷つけて喜ぶ竜でないのだけは分かっている。聖良に嫌われたくないというのも本心だと分かる。

 暴走しやすい性格の問題だ。

「セーラは最近痛い目にばかりあっていますからね。少しずつ慣れるようにしましょう」

「そ、そうだな。少しずつ」

 そうしてもらえれば、聖良も助かる。そうすれば、いつかは妹では無いと気付いてくれるだろう。

「客船ではないから遊技場はないけれど、身内ばかりだからどこにでも案内しますよ。トロアさん、セーラは私の妻ということになっているので、返していただけますか?」

「あ、ああ」

 トロアは名残惜しそうに手を離した。

 聖良はほっとしてアディスの手を掴んだ。トロアには可哀相だが、彼の側にいるとろくな目に合わない。

 アディスに手を引かれて甲板に出ると、既視感を覚える光景にため息をついた。やはり帆は、欲しかった。

 ただ、聖良の知る船と違い静かだ。魔力で動いているので、とてつもないエコシップである。揺れも少ないのに修学旅行の時に乗った船よりもずっと速い気がする。これだけ速いのに揺れないのだ。トロアが乗りたがった理由も分かる。

「乗ってると迫力が違うなぁ。水があるのにこんなに速く走るなんて、すごい船だ」

 彼は素直な男性だ。子供っぽさが抜けておらず、あんな事がなければ、ただ可愛い男性だと思っていただろう。

 聖良はアディスに手を引かれ、船首へと向かう。

 船酔いしたらどうしようかと悩んでいたのが、これだけ揺れないと大丈夫そうだ。

 これで明後日の午後には到着するらしい。アディスが知っているよりも速くなっているとの事だ。

「アディス、あれ何ですか?」

 前方で跳ねる魚がいた。イルカのようであるが、何かが違う気がする。

「ただのトビウオですよ」

「…………大きいトビウオですね」

 確かにそれ系のキラキラが見えるのだが、見えるのはイルカとまではいかなくとも、小さなマグロサイズはあるように思える。

「あれ、美味いのか?」

「あまり美味しくはないかと」

「そか」

 トロアが残念そうに肩を落とした。

 淡泊で大味そうだ。調理法によっては美味しいのだろうが、本物を食べてみない事には調理法は思いつかない。

 現状ではどうでもいい事だ。

「でも、今夜は美味しい海の幸ですよ。乗っているのはそこそこ身分の高い連中ですから、食事はしっかりしています」

「楽しみです」

 外は気持ちいいし海は綺麗だが、それだけだ。三十分もここにいれば、浮かれていたトロアも飽きてしまうだろう。景色とは一瞬心を動かすが、見慣れるとただそれだけだ。

「セーラ」

 アディスが名を呼びながら肩を抱いてくる。人形扱いでない分マシか。

「せっかく聖都に行くんですから、腕輪作りましょうか。取り外しできるタイプの」

 アディスが前に話していた、偽装結婚のための腕輪の事だ。

 そうでないと困るのはアディスだ。結婚の言い訳と、竜になった時壊れるから、そういった外せる物でないと使い捨てになってしまう。

「今はいろんなのがあるみたいですよ。デザインも昔ながらのシンプルな物だけでなく、彫りが入ってたりするんです」

 アディスは楽しそうだ。彼はおそろいのような物が、すごく好きそうだ。

「そんなに結婚したってアピールしたいんですか?」

「セーラは嫌なんですか? ああ、結婚式をしたいんですね。女の子はそういうのに憧れるものですから。せっかく聖都に行くんですから結婚式しましょうか。セーラの花嫁姿は…………あ、レンタルにサイズが無いですね。ドレスが完成するまで待ってくれますか?」

「いやいやいや、そうじゃなくて」

 勝手に夢膨らませるアディスに、呆れ半分手を振った。

 恋愛結婚の末とかならまだしも、彼は異世界に来て不死身にされて一緒に暮らし始めただけの男だ。むしろ一番の加害者だ。結婚式などされても困る。

「セーラは私の事、好きじゃないんですか? 私はセーラの花嫁姿が見たいです」

「好き嫌いの問題じゃないでしょう」

「私はセーラの事をこんなに思っているのに」

 エセ幼女とか言ったくせによく言う。あれさえなければ、聖良も少しはこの顔に騙されていただろうが、信頼とは崩す事だけは簡単なのだ。

「アディスはほんとにセーラ一筋だな。刷り込みってやつか?」

「いや、先にお母さんいたから刷り込みって言いませんよ。普通に可愛く思ってるんですよ」

「ほら、ネルフィアはあんまりだから」

「確かにお母さんは可愛いって感じじゃないですが」

 段段と手が頭に移動していくのはなぜだろう。

「エルフとなら俺も知ってるから、血を分けた相手ならそれほど問題ないけどな、やっぱベタベタしてると嫌味な事言う奴もいるんだぞ」

「セーラを苛める方はぶっ飛ばしますよ」

「その意気なら大丈夫だな」

 ひょっとして、二人の交際を認める兄の気分になっているのだろうか。

 てっきり反対されるのだと思っていたのだが、竜も意外と寛容らしい。

 大きな勘違いなのだが。

「よかったですねぇ、セーラ」

「……害はないからいいですけど」

 せいぜい抱きつかれて擦り寄られて頬やら額やらにキスされるだけ。聖良はもう慣れてきていた。

 それ以上はされないのだから、アディスがどう考えているかもよく分からない。妹に対する扱いというのとも違うような気はするし、完全な子供扱いでもないし、彼の言う好きが何なのか、想像もつかない。

 友情とか、そういうものだろうか。

 しかしアディス相手にそれもなんだかおかしな感じだと、振り出しに戻る。

「セーラ、聖都に行ったら他に何を買いましょうか。うちの国は他国の物があまり入ってきませんけど、聖都は色んな物が入ってくるそうですよ。楽しみですね」

 アディスも行った事がない場所というのは、少し緊張する。言葉が通じなければ、押し黙ってアディスの背に隠れていただけだろう。

「ああ、スリとか、通り魔とか、人さらいには気をつけましょうね」

「聖都なのに、そんなのが出るんですか!?」

「なにぶん観光地ですから」

 と、結局撫でられる。

 ぷくぅとふくれると、何を思ったのか頬をつついて頬ずりしてくる。

 ひょっとして、怒らせて遊んでいるのだろうか。この男の事だから拗ねた顔が可愛いとかいう理由で嫌がらせしそうだ。ではもう無表情を貫くか。

「俺にも、俺にも」

 順番待ちを始めるトロアを睨み上げ、一人で拗ねて船尾へと向かった。

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