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5話 あべこべのヒロイン気分 1



 空をゆったりと泳ぐように飛ぶアディスの背にしがみつき、頬を撫でる小気味よい風を感じる。

 いつもと違いこうしてしがみついているのが楽だ。握力の違いを感じた。

「セーラ、下に降りたら返してくださいよ」

「分かってますよぉ」

 聖良はアーネスの白い手を見て、にやにやと笑う。

 現在彼女はアーネスの姿をしている。ふと男の方が力が強くてしがみつきやすいのではないかと思いつき、アーネスの姿を借りたのだ。アディスよりもアーネスの方が身長が高いので、こちらにした。

 視界がうんと高くて慣れるまでは少し恐かったが、少しどころかかなり嬉しかった。竜の時も高かったが、人の姿で高いと感動が違う。背が高いとずっとこの視線なんだと思うと、すこし妬ましかった。

 現在、二人で人里に向かっているところだ。これでもう三度目になる、アディスの定期的な顔出しだ。

 アディスは街のそばにある林の中の、少し開けた場所に降り立つ。

「あーあ、もう終わりですか。着替えてきますね」

 もう少し堪能したいが、いつでもできる事なので、聖良は元に戻る事にした。

 アディスの背から降りると、着替えのために木の影へと向い、途中で足を止めて振り返る。

「あ、そうだ。覗かないで……アディス?」

 聖良は我が目を疑い、目をこすった。

「どうしました?」

「えっと、なんか、周りが光ってますよ」

 その向こうでも似たような光があった。

 地面が光っている。

「え……げ、召喚じっ」

 アディスがうつむいた瞬間顔色を変えて翼を動かし、聖良の目の前で彼の姿が消えた。

 聖良は考える。

 召喚と言っていた。

 聖良はそっと地面を覗き込む。地面には先ほど光っていた場所が焼けこげていた。

「召喚された?」

 どこに?

 こんな所で一人で考えても、答えが出るはずがない。

 ではなぜ召喚されたのか。

 聖良は荷物を抱え直して、周囲を見回す。

 先ほど光っていた別の場所へ走ると、これまた木々の間だが離れていて着地しやすそうな場所に、先ほどと同じような魔法陣の焦げた痕があった。

「…………着地しそうな場所に、無差別?」

 他にも探すといくつも見つけた。

 この周辺に着地したら、通りそうな場所には手当たり次第だ。

「なんでこんな地道なこと……」

 もちろんアディスが竜だからだ。考えられる可能性はそれしかない。

 聖良の頭は真っ白になる。

「………………うあ……ど、どうしよう」

 さすがに、混乱して泣きそうになった。

 この世界の警察もよく知らないし、何よりもアディスは竜で、大っぴらには出来ない。

「……って、私アーネスのまま」

 慌てて呪文を唱えるが、いつも感じる力は何も感じない。距離が遠すぎる。

「ちょ、元に戻れないしっ」

 聖良は混乱して頭を抱えた。

 魔力が無くても元に戻らない。

 この魔術はある意味の呪いなのだ。

「あううううう……落ち着け、落ち着け自分っ」

 混乱している暇はない。

 もしもアディスに何かあったら、聖良自身にも害が及ぶ。本当に戻れなかったらと思うとぞっとした。

 とりあえず、街に行って何とかしてアディスの部下二人に接触することが先決だ。頼る相手がいると分かっているだけついている。

 大丈夫だ。

「頑張れ私っ」

 荷物を持ち、とにかく走る。幸い、聖良のときよりも体力やら筋力がある。体格差というものでどれだけ損をしていたのか思い知りながら、とにかく走った。






 綺麗なお花を腕一杯に抱えて、彼女は街角に立つ。

 男達の値踏みするような視線をかわし、綺麗な花を笑顔で売る。

 売り上げは問題ではない。

 聞こえてくる話こそ重要だ。情報収集を怠るまっとうでない組織は長くもたない。

「さっきの人格好良かったけど変だったねぇ」

 格好良いという言葉に彼女は少し反応した。

 彼女の主は最高に素敵なハンサムだが、他の素敵なハンサムを否定するということはない。彼には恩を感じているし、それ以上に愛しているが、なにせひどく特殊な趣味の方だ。

 長く安定を維持するには、割り切りの良さも必要である。

 女など、どんな男を選んでも、どうせいつかは若い女に取られてしまう。それを今から自覚して、先を見越すことも生きるには必要。有能であると認められていれば捨てられる事はないので、情報収集スキルが上がるに越したことはない。

「話し方がすごかったねぇ。呪われそうな」

 どこかで聞いたことがあるような表現。

「うんうん。しかも、私を知っているんですか、だってさぁ。記憶喪失かよって」

「ああ、お持ち帰りしたかったなぁ」

「仕方ないよ。記憶が無いからって持ち帰れるような雰囲気じゃなかったしさぁ」

 彼女は考える。

 呪われそうな話し方。そんな話し方をする少女を知っていた。どんな姿でも、と言っていた。

 半信半疑で彼女はその場を離れ、彼女たちがやって来た方へと歩く。

「…………まさかね」

 だが、あの顔の少女が男になって、大人になったらハンサムだろう。お持ち帰りしたいぐらいハンサムだろう。

 不安だった。

 主の知り合いだからこそ何でもありな気がするのだ。

「自分を知ってるかだとぉ? 何なんだてめぇは」

「知らないんならいいです」

 知っている声が耳に飛び込んできた。

 とてもよく知っている声だ。

 いつも耳元で甘く囁かれる、痺れそうなほど色気のある低い声。それがなぜか、呪文を唱える調子で話している。

「人にぶつかっといて、侘びも無っ」

 シファはしばし悩み、とりあえず、その無礼者を背後から手近にあった角材で殴り倒した。

「昼真っから当たり屋なんて、治安が悪くなったのかしら。

 さ、お兄さんこっち」

 かなり無理のある言葉だが、とりあえずこの場を離れないと焦っていた。無理矢理手を引き、少し離れた裏路地に連れ込む。

 彼女は記憶喪失のような事になっている主を見上げた。

「アーネス様、昼間から何をなさってるんで……って、な、なぜ泣いて!?」

 自分は何かしたのだろうかと、戸惑った。

 短くはない付き合いだが、今まで彼の涙など見たことが無かった。なのに彼は大粒の涙をぼろぼろとこぼしている。

 そんな弱々しいアーネスも素敵だった。しかも少し可愛いと思ってしまった。アーネスに母性本能をくすぐられるなど、新境地だ。

「あ、アーネスの愛人さんの……シファさんですよね?」

 アーネスは彼女の肩に手を置いて、泣きながら言った。

「え……アーネス様何を言って?」

「せ……モリィです」

 彼は鼻をすすりながら名乗った。

 モリィは金髪の美少女のはずだ。少なくとも、アーネスと双子のように似ているなどということはなかった。

「何を言って……」

 確かに話し方はモリィそのものだが、顔も手も、間違いなくアーネスだった。

「色々と事情があるんです。ディさんかジェイさんは?」

「二人は、アーネス様含めて夜にしか姿を見せないじゃ……」

 彼は泣きながらため息をついた。

 余裕綽々と生きているアーネスでは、絶対にしない余裕の無い表情だ。

 演技ではなく、本当にアーネスではない。

 アーネスには聞いていたが、とても信じられる事では無かった。

「…………何がどうなっているの?」

「ええと……入れ替わったんです」

 入り替わる。身体をということだろう。

 アーネスは恐ろしい魔術を使ったものである。深く考えると、それはかのハーネスが行っていた魔術並にすごいのではないものだ。あれは乗っ取りだった分、危険が高かった。しかしこれなら失敗しても危険はほとんどない。

 つまり、ハーネスの術を越えている。

「入れ替わったって……本当に?」

「本当です。信じてください」

「……信じますけど、アーネス様は今モリィの身体で?」

「はい」

「どちらに?」

「たぶん罠に掛かって召喚されました」

「なんで」

 理解不能だ。召喚とは何だろう。召喚とは。

「変な魔法陣があって、消える直前アーネスが召喚って言っていたんです」

「モリィの代わりに?」

「はい。彼もたいがい不幸体質ですから」

 そう言われると、数々の奇跡と不運を見てきた彼女は否定できなかった。

 なぜかモリィと入れ替わり、モリィの代わりに誘拐された。

「となると相手は魔術師。それだけのことが出来る魔術師なんて限られるわね。だったら調べようがあるわね。女の子を召喚したい魔術師なんて、そういないもの」

「いや……あの」

 アーネスの姿をしたモリィは、気まずげに視線をそらす。

「ジェイさんとは連絡取れますか。ものすごく急いでるんですけど」

「無理よ。夜しか来ないもの」

「組織の幹部と夜しか会わず連絡も取れないって問題ないですか?」

「今初めて問題が生まれたわ。まあ、あの二人がいなくても何とかなるでしょう」

「………………二人は理解してくれると思うけど……」

「何を?」

 彼女は先ほどから端切れ悪い。アーネスはこのような態度は取らない。

「あう……」

「だから何が?」

 彼女は頭をかきむしる。何か言いにくい事があるのだろう。

「アーネス様の身が危険なのでしょう。あなたの身体にいるなら、なおさら不安だわ。自分の身体が心配でないの?」

 彼女は遠い目をして並び立つアパートの隙間から見える晴れた空を見上げる。

「…………ちょっと、前の時の姿と違うんです」

「違う?」

「…………竜の格好しています」

 シファは我が耳を疑った。

「は?」

「竜なんです」

 泣きながら訴える彼女は、アーネスだから少し不気味だ。いつも無意味に邪悪で影のある爽やかさを身に纏う彼が、弱々しく泣いているのは不気味だった。

 しかし弱々しいのもハンサムだからこそ許せてしまう。顔が良いというのは、こういうところでも得をするらしい。

 現実から目をそらしかけ、シファははっと我に返る。

「モリィ、あなた竜なの?」

「…………」

 彼女はついと視線をそらす。

 確かにアーネスは竜を捕獲すると意気込んでいた。しかしその前に行方不明になり、ジェイ達は捕獲に失敗したと言っていた。輸送部隊にいた知り合いが、親が帰ってきたのに偵察に行っていた二人はずいぶんとあっさり無傷で帰ってきて驚いていたのだが、こういう理由があったのだ。

 他の誰でも無い、アーネスだからこそ、あっさりと受け入れる事が出来た。

「どうしてアーネス様があなたの所に?」

「お母さん、恐いんです。赤の魔王とか呼ばれてて、この前は殲滅の悪魔さんと喧嘩していました」

 背中に冷たい汗をかいた。

 さすがにそれには、アーネスも逆らえないだろう。人間が手を出せる領域ではない。

「で、お母さんに食べられないように、どういう流れだったかでペットって事になって、ペットは家族だから、彼は私の弟だって。下手に逃げたらまた人間が誘拐に来たって勘違いして、人里の一つや二つは壊滅すると思うんです」

 それで逃げられないのだ。

「…………他の誰かなら笑い飛ばすけど、長だから有り得るし」

「長く隠しておける事じゃないと思うので言いますけど、あまり口外しないでくださいね。体面もありますし」

「できないわよ、そんなこと」

「お願いします。アーネスが信頼している感じだったから話すんですよ。血はもう分けているから問題ないんですけど、どうなるかと思うと恐くって。あの人も大概不運な人だから」

「…………死んじゃったら戻れるの?」

「戻れるわけないじゃないですか。私の代わりに死にますよ。

 胴体切断されかけてもなんとか生きてましたけど、切断されたらたぶんさすがに死にますし、剥製にされても死にますよ」

「探さないとっ!」

 シファはその危険をようやく理解できた。

 血を分けてしまった竜など、実験用にひどいことをされるか、剥製にされるか、薬としてパーツをばら売りにされるかのどれかだと聞いた。

 そうなったら、シファの明日の生活も危うい。

 自分の幸せは自分で築かなければならない。そのためにはアーネスが必要不可欠だ。

 もちろんアーネスのことは慕っているが、地位の安定と愛情はまた別の話。

 そう教えてくれたのもアーネスだ。

「もしもアーネスと身体に何かあったら、お母さんが怒り狂ってこの街を壊滅させると思うんです」

「ひぃ……」

 アーネスとモリィだけではなく、自分の身にも降りかかる不幸となれば、一刻の猶予もない。赤の魔王が攻めてくるなど、冗談ではない。

「い、行くわよ」

「は、はい」

 モリィは涙を拭い、背筋を伸ばしてついてくる。そうしていると、凛々しい雰囲気が出て胸が高鳴る。普段のアーネスはあまり真剣な表情を浮かべない。だからそんな決死の表情は新鮮で、やはり格好いい。

 やはりこの人に拾われて良かったと思うのだ。

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