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3話 異世界の醍醐味 6

 アディスの部屋は元々要人が使用していた場所らしく、脱出用の隠し通路があった。

「おおおおっ、すごいっ!」

 聖良は興奮して手を叩いた。

「気に入りましたか」

「こういうの、一回見てみたかったんです! すごい! どこに繋がってるんですか?」

 聖良はぼっかり口を開けた暗い隠し通路に首を突っ込んだ。

「色々な場所に出られますよ。最終的には下水道に繋がっていますから」

「下水道なんてあるんですか?」

「はい。今夜はとりあえず、一番無難な道を通ります」

 アディスが手を差し出した。

「危ないので、手をつないでいましょう。セーラはうっかり階段から転げ落ちてしまうかもしれません」

 否定出来ずに、聖良はアディスの手を握った。

 一瞬、へらりと笑い、呆れ半分見上げていると、真顔になる。そうしているといかにも悪の組織のボスといった雰囲気だ。

 聖良は冒険をしているようで少しウキウキしながら、アディスと手をつないで暗い地下通路への階段を下りた。

 一人なら楽しむどころでは無かったはずだが、慣れている様子のアディスと手をつないでいると、安心して今を楽しむ事が出来た。

 テレビでしか見たことのないような石造りの地下通路だ。

 こういう所をこのように歩くなど信じられない。一生見ることもないと思っていた光景を、見るだけでは無く実際に触れているのだから。

 暗所、閉所恐怖症の人だったら半狂乱になりそうだが、聖良はまっ暗が好きでないだけで閉所はむしろ好きだ。夢見心地で狭い地下通路を歩いていると、アディスが足を止め上方を指さした。

 はしごが上へと伸びており、ディアスが先に登って行く。あっという間に姿が見えなくなった。天井は出口も何も無い。次にアディスが登り、天井をすり抜けてどこかに消えた。

「えっと……」

「ほら、心配しなくていいから。落ちても下で受け止めて上げるよ」

「は、はい」

 ジェロンに促され、聖良はゆっくりとはしごを登り天井に突き当たる。天井には、うっすらと奇妙な模様の描かれていた。恐いが恐る恐る手を伸ばし、天井に手をつこうとした瞬間、天井から腕が生えてきて聖良の手首を身体を掴んで引き上げる。

 天井を、すり抜けた。

 心臓が口から飛び出そうな程驚いたが、手の主がアディスだと分かると深呼吸して自分を落ち着かせた。その間にジェロンも外に出てくる。

 誰も明かりを持っていないので暗くてよく見えないが、目が慣れてくると月明かりに照られて石が並んでいるのが分かった。

「…………墓場……ですか?」

 石が並ぶ場合、文化が違ってもそれが墓場である場合が多い。

「ええ。ある意味最も安全な出入り口です」

 公園などにあるようなモニュメントによく似た形の墓石を指さす。

「この石は呪文に反応してすり抜けられるようになるんですよ」

 アディスは墓石を叩いてもう入り口が閉じたことを示した。

 隣の墓には、本当に人が入っているのだろう。一つだけが秘密の出入り口。ゲームではよくあるが、現実に目の前にするととにかく不気味だった。

「…………罰当たりですね」

「だからこそいいんですよ」

 アディスは聖良の前に跪き、服の裾についた土を払うと、立ち上がり手を差し出した。さすがに墓場は恐いので、再び素直にその手を取って身を寄せる。

「女性をお連れする場所ではありませんでしたね。

 ああ、そうだ。その前に一つだけ。私のことはご主人様もしくはアーネスと呼んでください。ああ、お兄ちゃんでも可です」

 馬鹿らしいと思ったが、ご主人様というのもあながち冗談ではないのかも知れない。彼は長なのだから、そう呼ばれていても普通なのだろう。

「アーネスっていう偽名を使っているんですか?」

「ええ。組織の中でお互いを知っているのは私達だけですから。ディアスは『ディ』とジェロンは『ジェイ』と呼んでください」

 下手に凝った名前よりも元々の音に近いため分かりやすい。気安く呼んだ感じにすればいいのだ。

「セーラはどうしましょうねぇ。言葉遣いが目立つのに、本名で呼んでいたら意味がないですよね」

「森って呼んでればいいんじゃないですか。私の名字ですけど、どうせ国が違うから名前も名字も区別つかないでしょう」

「モリィ? それも可愛いですね」

 平凡な名字がずいぶんとハイカラになってしまった。しかし今、聖良はハイカラな名前が似合う超美少女なのだと思い出して笑った。

 金髪美少女に森はないだろうから、これでいいのだが、複雑な気持ちになった。

「絶対に本名は呼ぶなよ。とくに長の本名。名前が咄嗟に出てこないんだったら、ご主人様とか長とか、お兄ちゃんにしておけ」

 ディアスに釘を刺され、聖良は首をかしげる。

「……間違えそうになるから長なんですか?」

「俺はそう。元の姿の時に間違えて長って呼ぶのは誤魔化せるからな」

 ディアスは。周囲を警戒しながら言う。

「アーネスですね。分かりました」

 ご主人様と呼ぶよりはいいだろう。出てこなかったらお兄ちゃんを採用する事にした。

 アディスに手を引かれ暗い墓場から出て、暗い道を行く。

 墓場から出てもまた暗く、他人を値踏みするような浮浪者がいる分、ここの方が墓よりも恐いと思った。幽霊よりも人間の方が恐い。

「モリィ、大丈夫ですよ」

 脅えているのが伝わるのかアディスが声をかけてくる。聖良はいつもより背が低く、アディスはいつもより背が高いので、身長差がさらに広がっている。彼を見上げ続けると首が痛くなりそうだ。

 顔を見るのは諦めてアディスにひっついて、うつむいて歩いた。アディスはちらりと聖良を見て、マントでくるんでくれる。彼の身体が竜の時よりも温かく、落ち着いた。

 落ち着くと少し眠くなり、歩きながらまぶたが自然と重くなる。うつらうつらとし始めると、ふいにふいにアディスが足を止めて、聖良は転びそうになった。

 顔を上げると、酒場らしきガラの悪そうな場所の前に立っていた。アディスが入るのでついて行くが、こんな場所は元の世界でも経験が無く、動きがぎこちなくなる。

 中に入ると飲んでいた者達の半数に緊張が走る。従業員含めて十五人ぐらいだが、その半数はアディスを見て何らかの反応を示した。半数はちらと見ただけで特に驚いた様子もない。

「奥を借りますよ」

 アディスはバーテンらしき男性に声をかけた。

「どうぞ。何をお持ちいたしましょう」

「適当に」

「かしこまりました」

 聖良はアディスの手を両手で握り、恐る恐る奥へと向かう。

 客層が悪いので恐かった。クラブにも居酒屋にも行った事がない聖良にとって、ここはとても場違いであった。

「脅えなくても大丈夫ですよ」

 アディスは奥の部屋ではなく、廊下をさらにまっすぐ行き、突き当たりの壁の前に立ち壁に手を当てた。

「開け」

 置かれていた手は壁へと埋もれていく。

 先ほどと同じ原理の入り口だと分かっていても、壁に突っ込むのは勇気がいる。

 手を引かれるがまま、恐る恐る一歩前に出る。アディスとつないだ手が、豆腐にでも腕を突っ込んだような感覚で進んでいく。

 感触はあるのだと驚きながら、目をつぶって歩いた。顔に触れたとき恐くなり、目をつぶり、思い切って前へと飛んだ。

 目を開き、頭や顔に触れるが何もついていない。アディスを見上げても、見慣れぬ美男子の顔で微笑むだけで、何か変な物が絡みついてはいない。

「ようこそ、モリィ。『青の箱庭』へ」

 アディスが振り返り、手の甲にキスをしてきた。

「青? 黒じゃなくて?」

「黒は黒魔道士──つまりの悪魔と契約した魔道士や魔女の色です。青は私達のような己の魔力と技術を研究する魔術師──神も悪魔もなく、己の知と魔力を磨く者の色です。ここは私達のささやかな研究施設。だから青の箱庭」

「物は言いようですね」

 今までの道筋から考えて、悪の秘密結社以外の何物でもないと、聖良は確信している。

「はなから信じていないんですか」

「だって、アディスがただの研究施設を作るとは思えませんもん」

「アーネスです」

「そうでした」

 聖良は自分の口を押さえる。名を呼んではいけない。名を呼ぶぐらいなら、あんたやお前の方がいい。

「ここからは絶対ですよ」

「分かりました、アーネス」

 聖良が頷くと彼は地下へと続く階段を下りた。城にあった秘密の通路も地下を通って墓地に出た。地下が多い国なのか、アディスが地下を好きなのか。

 ゆっくりゆっくり階段を下りて、下にたどり着くとスーツを着た男性が待ち構えていた。

「お帰りなさいませ、アーネス様」

「久しいな。変わりはないか」

「もちろんでございます」

 扉が開かれ奥へ行くと、ちょっとしたホールに出た。知人を呼んでホームパーティが開けそうな広さだが、雰囲気は怪しく卑猥な儀式がされていてもおかしくない。聖良は思わずアディスを睨み上げる。

 信じられる要素など、端からほとんどなかったが、これで残りわずかながらにもあったそれは打ち砕かれた。

「何するんですか、ここは」

「集会ですよ。研究の成果発表やら色々と」

「変なことはしていないんですか?」

「何を想像しているんですか? モリィは可愛いですね」

 想像しているのはとても可愛いとは言えない内容だと分かっていながら彼は言う。

 言葉遣いは若干差があるが、いつもと大差ない態度だ。顔を変えれば中身が多少似ていても、誰も同一人物だとは思わない。彼が内緒で作った魔法だというならなおさらだ。アーネスとアディスは、変装でどうにかなるレベルでないほど、顔と体格が違うのだ。

「モリィ、こちらです。いらっしゃい」

 聖良はさらに奥へ奥へと向かい、豪華なリビングのような部屋に案内された。宮殿の客室よりもこちらの部屋の方が派手だった。

 中には十代前半の女の子が二人待機しており、アディスが姿を見せるやいなや顔を輝かせて跳び上がった。

「長っ」

「おかえりなさいっ」

 少女達はアディスに抱きつき、アディスは二人の頬にキスをした。それはもう可愛らしくて、女の聖良もぽっぺたにキスをしたくなりそうな美少女達だった。

 ずいぶんと可愛らしい恋人達のお出ましである。

「変わりありませんか」

「はい。長が行方不明になったぐらいです」

「急に消息不明になったって聞いて、すごく心配しました」

 二人はアディスに甘えに甘え、ぎゅうっと抱きついた。そして身をかがめて抱擁を受けるアディスの肩越しに、二人は聖良を睨み付けてきた。暗く鋭い女の目をしていた。

 聖良は迫力に負けて近くにいたディアスの背に隠れた。あんな子供でも、彼女たちは立派に女だった。

「長が来たって聞いて飛び起きてきたんですよ」

「心配をかけました」

 三人はソファに腰掛け、少女の一人がキセルを用意して差し出す。アディスはそれを受け取り、一口すって顔を顰めた。

「やはりいい」

「どうされたんですか?」

「しばらく健康的な生活をしていたので、久々に吸うとそれほど美味く感じなくなりました」

 味覚が子供に戻ったからだと聖良は思った。

 食事の時も大人が好みそうな苦みのある物を食べては顔を顰めて、子供が好きそうな物を食べては美味しいと喜んでいる。つまり今の彼は根っから子供なのだ。たばこなど吸ってもむせるだけである。

「長、今夜は泊まってくださいね。長が心配で、ずっと寝不足だったんですよ」

「私も長が生きていると聞くまでは、夜も眠れなくて、食事も喉を通らなかったんです」

 少女二人は可愛らしく甘えながら、争い合っている。

 アーネスはあれだけハンサムな容姿で、組織の長だ。彼女たちが寵愛を乞うのは当然だと、聖良は自分に言い聞かせる。

 あれはあの少女達の意志である。無理強いしているので無ければいいのだ。

 しかし、と聖良はあらためて思う。

「……非常識ですよね」

「今更何を……。

 長に常識を求めても無駄だって」

 ディアスがしゃがみ込んで耳元で囁く。部下に常識が通じないと思われているほど、普段からアディスらしい言動をしているのだ。

 聖良が異世界の人間だからではなく、一般的に彼の思考は少し特殊であると再認識した。ロリコンである事以前に、素人に意味の分からない魔法の話をしたり、知らない人の名前を出されたりと、かなり自己中心的な話し方をするから、分かっていた。

「モリィ、何を突っ立っているんですか。座りなさい」

 アディスに呼ばれ、聖良は硬直する。

 少女達は恐いが、立っているのは間抜けだ。聖良はどうしたものかと迷ったが、考えても仕方が無いと諦め、アディスの向かい側にあるソファに腰掛けた。

 何かの革で出来ている高そうなソファだ。

 テーブルには、大きなガラスの器に、果物が盛られている。森の中でも見た果実もある。壁には魔術的な絵が飾られ、棚には芸術的な用途不明の何かが飾られている。

「長、酒いるか?」

「ええ。モリィはどうしますか?」

「ジュースで」

 酒は飲んだことがない。贅沢だし、未成年だ。成長のためにも、酒たばこ類は絶対によくない。

 一ミリでもいいから伸びて欲しいと、心の底から願っている聖良は、それに矛盾する行為をする気はなかった。

「アーネスもお酒はやめておいた方がいいと思います。味覚が変わっているはずです。

 身体にどんな作用があるか分かりませんし」

 彼は出された酒をじっと見つめた。手に取り一口だけ舐めると、それをテーブルに戻す。

「それもそうですね」

 毒になるとも思えないが、竜が酒に弱いかどうかは、彼自身でも分からない。しかし置いたのは美味しくないと感じたからだろう。

「長、この子は……」

 少女の一人がアディスに尋ねた。

「モリィです。なんというか……そうですねぇ。恩人というのが近いですね」

 聖良が来なければ、彼は言葉が伝えられずにジェロンとディアスに捕らえられていた可能性がある。聖良が竜を捕らえるなら、間違いなく手足と口を拘束するからだ。

 だから恩人というのも間違いではない。

 少女二人に疑わしげな目を向けられ、聖良は出されたジュースを飲んだ。彼女たちも必死なのだ。アディスは彼女たちのご主人様である。


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