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3話 異世界の醍醐味 4

 仕立屋というから、お針子がいて忙しく仕事をしているのだと聖良は思っていた。それが大通りにあるブティックに連れられ、大人びた雰囲気の店内に戸惑いを覚えた。

 並べられた服と雰囲気、そして立地からして高級店である事は、この世界の金銭感覚が分からない聖良にですら理解できた。

 背中を汗が伝う。

 あまりにも場違いだった。

「こ、ここで買うんですか? この世界の普通の服、大きいと思うんですけど」

 背も低いから、肉がついていると言っても肩幅も狭いし、手足も短い。なまじ身体は大人の女として出来上がっているから、子供服は体格に合わない。

「作るんですよ」

「とても……高そうなお店なんですけど」

「セーラはそんな事を気にしなくていいですよ。ジェロン達に押しつけた荷物、中に貴重な薬草が入ってます。売ればおつりがきますよ」

「二人で集めたアレ、そんなに高いんですか?」

「ええ」

 それなら気兼ねすることはないと、騒ぐ胸を押さえた。持ちつ持たれつというやつだ。聖良はアディスに人の身体を、アディスは聖良に人間らしい生活を、互いに差し出しあって生きている。

「アディス様、本日はこちらのお嬢様のお仕立てでございますか」

 見たことのないタイプのスーツに身を包む中年男性が、恭しく礼をした。聖良の感覚では若い人が着そうな紺色のスーツで、落ち着いたその人が着ているのが少し意外だ。

「アディス、そんなに仕立てをお願いしているんですか?」

「クレアとエイダの荷物持ちですよ。コーディネートをさせられたり」

「センスがいいって事ですか?」

「まあそうなります」

 聖良は店にディスプレイされた既製品を見て、もう一度アディスを見上げた。

「じゃあ、お願いしますね。元の国の服ならともかく、この国のスタイルいまいちよくわからないので。自分流に着たら目立つことになりそうですし」

 アディスは自信満々に頷き、聖良を伴い奥へと向かう。動きやすそうな可愛いドレスを着た女性達が待ち構えていて、深々とお辞儀をした。

 お辞儀は普通に通用する挨拶のようだ。

「まあ、なんて可愛らしいお召し物」

 店の女性達が聖良の服を見て褒めてくれた。

 セーラー服は、初めて見るとかなり斬新だろう。

 彼女たちは白いビショップ・スリーブのワンピースドレスに、青いベストを羽織った出で立ちだ。日本で見かけても驚くようなことはない、普通に可愛い服装である。

 他にも職業の雰囲気が薄いような衣服は、聖良が驚くような形はなかった。元の世界のファッションについては、既に色々な文化が入り交じり、民族的なデザインも取り入れられている。たがらこの国の服もアレンジの仕方によっては、普通に元の世界の街を歩いても目立たないだろう。

「失礼ですが、そちらの服のデザイナーは」

「さあ。セーラー服っていうんですけど」

 いるのだろうが、セーラー服のデザイナーなど知らない。

「セーラの名前が付いているんですか」

「私の名前とは関係ありません。セーラーは水夫で、私の名前は聖し良い子って意味です」

 自分の名前を服に付けるなど馬鹿らしい。

「民族衣装のような、昔からある物です」

「まあ、民族衣装。素敵」

 お針子なのか、女性従業員達が物珍しげに聖良の服を見ている。これに関しては、日本でも特殊な位置にあるデザインだ。珍しくはないが、普段着に取り入れるには珍しい。

「普段着からよそ行きの服まで、とりあえず十着ぐらい用意してください。これから寒くなるので防寒着も。靴もいりますね。身一つでいらした方なので、女性に必要な物を全て揃えてくださると有り難いのですが。

 少なくとも、一週間で最低限の物は頼みます。今はこの服しか無いんです」

「かしこまりました。では先に採寸をいたしましょう。その間に何かご要望があればお伺いいたしますわ」

 採寸などしたことの無い聖良は、どぎまぎしてアディスを見上げた。

「セーラ、ここからはついて行けないので、一人でいってらっしゃい」

 聖良は自分が小さな子供のような事をしていたのに気付いて、頬を赤く染めた。

 アディスが手を振り、聖良はお針子達に連れられ奥の部屋に行く。大きな姿見が何枚もある部屋で、本当に高そうなお店だなとつい考えてしまい、後が恐くなる。

 こんな風に知らない人に囲まれて恭しく扱われたことなどない聖良は、緊張で固まっていた。

 聖良の様子を察して、お針子達が背もたれの低い椅子を用意し、暖かいお茶を出してくれた。カモミールのような匂いがして落ち着く。聖良は家でハーブを栽培していたので、こういうのが懐かしく感じるのだ。

 アディスと違いまだそれほど時間は経っていないのに、こうも感傷に浸っては、先が思いやられる。

「失礼いたします。お足の採寸を致します」

「はいっ」

 汚れている靴と靴下を脱がされ、毎日洗っている足に触れられる。臭くないだろうかと心配になるが、彼女は顔色一つ変えずにサイズを測る。

「お嬢様、お手数ですが、一度お立ちください」

 聖良がカップを置いて立ち上がると、足を計られながら、別の針子さんに身体のサイズを測られた。

「お召し物をお預かりいたします」

 お針子さんが聖良の服を脱がせようとしたが、脱がせ方がわからないらしく困惑した様子で首を傾げた。他人に脱がされるのも気分が悪いので、自分で前あきのセーラー服を脱ぐ。ファスナーを下げると、彼女たちは驚きの声を上げた。

「まあ、そちらの留め具は初めて拝見いたしますわ」

「……そうですよね」

 改めて見るとすごい発明だ。考えた人物は天才だ。

「あの、どのようになっているのでしょうか」

「下をこうやってかまして、滑らせるんです。歯車みたいにかみ合わせているんですよ」

「歯車、ですか」

 想像が出来ないのか、首をひねるお針子達。アディスなら理解してくれるだろうか。よくよく説明すればそれほど難しい原理ではないので、理解して貰うことは出来るが、作るのは難しいだろう。

「こらこら。お客様を置いて何を夢中になっているの。

 ところでお客様、こちらの肌着もめずらしいものですね」

 ブラジャーを見て一番年長の針子が言う。古代でも使われていたらしいので、ブラジャーぐらいはあるはずだ。ただ、現在の完成されたブラジャーの形と素材が珍しいのだ。

「ここにワイヤーが入っていて、部位によって締め付けたり寄せたりするんですよ。胸を綺麗に見せられるし、垂れたりしたら嫌ですから。これはつけたままでいいですか?」

「正確なサイズを測るために、外させていただきます」

「じ、自分で」

 恥ずかしいが女性ばかりなのでしぶしぶ外し、立ち上がって採寸して貰う。

 ブラジャーが玩具にされているのは気になるが、文化の違いと我慢した。

 スカートを脱げばパンティのデザインが素敵だのとまた騒がれ、聖良は頭痛を覚えた。サテン生地のレースがついた、激安店で購入したものだ。ブラジャーとセットのもっと可愛い下着が欲しかったが、残念ながら聖良に合うサイズで、可愛らしいデザインは無い。

 ため息を吐く。その間にも、採寸されていく。

 ストレスで胃が痛くなりそうだ。






 店を出て聖良は何度目かのため息をついた。採寸されていた時は、人として生きた心地がしなかった。

「恥ずかしかったです」

「皆珍しがっていましたからね。セーラの服の金具や下着のことをもっと知りたがっていましたよ」

「そうでしょうねぇ」

「どうやって作っているんですか?」

「さあ。機械で作っているのは確かですけど……。

 あると便利ですよ。色々なことに使えます。ブーツの紐を結ばなくてもよくなりますし」

「へぇ」

「私のカバンとお財布にも使われてるんですよ」

 鞄の中から取りだして、小銭入れのファスナーを開いてみせる。

「これが聖良の国のお金ですか」

「はい。この五百円玉は面白いですよ。角度を変えると円の中心にまた文字が見えるでしょう」

「本当だ」

「お札にもあるんですよ。ふちっこのキラキラしている部分、角度で棒と楕円が見えるでしょう」

「どうやっているんですか」

「私は知りません」

「この紙幣が一般的なんですか」

「そうですね。硬貨が小さなお金で、大きなお金が紙幣です。真ん中に透かしが入っていたり、色々と偽造されないような細かい仕掛けがされてるんですよ。もう無用の長物ですけどね」

 鞄の中にしまい、記念の品として取っておくことにした。

「そういえばこの国では貨幣が一般的なんですか?」

「紙は破損しやすいですから」

「そうですねぇ」

 紙幣というのはかさは少ないが、燃えやすく破れやすい。

「そうだセーラ。帰るときまでにお母さんへのお土産を買いましょうね。人間を少しは意識してもらえるように」

 土産と聞き頷こうとして、最後の言葉の重さに首をもたげた。

「そうですね。人間は賢い食べ物じゃないってもっと知ってもらいたいですね」

「ええ。あの方があまりに色々しすぎて、下手に攻めてこられても困りますからね。軍とか」

「洒落になりませんよね」

 瞼をとじれば目は浮かぶ光景。

 大怪獣のようなネルフィアに立ち向かうちっぽけな人間達。なぜかその光景は、某玩具メーカーのブロックで出来ていた。リアルに想像したくないのだろうか。

「しかも地形的に考えるとお母さんが負ける要素がないところがさらに問題です。返り討ちにしてしまったら、面倒な事が増えますよ。怯えた近隣の住民に餌とか差し出されたり。実際に一度求めていますからね。私達が何とかすると言って、黙ってもらっていますが」

「うっわぁ」

 相手への同情よりも、気色悪さに背筋に悪寒が走る。

 人間は強大な相手に対して、勝手に生贄を差し出す生き物である。

 聖良は自分のことの方が可愛いので他人が自分から犠牲になりに来るのはそれほど気にならないのだが、それをお食べと言われたら、気にならないはずがない。

「……本気で阻止しないと恐いんですけど」

「そうですね」

 二人は頷き合い、どんな土産だと喜ぶか考えて、人間の手作り食品にしようと決着がついた。



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