20話 知識5
目の前の溌剌とした美女は、自分でお茶を用意して、柔らかそうな菓子を差し出した。
使用人がいてもよさそうな身分だが、魔術師というのは他人に自分の部屋を触られるのを嫌がるのだそうだ。
「いやぁ、急に押し掛けて申し訳ありません」
「いいのよ。エリオットと仲良くしてくれてるみたいだし。この子が外から来た知らない人と友達になるなんて初めてだもの」
クレアのような傾国の美貌ではないが、笑顔の可愛らしい美女だ。近寄りがたいクレアと違い、親近感がわく。
「人見知りすると思われやすくて、避けられちゃうのよね」
「目を合わせてくれませんからねぇ。
最近は目を合わせる練習につきあっているのですが、半日かけて練習したら、倒れてしまいましたよ、ははは」
「そんな事を……本当にご迷惑をおかけてして申し訳ありません」
「いやいや、健気で可愛いじゃないですか」
セーラが既に人妻であろうと、めげず果敢に挑んでいくのだ。
目を合わせられないという一点以外は、積極的な部分のある少年である。
「そんなことどうでもいいでしょ。それで、今度は何を聞きたいの?」
エリオットに催促されて、レンファは咳払いをする。
「実は頑丈で大型の密閉された窯を作りたく思いまして」
「窯?」
「そんなところです。大きくて頑丈で、中で爆発しても壊れないような物が理想でして、この国のやたらと頑丈な武器がどのように作られているのかを民間の仕方に窺った所、エイダさんが権威であると教えていただいたのです」
エイダは眉間にしわを寄せた。国の技術を探られるのは、国の要人としては無視できる事ではないのだろう。
「私、権威なんて名乗った覚えはないけど」
「でも、そうなんじゃないの? 専門家って珍しいし」
レンファの考えとは少し違う部分で顔を顰めたようだった。もちろん誤魔化しもあるだろう。それでも外から見るのと、内から見るのでは、若干認識が違うようだ。レンファは面白い発見だと思った。
「でも、そんなもの何に使うの?」
「新しい乗り物を造ります」
「また空を飛ぶ乗り物?」
「いいえ。地上を走ったり、帆が無くても、大量の魔力が無くても早く進む船です」
エイダは首を傾げた。
「よく分からないけど、すごいのねぇ。あ、そうだ。あの空飛ぶ船に、うちの子が乗ってみたいって言ってるんだけど」
「かまいませんよ。今回のは大型の商船なので無理ですが、小型の船で来た時に遊覧飛行をいたしましょう」
「本当? 嬉しい!」
本人も乗ってみたいと思っている様子だった。要人達にサービスする事も、レンファの仕事である。
商人とは、どれだけ相手の信用を得て、協力させるかだ。
「でも、どうするの? エイダが国を出るわけにもいかないし、大きい鉄の固まりなんて、船じゃないと持ち出せないんじゃない?」
エリオットが毛先を指に絡めて問う。
「それを含めて、何か知恵を頂けたらと」
エイダは首をひねり、顎に手を当てる。
「パーツに刻印術を施して、それを持ち帰って引っ付けたら? そしたら比較的軽いでしょ」
レンファが細い目を丸く開いた。
「そんな事で強化されるのですか……盲点でした」
レンファは刀身を思い出す。刀身に何かを貼り付けるなど馬鹿げている。だから思いつかなかったのだ。
「これとかそうなんだけど」
エイダは壁に飾られた剣の前に立った。
エイダが剣を振るうと、炎が刀身から溢れた。
「用途によって、石の配列を代えれば」
石を動かして剣を振るえば、紫電が刀身にまとわりつく。
「直接彫り込むよりは落ちるけど、付け直しとか出来るし便利なのよ」
「なるほど、それは素晴らしい」
レンファが魔導具について、まったく理解出来ていないだけであった。
これなら魔術の流出にはならない。見て真似できる類の物ではないのだ。
グリーディアに技術の流出というデメリットを与えず両国が栄え、悪魔や神殿対策的にも、理想的な形となる。
それが上手くいくのであれば、全ての問題がクリアされ、コストダウンまでできてしまう。
レンファは魔導具について誰かに学ばせる必要がある事を痛感した。作れる必要はない。下手に作れてしまうと、魔術が仕えるような扱いになる可能性があり、まずいことになる。
ただ何が出来るかを浅く広く知っていればいいのだ。
「魔道具としての設計は私がしてあげてもいいけど、問題はそれを作る職人よ。職人さんって頑固な人が多いから、私が口利きしても説得するのは大変かも。
ちなみに図案通りにすればいいってものじゃないのよ。彫り師も魔術師である必要があるから、他所の国では作れないわね」
ますますグリーディアならではの技術だ。
「職人はやはり理解しがたい仕事を嫌がるのでしょうか」
「そう。それに外国が絡むでしょ。保守的な人だと、どうしてもねぇ……」
「それは理解していただけるように、私が努力すべき点ですね」
「そうなるねぇ」
エイダが肩をすくめて剣を壁に戻した。
予算は湯水のように使える程度にはある。もちろん最低限ですませられればいいが、相手の様子を見て色々と手を打たねばならない。一番やっていけないのは、金に物を言わせるような態度だ。もちろんケチってもいけない。プライドを傷つけないように、相手を評価している事を伝える必要がある。
どうしても貴方でなければならないのだと、そんな態度を職人は好む。
そのためならば金を惜しむ気はないと、相手が快く受け入れられる形で伝えなければならない。
そのように、頑固な職人を納得させるのも、商人の腕である。




