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20話 知識4


 レンファは首をすくめて、新しい商売について考えるのをやめた。

「ところで今日ここに来たのは、もう一つの目的があるのですよ」

「ほう?」

 ファシャが荷物の中から、短剣を取りだした。

「それが?」

 ファシャが刀身を抜くと、本来はあるべき部分が半分無かった。刀身の半ばほどで折れてしまっているのだ。

 それを見て、何を意味するか理解したアーネスが息を飲む。

「……どうして折れているんですか? 竜が踏んでも壊れないような物のはずですが?」

 アーネスはモリィの頭を撫でながら問う。

 彼が驚くのは無理もない。この剣は切れ味は良いとは言えないが、頑丈で刃こぼれもせず、無茶な扱いをしても折れることなく、手入れもほとんど必要ない事で有名な魔剣である。

 刀身にある銘から、アーネスはどこの工房かも理解したはずだ。

「お察しのようにこれはグリーディアで買った品。勿体なかったのですが、いろいろと実験を繰り返して折りました」

「なぜそのようなことを?」

「この丈夫な剣は、どこまでの衝撃に耐えられるかと」

 アーネスは言いたい事を察したのか、血色の良い唇を再びつり上げる。

「このやたらと頑丈な金属は、どのようにしたら作れるのか……大きな物は作れるのかと思いまして、博識であるアーネスさんに知恵を貸していただきたく」

 レンファが頭を下げると、アーネスはくくっと笑う。

「私の専門では内ので詳しくは知りませんが、特殊な素材を混ぜているんですよ。

 あとは中央に溝のように文字が彫られているでしょう。それで強化されているんですよ。

 その技術の権威はクレアの妹のエイダです。直接面識のあるアディスに尋ねると良いでしょう」

 レンファは活発な印象の、クレアの右腕だという女性を思い出した。

 何度か顔を合わせた事はあるが、話をした事はなかった。エリオットかアディスに仲介を頼むのがいい。

「特殊な素材とは?」

「……この国の鉱物です」

「どのような?」

「土でも何でも、他の地域で取れる物よりも魔力が染みついているようです。

 山の上には竜がいて、その山の雪解け水が流れてきていますから、なおさら。

 竜血草が竜のいない場所でも他の国よりはよく生える理由はそこにあります。他の薬草にしても然り。

 つまりこの国に鉱物を持ち込んで、一年も埋めるか川に沈めておけば魔力を帯びて、強化の式を強めるという事です。

 元々グリーディアで魔術が栄えた一番の理由はそこなのですから。

 もちろん、神殿の介入が難しい土地柄というのもありますが」

「なるほど」

 何事にも理由が存在するのだ。

「天然から一度に得られる魔力には上限がありますから、現在は生き物から搾り取るのが一番手っ取り早いと言われています。

 竜はいるだけで勝手に垂れ流してくれるので有り難い存在ですよ。

 高速艇も、竜が高い魔力を込めたら空を飛んだそうです」

「そんなことが……」

 何が最も効率よく商売になるか。

 結果を出すのは研究者達だが、レンファでもいくらかの方向を示す事は出来る。

 外部の情報はいくらあっても足りる事はない。

「まあ、せいぜい頑張りなさい。私も楽しみにしています」

「ええ、ご期待に添えるよう努めます」

 アーネスはヌイグルミを抱えるモリィの髪を弄りながら、悪魔のように笑う。

 なまじ悪魔のように美しい男性だ。悪魔に見下されている気分になる。

 しかしそう考えるとしっくりきた。竜を抱えている今、悪魔との差などあまりない。

 上位の悪魔ほどの魔力はなくとも、補う技術があるから、悪魔殺しにでもなれるはずだ。

 将来的には、あの背徳のウルのような化け物的な存在にすらなるかもしれない。

「私が生きている内に、必ずや」

「期待しています」

 ハーネスが渇望したであろう肉体を手に入れた青年は、アディスと同じようにハーネスとの関係が噂されている。

 彼等がハーネスの身体の予備として育てられたのは、アディスの言葉から確実だ。

 アーネスに関しては、実はハーネスの血を分けた息子だの、彼こそハーネスの知識を継承した真の後継者だのと言われている。

 よく似た境遇で正反対の二人だが、実際の所は同族嫌悪から反発しているが、考え方は生まれよりもよく似ているのだ。

 もし二人を何かで釣ろうと思うなら、同じ物を用意すればいい。

 反発し合いながらも、食い付いてくる。アディスは立場上、自分では出来ないからこそ。

「そうだ。モリィちゃんと同じヌイグルミを、あと二つ持ってきたんですよ。以前お会いした可愛らしいお嬢さん達なら、可愛い物がお好きだろうと」

「きっと喜びますよ。しかし、ロゼの部屋にまたヌイグルミが増えてしまう」

「彼女はヌイグルミがお好きで?」

「人間の居場所よりも、ヌイグルミの居場所の方が広いぐらいですよ。モリィも、うちを飾るのはいいですが、ほどほどに」

「はぁい」

 少しだけ不服そうに、モリィはぎゅっとヌイグルミを抱きしめた。






 レンファはいつものように、魔術師見習いのまだ可愛らしい子供達に頼んで、エリオットを連れてきてもらった。

 エリオットは寝起きらしく、眠そうにあくびをした。髪も適当に結んで、前髪が跳ねている。

 身なりを気にするフレアの時ではありえない姿だが、今はごく普通の少年である。

「もぅ、徹夜明けなのに何なんだよ」

 彼は不服そうに眼鏡の下から指を差し込んで目をこすり、唇を尖らせる。

「徹夜?」

「これでも仕事だから、いろいろと提出しなきゃならないんだよ。じゃないと研究費がもらえない」

「何を提出するんですか?」

「月に一度の研究結果」

「どんな研究をしているんですか?」

「自分の研究を部外者に話す馬鹿なんていないでしょ」

 そう言われてレンファは納得した。

「で、なぁに?」

 レンファはアーネスに言われた事を説明した。すると彼は子供がたむろするこの図書室に待つように言って、部屋を出て行った。

 レンファは大人しく待っていたが、見つめてくる子供達に笑みを返した。

「ファシャ、彼らに土産を」

 彼等の中には未来の権力者がいるかも知れないため、ファシャに命じて菓子の袋を出させた。

 塩気のきいた焼き菓子で、子供達は飛びついた。

 将来はエリートでも、まだ食べ物で釣られてくれる子供の可愛らし事といったらない。

「エリオット兄ちゃんはねぇ、いつもギリギリになって提出するの」

「日記みたいなんだって」

「感想文ですらないって」

 何も聞かずとも、面白がった子供達が教えてくれる。

「エリオット兄ちゃんは、いつも人の研究に手を貸してるんだよ。魔力だけは強いから」

「よくあの性格で人に力を貸せますね」

「目を合わせられないだけで、対人恐怖症じゃないから平気なんだって」

「なるほど」

 多少の人見知りはするが、知り合いであれば気さくに話をする少年だ。同僚に力を貸すぐらいなら問題なくできるようだ。

 そうでなければ、レンファがこうして仕事の話をしに来るだけ無駄だったろう。

「最近ねぇ、出来ないのに睨めっこしたがるの。人と目を合わせる練習だって。きっと好きな人が出来たんだよ」

 レンファは思わず吹き出しそうになった。子供の勘は侮りがたいものだった。

「実は私も睨めっこに付き合わされたよ」

「お兄さんも? うちの兄がお世話になりました」

 子供だが、彼等はしっかりしている。

 彼等はアディスを慕っていて、滅多に顔を見せなくなってから、寂しい思いをしているようだった。それでもアディスは仕事をしているらしく、提出物は持ってくるという。

「ねぇねぇ、レンファさん何か面白い話ねぇの?」

「こら、目上の人に対して失礼でしょ」

 少年が頬杖を突いて言い、女の子に後頭部を殴られる。どこの国にもある、微笑ましい光景だ。殴ったのが立派な杖でなければ。

「いいんですか、杖で人を殴って」

「大丈夫。杖はほとんど護身用だよ」

「初心者か大魔法を使う時か護身用なの」

「仕込み杖とか持ってる人もいるから、レンファさん強盗には気をつけてね。お金持ちそうに見えるから」

 レンファは自分の服装を見る。この国で買った、多少素材のいい普通のデザインの服だ。外国人が珍しいから、そう見えるのだ。

 レンファが護衛がいるから大丈夫だと言おうとしたとき、彼の背後に立っていたファシャが口を開いた。

「大丈夫ですよ。この人はこんなに小さいから、馬鹿にされないように身体だけは鍛えてますからね」

「ファシャ……」

 レンファが睨み上げると、彼は素知らぬ顔で図書室の出口を見た。タイミングの良い事に、エリオットが戻ってきた。

「レンファ、エイダが会うって。こっち」

 エリオットに手招きされて、レンファはぐっと堪えて立ち上がる。言い争いをして待たせるわけにはいかない。

 大人らしく笑顔で受け流し、子供達に手を振った。

「お話をしてくれてありがとうね」

「ばいばーい。また来てね」

「菓子持ってさ」

 レンファはもちろんだと頷きながら、子供達に別れを告げて部屋を出た。



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