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3話 異世界の醍醐味 2

「大丈夫ですか」

 聖良は地面に転げ落ちた二人に問う。

 目的地付近の草原に降り立ったのはいいが、アディスは疲労から着地で足をもつれさせて転び、乗っていた三人は地面に放り出された。

 幸い、草が覆い茂っていたので服は汚れなかった。腕を痛めた気がしたが、すぐに治ったので問題は無い。まだ完治していないのか、触れると痛いが、触れなければ痛くない。

 痛みは急にはやって来ない人体の仕組みに感謝する。

 問題は普通の身体の二人である。

「聖良、治癒をかけてやってください」

「はい」

 聖良は丸暗記した呪文を唱え、頭から血を流すディアスへと手を向ける。アディスが電気で、聖良が機械本体。そんな関係のため、魔力はアディスの物でも魔法が放たれるのはちゃんと聖良の手から。

 ディアスが治ると、ジェロンにも同じように回復魔法をかける。

 包帯など巻いたことのないので、お手軽で助かっている。立派に人を助けられますという感じがして、気分が良いのだ。

「ほら、起きなさい。この魔力でこの呪文かけられたら全快しているでしょう」

 元の大きさに戻ったアディスは爪でつついて二人をせっつく。二人も同時に手足を動かし、起きる意志があるのを示す。

 聖良は頭蓋骨と服を取り出し、服を地面に置き、頭蓋骨をアディスの頭に乗せた。

 準備が出来ると、背を向けてさんざん練習した長い呪文を唱えた。忘れてもいいように手帳にメモしてまとめようと考えた。なにせ筆記用具が手に入ったのだ。カバンの存在がとても有り難かった。

 呪文が終わると、衣擦れの音が聞こえた。

「ここから歩いてどれぐらい掛かりますか?」

 聖良は空から見た町を思い出して言う。

「二、三時間といったところですね。セーラ、着替えました。行きましょうか」

 着替えたアディスは聖良に手を差し出し、手を取ると横抱きにしてくれた。お姫様だっこだ。美形にされると悪い気はしないが、こんな事をされる必要はない。

「……あの」

「聖良は足を出しているから、こんな所を歩いたら擦り傷だらけになりますよ。傷は治りますが、ヒルにかみつかれたり、変な菌が入ったらいけませんからね」

 人間の姿になり上機嫌のアディスは、荷物を部下に任せてとっとと歩いていく。不安になって二人を見ると、違和感なく歩いていたので安心した。歩きながらジェロンはディアスの頭についた血をぬぐっている。

 草原を抜けて街道までたどり着くと、アディスは聖良を地面におろした。竜になってから腕力がついたらしく、人の姿で重い物を持ち上げるのが大好きなのだ。だからこその親切である。

「アディス、前から馬が来ますよ。私、馬が道を走るの初めて見ます」

「馬が走っているのを見た事が無い?」

 ディアスが首を傾げた。

「セーラのいた世界では、動物以外の動力で動く乗り物が主流だったようです」

 二人が話している間も、遠目では聖良の知っている馬とどこか違う馬を見て、観光気分が強くなってきた。何が違うのか、馬をマジマジと見た事が無いので聖良には分からなかった。少しだけ顔つきが違うのかもしれない。

 乗っているのは鎧に身を包んだ兵士のような人達で、何か急ぎの用があるらしい。彼らはこちらを確認すると、馬の足をゆるめて近づいてくる。

「おい、この辺りに竜が来なかったか」

「あれなら問題ありません」

 訪ねる兵士にアディスは微笑みで答える。

「何を根拠……あなたはもしや、宮廷魔術師のアディス殿?」

 アディスの容姿は目立つため、知られていてもおかしくはない。自分で言うだけあり、生前はとても格好良かった。生前は。現在は、とても可愛らしい。

「ええ。トラブルに巻き込まれて、ようやく戻れました。もしよければ、馬を貸していただけませんか。竜のことでの報告と、この方を安全な場所へお連れするために」

 この方とは、聖良の事らしい。

 この国の人間ではないのは一目で分かるため、他国の要人と思い込んでしまったのか、兵士の一人が馬を下りた。

「かしこまりました。こいつをお使い下さい」

「ありがとうございます。セーラ、行きましょう」

「え、でも……悪いんじゃ」

「何を言っているんです。ほら、行きましょう」

 アディスに馬の上へと乗せられる。その後ろにアディスが乗り、聖良は緊張して身体を強張らせた。

「私、馬は初めてで……」

「竜の背の上よりはずっと安全ですよ」

「そりゃあそうですけど」

 心の準備をしていないのに、アディスは馬を走らせた。思った以上の揺れに胆が冷える。それに気付いたアディスが腰に手を回し、耳元に唇を寄せて呟く。

「竜の背よりも恐いですか?」

「さすがにそれはないけど」

 落ちてもよほどのことがないと死なないし、安全だ。

「私、竜の背の方が好きです」

 ネルフィアの背の上が好きだ。

 安定していて、それでいて気持ちがいい。

「セーラ、なんて可愛い事を言うんですかっ」

 背後から抱きつかれ、聖良はその腕をばしばしと叩く。

「アディスじゃなくてお母さんです」

「可愛くない事を言わないでください。せっかく可愛いと思ったのに」

 可愛いなどと思われなくてもよいどころか、迷惑だった。彼の可愛いは、幼さが可愛いという意味なのだから。

「おいアディス様達、二人だけ楽しそうにいちゃつくなよ。俺等は男二人で相乗りなのに」

 振り返ると、確かに二人で馬に乗っている。

「お前達が生意気にも便乗するなんて。可哀想でしょう彼らが」

 一頭だけならともかく、二頭いなくなったら残りは一頭。どうしても歩いてこなければならなくなる。

「服を持ってきてやったのは誰だと思ってるんすか」

「ジェロン」

 ディアスはふてくされて馬に鞭打ち先に行く。

 子供っぽい態度だが、アディスに比べると、まともなので分かりやすい。しかしアディスでよかったとも思った。アディスは何だかんだと言って、聖良に見返りなく優しくしてくれる。きっと普通の男の人よりも優しい。

 見た目が可愛くて変な人だから、緊張感もなくなったのだ。ディアスだったら、おそらくもっと緊張していた。だから、運が良かったとも言える。

 ここにいる事が最大級の不幸なのだが……。




 ファンタジーの世界だからと、石や煉瓦造りの町並みを想像していた。現実は木造住宅が多く、コンクリートのような素材も使われていて、聖良の想像とは少し違った。しかし建物の様式は初めて見る物ばかりで、嫌いではない。海外旅行気分で楽しい。

 アディスが言っていたように、男性女性共に日本人の感覚で言うと、皆がかなりの長身で聖良は少し落ち込む。日本でも小柄な部類に入る聖良はここでは子供以下の身長である。子供扱いも仕方がない。

「どうしました、ため息などついて」

「なんでもありません」

 銀髪の美青年という容姿のアディスはかなり目立つらしく、人々の視線が向けられる。人種が違う聖良が珍しいのもあるのかも知れない。悪い具合にアディスが有名だとは、思わないようにする。もしそうなら、この姿でこんな目立つ大通りを通る事はない。彼は外面は保つタイプのようなので、ここは信じる事にしたい。

 聖良は前方に見える城を見つめた。

「お城、街のど真ん中にあるのに大きいですねぇ」

「そりゃあ国の要ですから。というか、昔はど真ん中では無かったのですが、街が勝手にそう発展していったんです」

 白っぽい立派なお城だ。城など日本の城しか見たことのない聖良の中にあるのは、所詮はイメージであり、こんなものかと納得する立派な外観だ。お城だと思うような外観で、それ以上のことは分からない。聖良が知る異国風の城は、某テーマパークの顔的な、メルヘンな城だけだ。あれに比べると現実的だというのが印象である。

 城門にたどり着くと、顔パスで門番に許可され、堀に掛かった跳ね橋を渡った。

 城の敷地内に入ると聖良は少し尻込みした。聞いてはいたが、ここはお城だ。貴族や王族がいるのだ。下手なことをして不敬罪に問われたらどうしようと悩む。

「怖がらなくても大丈夫ですよ。国王陛下は、私にとって父親のような方です」

「アディス、そんなに偉かったの?」

「育てられたんですよ。色々と思い入れがあったんでしょうね。彼におしめを取り替えられた事もあるそうです。彼も元々は王になれるほどの継承順位ではなかったんですが、ハーネスが倒れてから、この国の影の支配者が今の王を王に据えて操っているんですよ。だから王は気さくな方です」

 その影の支配者というのが恐ろしげに聞こえるが、フォローはない。本当に大丈夫だろうかと、元々不作法な上にこの国の作法など爪の先ほども知らない聖良はますます悩む。

「セーラは竜を殴る度胸はあるのに、王が怖いのですか?」

「アディスは殴りたくて殴ってるんじゃないです。揺り起こして起きない方が悪いんです」

 ネルフィアを殴る度胸はない。アディスだから出来るのだ。

 アディスは背後でクスクス笑いながら、すれ違う人達に挨拶をする。彼はやはり社交的な性格らしく、心配していたとか、大変でしたねと言ってもらっていた。嫌われていないのだと安心する。

「ところでジェロン。姿を消していたとはいえ、やたらと声をかけられるんですが、私は一体何をしていた事になっているんですか?」

 アディスは部下二人に問いかける。

「ただ言葉には言い表しにくい不幸な目にあっていると伝えてあります」

「やたらと可愛い女の子に看病されているって言っといた」

 聖良は顔を顰め、振り返る。

「やっぱりみんな、アディスの変態ぶりを知ってるんですか?」

 そんな雰囲気はなかったのに。

 それともこれは普通なのか。

「知りませんよ。隠してますから。私だって世間からそんな偏見の目で見られたくはありません」

「ならよかった」

 変態に捕まったかわいそうな子と、哀れみの目を向けられるのは嫌だ。

 しかし女性達に「なんだ子供か」と安心されている。

 深く考えては負けだと、聖良は思考を追い出し馬が止まるのを待つ。やがて憤怒の表情でこちらに歩いてくる茶髪の女性を見て、アディスは馬を止めた。

 まずは自分が先に降り、聖良の手を取り下ろしてくれる。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 聖良はスカートの裾を正して向かってくる女性を見た。

 三十代前半ほどの綺麗な女性だった。しかも他の人達に比べると小柄で、聖良は少し嬉しくなる。聖良が見慣れた普通サイズの女性なのだ。

「アディス、連絡もよこさずにどこで何をしていたの!?」

「ただいま戻りました、エイダ。連絡したくても出来なかったんですよ」

 アディスはいい笑顔で女性の手を取りキスをする。

 エイダという名前、アディスの口から聞いたことがある。

 無口なくせに、自分に対しては口喧しい年増女。呪文を唱えない魔術を得意とするから、発動が早いのが厄介。でも呪文無しでは高度な術を使おうと思うと、それはそれで時間がかかるし難しい。呪文に比べて精度も落ちて、メリットはその発動の早さだけ。普通の人間は扱おうとするだけ無駄。

 エイダに関しては、そんなような事を言っていた。

「暢気なことを言うんじゃないの! 国仕えしているという自覚はあるの!?」

「あ、待ってください。連絡できなかったのは本当ですから」

 聖良はエイダへと弁明する。アディスが誤解されては、それと一緒にいた聖良が悪いことにもなる。

「アディス、この子どうしたの。あなたどこまで行ってたの?」

「それが……よく記憶がないんですよね。頭を打ったのかぽっかり記憶がなくて」

 当たり障りない対応だ。下手に作るよりも、覚えていないという方が都合がいい。彼の不幸体質は有名らしく、そんな都合のいいことがあるはずがないとは、言い切れない。実際に彼は、記憶喪失以上に稀な経験をしたのだ。

「アンに変な薬を与えたでしょう。貴方が竜にさらわれたとか言っているのよ」

「それ本当のことですよっ!」

 アディスに信用がないのか、竜がアディスをさらったというのがそこまで信じられなかったのか。

 聖良は女の子が信じてもらえずにいたことを嘆くアディスを横目で睨む。

「本当に竜にさらわれたの?」

「そうですよ。よく覚えていませんが。で、しばらく彼女に厄介になっていたんですよ。偶然ディアス達と会って記憶が戻って」

 その間の生活の事を聖良に聞かれたら、答えるすべなどないのだが、彼はそれを理解しているのだろうか。

「なぜすぐに帰って来なかったの。ジェロン達と一緒に帰ってくればよかったでしょう」

「事情があるんですよ。私、これからもあちらで生活するつもりですから」

「何を馬鹿なことを言っているの」

「婿に行きます」

 聖良は反射的にアディスの腕を引いていた。婿とは、婿だ。花婿だ。

「だ……誰と結婚するの」

「この子」

 聖良の肩を抱き、爽やかに微笑み言い切った。

「何馬鹿なこと言ってるの。こんな小さな子と」

「でも、年齢的には王子よりも年上ですよ。小柄で童顔なだけで」

 慣れたこととはいえ、慣れたこととはいえ──

「またくだらない冗談を」

「本当ですよ。立派なご婦人です。ねぇ」

 頭を撫でながら婦人というのも説得力がない。聖良はその手を払い、睨み上げた。

「いい加減な事を言わないでください。簡単にボロの出るような言い訳は見苦しいですよ」

「そんな身も蓋もないこと言わないでくださいよ」

 アディスがしつこく頭に触れてくる。手を置きやすい位置なのかも知れないが、屈辱的だ。やはり竜のアディスの方が好きだった。人間の時は自信に溢れすぎている。竜の時は、少ししょんぼりしている感じが可愛い。

「そうよアディス。こんな小さな子と結婚するなんて言い訳は少し無理があるでしょう」

「年齢の事じゃなくて、婿だけが嘘なんですが」

 エイダは聖良を見ていぶかしげに顔を歪める。信じてない。絶対に嘘だと思っている。

「エイダ、セーラが傷ついているじゃないですか。小さくなりたくて小さいわけじゃないんですよ」

「魔女なの?」

「悪魔との関わりはありません。普通に小さくて普通に玄人口調なだけです」

 アディスは意味深にくすくすと笑う。

「何者なの」

「ちょっと事情があって、私はこの方から離れられなくなったんですよ。自由はなくなりますが、まあ、あのまま死んでいたよりはずっといいでしょう」

 聖良は静かに目を伏せ頷いた。

 魔女とか悪魔とかの細かな意味は分からないが、今は聞き流す事にした。結婚する以外の理由なら何でもいい。結婚は嫌だ。恋愛もしていないのに、結婚していると思われるのは嫌だ。

「セーラというの」

「はい」

「どこの国の生まれ」

 聖良はちらとアディスを見上げる。

「生まれなんてどうでもいいじゃないですか。どこの国にも属していませんから」

 とりあえず頷く。

「埒があかないわ。クレアの所に行きましょう」

「クレアの所ですか。ガミガミ言われるのは嫌なのですが」

「拒否権はないから」

 アディスは肩をすくめ、聖良の背に手を添えて歩き出す。

 クレアというのは、この国を牛耳るアディスが苦手と言うほどとても恐い人だという。

 怒らせやしないかと少し恐くなって、アディスの服の裾をつかんだ。


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