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サクッと読める短編集

灰の王国

作者: ある六芒星
掲載日:2026/07/26

王都を囲む黒い森では、夜になると死者が歩く。


人々はそれを「灰人」と呼んだ。


灰人は生者を襲わない。ただ黙って町を見つめ、夜明けとともに灰となって消える。その姿を見た者は、三日以内に最も大切なものを失うと言われていた。


少年カインは、その迷信を信じていなかった。


だが十五歳の誕生日、家の前に一人の灰人が立っていた。


ぼろぼろの鎧をまとい、顔は崩れ落ちている。それでも胸元には、父が戦場へ向かう日に身につけていた銀の紋章が残っていた。


「……父さん?」


灰人は答えない。


ただ森の方へ歩き出す。


カインは吸い寄せられるように後を追った。


森の奥には巨大な黒い塔が立っていた。その壁は無数の人の手形で覆われ、まるで助けを求める亡者たちが閉じ込められているようだった。


塔の頂上には、黒い王座。


そこに座る男は笑った。


「ようやく来たか。」


男の瞳は真っ黒で、底が見えない。


「お前の父は私を倒そうとして失敗した。だから魂を塔の番人に変えた。」


カインは剣を抜いた。


震える手で斬りかかる。


しかし刃は男をすり抜け、石床を砕くだけだった。


「私は生きても死んでもいない。呪いそのものだからな。」


男は立ち上がり、王座の横にある黒い炎を指さす。


「世界の闇は人間が生み出した。憎しみも、裏切りも、戦争も。私はそれを燃やし続ける器にすぎない。」


その炎の中には何万人もの顔が浮かんでいた。


泣く者。


怒る者。


許しを乞う者。


そして父もいた。


父は口を動かす。


「殺せ。」


その一言だけだった。


カインは迷った。


男を倒せば父も消える。


倒さなければ、この呪いは終わらない。


長い沈黙のあと、カインは剣を炎へ突き立てた。


黒い炎は世界を飲み込むように燃え上がり、塔は悲鳴を上げながら崩れ始める。


男は初めて穏やかな表情を浮かべた。


「これで終われる……。」


その身体は灰となり、風に消えた。


父もまた微笑み、小さく頷く。


「よく生きろ。」


その姿は光となって夜空へ溶けた。


翌朝、黒い森は消えていた。


灰人も現れなくなった。


人々は呪いが解けたと喜んだ。


だが誰も知らない。


崩れた塔の地下深くで、消えたはずの黒い炎が小さく揺れたことを。


その炎は、まるで誰かの心に宿る憎しみを待つように、静かに、静かに燃え続けていた。

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