第27話 偽の番号札――“似ている”は嘘の入口
公開の大茶会は、静かに始まった。
入口で名前を確認する。
ルールを伝える。
席へ案内する。
それだけ。
それだけなのに、王都では珍しいらしい。
参加者の顔には緊張があった。
でもその緊張は、喧嘩の前の緊張ではない。
「ちゃんとした席に来た」という緊張だ。
広間には、いろんな服が混じっていた。
商人の丈夫な服。代書屋の地味な上着。
執事らしい黒。貴族の色のある装い。
上も下も、同じ床を踏んでいる。
それだけで、今日は意味がある。
ミーナが司会台の前に立った。
深呼吸して、笑顔を作る。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。こちらの席は、誰かを責めるための席ではありません。皆さまが安心して動けるための席です」
明るい声。
でも軽すぎない。
丁寧さがあるから、上の人も嫌な顔をしない。
「まず、三つだけお願いがあります」
ミーナは指を折って言った。
「一つ。お茶を飲むのは希望者だけです。無理に勧めません」
「二つ。通達は番号で確認できます。番号があるものだけ扱います」
「三つ。持ち込みはご遠慮ください。席を守るためです」
最後の言い方がいい。
禁止、と言わない。
席を守るため、と言う。
それだけで角が取れる。
人々が頷き、ざわめきが落ち着いた。
「よく考えられている」と分かるざわめきだ。
私は会場の端で、照会窓口の机を見ていた。
ノエルが用意した職員が座り、帳面と紙束を整えている。
セイランの登録印影の帳面も、机の上に置かれている。
見たい人が見れば、分かる形。
その時、カイルの視線が一瞬だけ鋭くなった。
入口の方。
人の流れの隙間。
――見えない手が動く。
すぐに、裏口からリオが近づいてきた。
走らない。息も乱れていない。
急いでいるのに、危ない動きはしない。
それが、この子の成長だ。
「お嬢様」
リオが小声で言った。
「外で配ってた札が……中に入りました」
「偽の番号札?」
私が聞くと、リオは頷いた。
「はい。持ち込み禁止って言ったのに、袖の中とか、手袋の中とか……」
リオの目が会場の端を指した。
薄い香りがする。
強くないのに、鼻の奥に残る匂い。
その近くで、給仕のふりをした男が動いていた。
所作は上品。顔も整っている。
でも目が落ち着かない。
人の袖口、机の端。
そこに何かを置いていく。
小さく、素早く。
札だ。
リオが続ける。
「時間がズレてました。外で配ってた人が消えたのと同じ頃に、裏口から別の人が入ってきて……」
「動線が繋がってる」
私が言うと、リオは頷いた。
「はい。あと、札の数が増えてます。最初に見たより多いです」
途中で補充している。
計画的だ。
私はカイルに視線を送った。
言葉はいらない。
カイルは小さく頷いて、静かに動く。
給仕の男に近づく。
取り押さえない。囲まない。
ただ、通路の前に立つ。
それだけで、人は止まる。
通れないからだ。
男が笑顔を作った。
「何か?」
カイルは穏やかな声で答える。
「席を守るためです。こちらへ」
上品な言い方。
でも拒否できない言い方。
男の眉が一瞬だけ動く。
すぐ笑顔に戻す。
「もちろん。私も席を守りたい」
そう言いながら、袖の中に手を入れた。
隠した札を処分しようとした動き。
カイルの手が、さりげなくその腕の前に来る。
触らない。
でも動かせない距離。
「こちらへ」
もう一度。
同じ声。
同じ言葉。
男は、諦めたように一歩下がった。
そして視線の外へ移動していく。
騒ぎは起きない。
誰も気づかない。
“止めた”だけ。
暴いていない。
それでいい。
けれど、札はすでに会場に混ざっている。
ここからが本番だった。
私は、ミーナの司会が落ち着いたタイミングで前へ出た。
声を張らない。
でも、聞こえる声で言う。
「皆さま」
私の声は、広間の真ん中に落ちた。
「番号の札が、いくつか出回っているようです」
ざわ、と小さな動揺が走る。
でも叫び声は出ない。
ミーナが司会台で頷いた。
落ち着いて、という合図。
私は続ける。
「犯人探しはしません。誰かを責めるための席ではないからです」
その一言で、ざわめきが少し収まる。
責められないなら、身構えなくていい。
「番号は、照会で確認できます」
私は淡々と言った。
「似ている札でも、似ている通達でも。照会で一致しなければ使えません」
ノエルが照会机の前に立ち、職員に合図した。
机の上に照会記録用の紙が置かれる。
誰の目にも見えるように。
商人の一人が手を挙げた。
「じゃあ、今ここで見せてくれ。札が本物かどうか」
「はい」
私は頷いた。
「札を一つ、こちらへ」
手袋の中から小さな札が出てくる。
見た目はそれらしい。
数字もきれいに書いてある。
ノエルが番号を読み上げた。
職員が帳面をめくる。
ページを探す。
印の写しを照らし合わせる。
一呼吸。
二呼吸。
「……不一致」
職員の声は小さい。
でも静かな会場だから、よく聞こえる。
商人が息を吸った。
「通らない、ってことか」
「はい」
私は頷いた。
「通りません。だから使えません」
それだけ。
怒鳴らない。
誰かを指ささない。
ただ「通らない」を示す。
会場の空気が変わった。
「危険だ」という空気ではない。
「便利だ」という空気だ。
「これなら騙されない」
「番号があるかどうかで迷わなくて済む」
「照会がここでできるなら、変な紙に手を出さなくていい」
私は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
仕組みが働いている。
目に見える形で、守っている。
その時、会場の端から上品な声がした。
「おかしいですね」
服装は整っている。
笑顔も綺麗。
でも、話し方が“言い換え”に慣れている。
「制度が間違えたのでは? 登録が遅れているだけかもしれませんよ」
責任をずらす言い方。
制度に押しつける言い方。
私は言い返さない。
代わりに、ノエルが前へ出た。
ノエルの声は淡々としている。
感情を乗せない。
形式で返す。
「照会記録が残ります」
ノエルは机の上の紙を指した。
「いつ、誰が、どの番号を照会したか。結果は一致か不一致か。記録として残る」
男の笑顔が、一瞬だけ固まる。
「登録が遅れているなら、遅れている記録が残る。後から『言った言わない』はできない」
会場が静かに頷いた。
商人は記録が好きだ。
代書屋も記録が好きだ。
執事も、記録で場を守る。
私は言葉を足す。
「だから安心してください。似ているものは、照会で止まります」
その瞬間、入口の方がざわついた。
カイルが視線を動かし、道を開ける。
入ってきたのは、背筋の伸びた男だった。
胸に紋章。
利権を持つ家筋の紋章。
男は一礼して、上品に言った。
「本日の席について、停止命令をお持ちしました」
会場の空気が、一気に冷えた。
私は息を吸う。
止めに来た。上が来た。
でも、ここには大勢の目がある。
同意して入った人たちがいる。
ルールがある。記録がある。
私は胸の中で、言った。
嘘は暴かなくていい。通らなければいい。
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