第26話 公開の大茶会――“同意”が盾になる
告知の紙は、王都のあちこちに貼られた。
商人組合の掲示板。
代書屋の店先。
大きな屋敷の裏口の近く。
人が集まる場所ほど、紙が集まる。
題名は短く、読みやすくした。
『公開の大茶会――通達の確認と、安心のための席』
難しい言葉を使わない。
読む人が「何をする席か」をすぐ想像できるようにする。
商人組合は告知に自分たちの名前を載せた。
良心派の代書屋も店の印を押した。
執事連盟は表には出ない。それでも、招待状の回し方と席の作り方で支えてくれた。
味方が増える。
それだけで、噂は勝手に育ちにくくなる。
大勢の目がある場所では、言葉はねじ曲げにくい。
「聞いてない」「言ってない」が通りにくい。
それは、困っている人にとっては安心で、困らせたい人にとっては面倒だ。
会場はラフィア邸の大広間だった。
床はきれいで、装飾は派手すぎない。
けれど広い。人が集まっても窮屈にならない。
広いだけで、人は少し落ち着く。
身動きが取れると、喧嘩が起きにくい。
私は机の上の紙を押さえ、もう一度確認した。
今日のルールだ。
ルールは少なくていい。
少なすぎてもいけない。
誰でも守れて、誰でも説明できる数がいい。
ミーナが紙の束を抱えて小走りに来た。
「お嬢様! 参加の返事が増えてます! 商人さんも、代書屋さんも……えっと、執事さんっぽい人も!」
「執事さんっぽい人?」
「はい。名乗らないんです。でも『席を壊さない動きなら手伝える』って……!」
ミーナの目が輝く。
この子は、こういう「裏で場を守る人」が好きだ。
「それが執事連盟の人だね。名乗らないのが礼儀なんだと思う」
「かっこいい……!」
ミーナが小さく拳を握った。
ラフィアが入ってきた。
今日は動きやすい、でも品のある服。主催者の服だ。
「参加者が多いほど、噂は広がりにくくなります」
ラフィアが淡々と言う。
「大勢が見ていれば、言った言わないが通りにくい。『聞いてない』も言いにくい」
ノエルが頷いた。
「証人が増える。上も下も、同じ場で同じものを見る。それだけで意味がある」
セイランが腕を組んだまま言う。
「意味があるから、邪魔される」
空気が一瞬だけ締まる。
「邪魔されるのも、予定に入れておきましょう」
私が言うと、カイルが短く頷いた。
彼はもう会場の隅々を見ている。入口、廊下、裏口。人の流れが見える位置に立つ。
私は声に出して、ルールを確認した。
「一つ目。飲むのは希望者だけ」
ミーナが頷く。
「無理に勧めない。飲まない人を悪く言わない」
「二つ目。通達は番号で確認する」
ノエルが言葉を継ぐ。
「番号があるものだけ扱う。番号の照会は、ここでできる形にする」
「三つ目。持ち込みは禁止」
ミーナが少し言いにくそうに言った。
「……でも言い方はやわらかく。『席を守るため』って言います」
「そう」
私は頷いた。
「禁止って言うと尖る。守るため、と言う」
ラフィアが小さく微笑む。
「上品な盾になりますね」
盾。
このルールが、盾になる。
誰かを殴るためじゃない。場を守るための盾だ。
ノエルが窓の外を見た。
「敵は混乱を起こしたいはずだ」
「混乱……?」
ミーナが首を傾げる。
「仕組みそのものを危険に見せたい」
ノエルは淡々と言う。
「『こんなことをすると揉める』『危ない』と印象づけたい。だから、わざと事故を起こす」
セイランが低く唸った。
「事故に見せかけた嫌がらせ、ってやつか」
「なら、事故が起きないようにする。起きても広がらないようにする」
私は言った。
「そのためのルールです」
ミーナが深呼吸して手を上げた。
「私、司会をやります!」
「お願い」
私は即答した。
ミーナは場を明るくできる。明るい場は、喧嘩が起きにくい。
ミーナは姿勢を正し、急に丁寧な声になる。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。こちらの席は、誰かを責めるための席ではありません。皆さまが安心して動けるための席です」
私は思わず笑ってしまった。
「すごくいい。もうそれ、最初の挨拶で使って」
「はい!」
ミーナが頷き、すぐに司会の顔になる。
頼もしい。
ノエルが机の上に書類を置いた。
「監査局としても、できる範囲で協力する」
私はノエルを見る。
「上に怒られませんか」
「怒られる」
ノエルは即答した。
その上で続ける。
「だが、公の場での照会対応は仕事だ。仕事として出せば、止めにくい」
仕事。
それがノエルの盾になる。
上に逆らえない範囲で、最大限できること。
セイランが厚めの帳面を取り出した。
表紙は素朴。でも中身は整っている。
「これが登録印影の帳面だ」
ページを開くと、番号と印の写しが並ぶ。
字はきれいで、見やすい。
商人が好きな整い方だ。
「番号が本物かどうか。印の写しが合うかどうか。ここで確認できる」
セイランは言い切った。
「偽造をゼロにはできない。だが割に合わない形にできる。作る手間が増えるほど、売れなくなる」
ラフィアが頷いた。
「現場は“早い安心”が欲しい。なら、こちらが出す」
味方がいる。
同じ方向を向いている。
その実感が、胸の奥を温かくする。
でも同時に、胸の奥の痛みもまだ残っていた。
元令嬢が口を出すな。
あの言葉は、簡単には消えない。
だから私は、言葉で場を作る。
自分の信条を、ここで示す。
私は広間の中央に立った。
まだ客は入っていない。
それでも、準備の人の目がこちらを向く。
それで十分だ。
「今日の席で、私は誰も辱めません」
ミーナが息を呑む。
私は続けた。
「嘘をついた人を見せしめにしない。恥をかかせて勝たない。必要なのは、明日から困らない形です」
ラフィアが小さく頷く。
ノエルも目を細めた。
セイランは一瞬だけ口元を引き締め、そして頷いた。
「その方が強い」
ノエルが小声で言った。
カイルが入口の方を見る。
視線が一段、鋭くなる。
「……来ます」
「客が?」
ミーナが聞くと、カイルは首を振った。
「客だけじゃない。嫌な気配も混じっている」
私は息を吸った。
敵は混乱を起こしたい。
仕組みを危険に見せたい。
なら、こちらは安全に、上品に守る。
その時、裏口からリオが入ってきた。
息を切らしていない。急いでいるのに、走っていない。
危ないことをしない、と決めて動いている歩き方だ。
「お嬢様」
リオは小声で言った。
「外で……小さな札を配ってる人がいました。番号が書いてあります」
私は眉をひそめる。
「番号の札?」
「はい。『これが本物の番号です』って。……でも、配り方が変でした。急がせる言い方で、見せびらかす感じで」
ノエルの目が冷たくなる。
「偽の番号札だな」
セイランが低く唸った。
「番号を逆に武器にする気か」
ミーナが不安そうに私を見る。
「どうしますか……?」
私は答えを決めていた。
ここで揺れたら、場が崩れる。
「同意があるから、守れる」
私は静かに言った。
「ルールに同意して入ってもらう。持ち込みは禁止。番号の確認は、こちらの窓口だけ。外の札は使わない」
ラフィアが頷く。
「上品に、でもはっきりと伝えましょう」
ノエルが息を吐いた。
「敵は焦っている。だから手が雑になる」
カイルが短く言う。
「雑になった手は、止めやすい」
私はミーナを見る。
「司会、頼れる?」
「はい!」
ミーナは背筋を伸ばした。
不安を飲み込み、笑顔を作る。
「皆さまが安心できる席にします!」
扉の向こうから、人の気配が増える。
王都の上流も、下の現場も、同じ扉から入ってくる。
私たちは、準備した。
言葉も、ルールも、窓口も。
そして胸の中で、最後に繰り返す。
同意があるから、守れる。
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