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第24話 商人組合の茶会――噂より先に“確認”を売る

 商人組合の会合は、「茶会」と呼ぶには現実の匂いが強かった。


 茶は出る。菓子も出る。

 でも、最初に出るのは笑顔じゃない。帳簿だ。


 机の上には紙が多い。数字が多い。

 壁には港の許可証の写しや、商隊の旗。

 飾りというより「証拠の見本」。

 ここにいる人たちは、言葉より紙を信じる。


 席に着いた瞬間、視線が集まった。

 疑いの目。値段交渉の時の目。

 歓迎していないわけではない。簡単に信じないだけだ。


 中央に座るのは組合長。五十前後。背は高くない。

 でも目が鋭い。口元は動かないのに、空気だけは動く。


「ラフィア様。よくお越しくださいました」


 組合長は丁寧に礼をした。

 礼は丁寧。でも、油断はしていない。


「本日は……紅茶店の方も一緒だとか」


 その一言で、周りの視線がもう一段強くなる。

 “真実を話させる紅茶”の噂は、商人にとって魅力でもあり危険でもある。


 ラフィアが先に口を開いた。


「本日は、誰かを責めるための席ではありません。皆さまの損を減らすための席です」


 私はラフィアの言葉を受け取って、一礼した。


「リリアと申します。今日は、罰したいのではなく、損を止めたいと思って参りました」


 “罰”で身構え、 “損”で耳が開く。

 その反応が、はっきり見えた。


 組合長が頷く。


「損を止めたい、ね。なら話は早い。最近、偽の通達でどれだけ損をしたか……聞いてもらおう」


 隣の商人が咳払いをして言った。


「うちの倉庫は紙一枚で止まった。荷が入らず、取引先に頭を下げた」


 別の商人が続ける。


「うちは逆だ。偽の紙を信じて動いた。後から『違う』と言われて罰金だ。誰が払う?」


 怒鳴らない。

 でも怒りはある。

 怒りというより、疲れがある。


 組合長が私を見た。


「君は紅茶で真実を引き出せると聞いた。なら犯人を吐かせて終わりにしてくれないか」


 空気が少し尖る。

 簡単な解決を望む空気だ。


 私は首を振った。


「それをすれば、今日ここで気持ちは楽になるかもしれません。でも、明日また別の偽の紙が出ます」


 商人の一人が鼻で笑った。


「公式が遅いからだ」


 別の一人がすぐ乗る。


「照会が遅い。荷は待ってくれない。だから抜け道に手が伸びる」


「公式は役に立たない」


 短い言葉。短いほど本音。


 私は頷いた。


「その通りです。遅い正しさは、現場では負けになります」


 商人たちが少し黙る。

 “分かっている”と認めた側の言葉だから。


 私は続けた。


「だから、正しい側が“待たなくていい確認”を出します」


 組合長が眉を上げる。


「待たなくていい確認?」


「番号です」


 私は言葉を難しくしない。


「通達に番号を付けます。その番号で、ここで本物かどうか確かめられるようにします」


 商人たちの目が揺れる。

 興味が出た目。

 でもすぐ疑いが上に乗る。


「言うのは簡単だ」


「番号なんて偽造される」


「結局、照会が遅いままだろ」


 組合長が手を上げて、部屋を静かにした。


「で、君たちは何を持ってきた」


 私は、言うべき言葉を決めていた。

 夢の話はしない。

 今日できることを言う。


「今日ここで、試していただけます」


 ざわ、と空気が動いた。

 “今日”という言葉は、商人の耳に刺さる。


 ノエルが一歩前へ出て、机の端に小さな札を置いた。

 札には大きく「照会受付」と書いてある。誰でも読める字。


「仮の窓口だ」


 ノエルは淡々と言った。


「番号を言え。通達の写しを出せ。こちらで一致を確認する」


 商人の一人が半笑いで言った。


「一致? どうやって」


 ノエルは小さな紙束を見せた。薄い帳簿のようなものだ。

 番号と、印の写しが並んでいる。


「登録してある。今日は試験運用だ。全部は無理だが、必要な数は用意した」


 組合長がゆっくり頷いた。


「……やってみろ」


 最初に出たのは港の許可証の写しだった。

 商人が紙を出す手が少し震えている。

 損をしてきた手だ。


「番号は、これだ」


 ノエルが番号を読み上げる。

 職員が紙束をめくり、同じ番号を探す。

 見つけた印の写しと、提出された紙の印を照らし合わせる。


 一呼吸。

 二呼吸。


「一致」


 ノエルが言った。


 その一言で、部屋の空気が変わった。

 派手な拍手はない。

 でも視線の硬さが、確かにゆるむ。


「……本物ってことか」


「今ここで確認できた、ってことだな」


 ざわめきが広がる。

 嫌な噂のざわめきじゃない。

 計算の音に近いざわめきだ。


 次に出たのは、怪しい通達の写し。

 紙も印も、それっぽい。

 でも番号がない。


「番号は?」


 ノエルが聞く。


「……ない」


 ノエルは即答した。


「扱わない」


 強いのに、喧嘩にならない。

 理由が簡単で、ルールだからだ。


 私は商人たちに言った。


「これが入口を塞ぐやり方です。番号がない紙は、最初から通しません」


 商人が腕を組む。


「でも番号を付けた偽物が出たら?」


 そこでセイランが前へ出た。

 口を開く前に、少しだけ深呼吸をする。

 この人は怒りがある時ほど、呼吸を整える。


「偽造をゼロにする話じゃない」


 セイランははっきり言った。


「偽造が割に合わない形にする。番号だけじゃなく、登録した印の写しもセットで照らし合わせる。紙の作りも変える。番号の付け方も統一する」


 商人の一人が首を傾げる。


「割に合わない?」


「そうだ。偽の紙を作るのに手間がかかる。金もかかる。なのに番号確認で止まる。そんな商売、続かねぇ」


 その言葉は、商人に一番刺さる。

 商売の言葉だから。


 組合長が指を鳴らした。


「つまり、俺たちが“番号がない紙は扱わない”を徹底すれば、売れなくなる」


「はい」


 私は頷いた。


「そして確認できる番号を、ここで共有できれば、照会の列に並ばなくて済む」


 組合長は周りを見回した。

 疑いが、計算に変わる。

 計算が、納得に変わる。


「組合の掲示板に貼る」


 組合長が言った。


「照会番号を貼る。番号がある通達だけ扱う。番号がない紙は、最初から通さない」


 「賛成」「それがいい」「うちも困ってた」

 短い声が次々上がる。

 誰かを責める声じゃない。明日から困らないための声だ。


 ラフィアが静かに言った。


「組合が動けば、王都全体が動きます」


 ノエルが頷く。


「ここが動けば、偽物は売り場を失う」


 私は組合長に一礼した。


「ありがとうございます。皆さんの合意があれば、この仕組みは早く広がります」


 組合長は薄く笑った。


「礼はいい。俺たちは損を止めたいだけだ」


 その言葉が、商人らしくて好きだった。


 その時、窓の外の通路に、ふっと人影が見えた。

 遠い。

 でも鼻の奥に薄い香りが引っかかる。


 香水。

 強くないのに、嫌に残る匂い。


 カイルの視線がそちらへ動いた。

 立ち上がらない。騒がない。

 ただ目だけで追う。


 人影は一度こちらを見て、すぐ背を向けた。

 歩き方が速い。

 焦っている歩き方だ。


 組合長が机を軽く叩いた。


「明日から、偽物が売れなくなるぞ」


 私は最後に、短く言った。


「噂より早いのは、確認だ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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