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第20話 王都の大茶会――上品な席で、上品に詰める

 王都の空は高い。雲が薄い。

 それなのに、胸の奥は重かった。


 今日の席は――香りを楽しむ席だ。

 その建付けで、噂の蛇口を締める。


 ラフィアの屋敷は門の前からすでに“茶会”だった。

 石畳は磨かれ、花は風の通り道に沿って配置され、余計な物が紛れ込みにくい導線になっている。

 きれいなものは、守るために整える。

 飾りではない。盾だ。


 玄関へ向かう途中、ミーナが小声で言った。


「……緊張します」


「緊張していい。歩幅だけ崩さなければ」


「はい。歩幅は崩しません」


 その返事に、私の心臓も少し落ち着く。

 怖いのに崩れない。そういう人は、場を守れる。


 カイルは入口から見えない位置で人の流れを見ていた。

 視線が動く前に気配が動く。その“早さ”が頼もしい。


 セイランは薄い箱を抱え、眉間に皺を寄せる。


「こういう席、胃が痛ぇ」


「胃が痛いなら、正しい」


 私が言うと、セイランは鼻で笑った。


「正しいのに胃が痛い世の中、嫌いだな」


「同意」


 ノエルが短く返した。

 今日は監査局の顔を隠さない。それでも、出すのは最後。最初は“茶会”を守る。


 玄関でラフィアが私たちを迎えた。

 装いは完璧で、微笑みは柔らかいのに、空気を握る強さがある。


「本日はお越しくださり、ありがとうございます。リリア様」


 私は一礼した。


「こちらこそ。席を“預かる”気持ちで参りました」


 ラフィアの目がわずかに細くなる。

 招かれる側の言葉ではない。招く側の言葉だ。

 今日の勝ち方は、ここから始まっている。


「建付けは香りを楽しむ会です」


 ラフィアは私にだけ聞こえる声で言った。


「誰かを裁く会ではありません。だから“暴いて”と迫られても応じないでください」


 私は頷く。


「香りの時間を守ります」


「守りましょう。――上品に」


 上品に。

 弱くすることじゃない。

 上品にやるほど、逃げ道は細くなる。


 *


 庭の中央に白い天幕が張られ、長いテーブルが整然と並んでいた。

 銀のポット、薄いカップ、菓子皿。光りすぎない。

 光りすぎないものは、異物が目立つ。


 集まったのは貴族、商人、名のある職人。

 声は小さい。笑いも控えめ。

 控えめなのに、視線だけは鋭い。


 ミーナは“ルール札”を持っている。白地に黒文字。読みやすく、角がない文面。


「本日は香りを楽しむ会です。ご希望の方のみ、お茶をお召し上がりください」

「お飲みになる前に、一言だけ確認をお願いいたします」

「持ち込みはご遠慮ください。――席を守るためです」


 “希望者のみ”。

 押しつけない礼儀。

 押しつけないからこそ、拒否しにくい。


 ラフィアが皆の前で、柔らかく宣言する。


「本日は香りを楽しむ会です。皆さまに穏やかな時間を」


 拍手は控えめだが、揃っていた。

 揃った拍手は、席がひとつになった証拠。


 給仕が始まる。

 カップが並び、ポットが回る。

 香りが広がる。


 ――その瞬間だった。


 空気が一度だけ、すべるように変わった。

 誰かが“席に乗った”。


 ラフィアの視線が一瞬動き、私も同じ方向を見る。


 紹介人。


 顔がいい。服が良い。笑顔が自然で、言葉が綺麗そうだと分かる口元。

 その“良さ”が、嫌だった。

 良いものほど疑うのが遅れるから。


「ラフィア様。素晴らしい席を」


 紹介人は深く礼をした。角度が正しい。正しすぎる。


「本日はお招きいただき光栄です」


「ようこそ」


 ラフィアは笑う。笑い返す。

 その笑いの中に剣が隠れている。


 紹介人の視線が私に滑る。


「初めてお目にかかります。……噂の紅茶店主様ですね」


 噂。

 この席に“噂”を持ち込む言い方。


 私は微笑みだけで返した。

 言葉を返すと噂に形ができる。形ができると、広がる。


 紹介人は歩きながら話し始めた。

 歩きながら話す人は、反論の姿勢を作らせない。


「王都は忙しい」


 誰も否定できない言葉から入る。


「通達は大切です。ですが遅い。確認は必要でも、人は待てない」


 周囲の頷きが見える。

 嫌だ。正しいことを言っている。


「だから先に“動ける紙”があると助かる」


 助かる。便利。善意の顔。


「皆さまの安心のために。損を減らすために」


 その言葉は柔らかい。

 柔らかいから否定しにくい。

 否定すれば、こちらが冷たい人間になる。


 私は呼吸を整える。

 怒りは出さない。怒りは噂の燃料だ。


 *


 その裏で、“混ぜる”動きが始まっていた。


 給仕の列の影で、トレイがひとつ、通常と違う位置へ移る。

 厨房へ向かう小道。封筒の角。指先の速さ。


 香水の匂いが薄く漂った。

 同じ匂い。制服の匂い。


 カイルは派手に止めない。腕も掴まない。

 ただ、進路に“自然に”立つ。


「こちらは通れません」


 声が低い。短い。

 それだけで、通れない。


 給仕役の男が笑う。


「失礼。間違えました」


 笑いながら引く。引き方が上手い。慣れている証拠。


 カイルは追わない。追えば騒ぎになる。

 騒ぎになれば、席が壊れる。

 席を守るのが、今日の勝ち方だ。


 *


 木陰の外で、リオが“見る役”をしていた。


 見るのは二つ。

 時間。

 動線。


 戻るはずのトレイが戻らない。

 代わりに、別のトレイが出てくる。

 “その一つ”が、ずれている。


 近づきたくなる衝動を飲み込む。

 飲み込むのは弱さじゃない。守る強さだ。


 決めた通りに、合図を出す。

 柱の目立たない位置に、小さな印。


 それをミーナが見つけた。

 顔色を変えず、私の耳元へ来る。


「お嬢様。……時間がずれています」


 喧嘩にならない伝え方。

 犯人を言わない。断定をしない。事実だけ置く。


「どのくらい?」


「三つ分です。戻るはずのトレイが戻っていません」


 私は同じ言葉で、執事へ渡す。


「給仕の流れが少し変わったようです。確認をお願いできますか」


 執事は一礼し、周囲を乱さない速度で動いた。

 “騒がずに確認する”が、席を守る。


 *


 紹介人はまだ、善意の言葉で席を包んでいる。


「不安を減らすために、皆さまが動ける紙を――」


 私はその言葉を最後まで聞かない。

 聞くほど、こちらが引きずられる。


 私は、準備した“見せ方”へ移った。


 セイランが薄い箱を開ける。

 中には一枚の紙と透明板。欠けの形を見せるための資料。


 上流の席では長い説明は嫌われる。

 一目で分かる形が必要だ。


 セイランは不器用に、でも真面目に言った。


「この欠けは、偶然じゃねぇ」


 透明板を紙に重ねる。

 欠けの曲線が、ぴたりと合う。


 合いすぎて、逆に怖い。


「同じ欠けが出るのは、同じ型を使ってるからだ。ここまで揃えるには道具が要る」


 場が静かになった。

 静かになったのは、理解が進んだからだ。


 紹介人が柔らかく笑って口を挟む。


「なるほど。ですが皆さま、心配しすぎる必要はありません」


 心配する側を過剰に見せる言い方。

 善意の皮で、疑いを恥にする。


「私は皆さまの安心のために――」


 私は一歩だけ前へ出た。

 笑顔のまま。声は大きくしない。


「安心のためなら、確認しましょう」


 紹介人の言葉が一瞬止まる。

 “確認”は正論だから止まる。


 私は怒鳴らない。

 逃げ道のない質問を、丁寧に置く。


「その通達、照会先はどこですか?」


 紹介人は微笑みを保つ。


「照会は時間が――」


「今ここで、できますか?」


 上品に詰める。

 上品に詰めると、席は壊れない。

 壊れないまま、逃げ道だけが消える。


 紹介人は言い換えに逃げる。


「皆さまの安心のために、まずは動ける形を――」


「安心のためなら、確認が必要です」


 私は言葉を“確認”へ戻す。


「照会先があるなら、今ここで示せます。示せないなら、通達として扱えません」


 周囲の頷きが、小さく揃っていく。

 上流の同意は派手に出ない。派手に出ないから、決定的だ。


 紹介人の笑みが僅かに硬くなる。


「……リリア様は、慎重なのですね」


 褒め言葉の形をした皮肉。


「慎重は、席を守ります」


 私が返すと、ラフィアが微笑んだ。味方の微笑み。


 ノエルが、ここで一歩前へ出る。


「監査局として照会する」


 声は大きくない。

 でも空気が変わる。“正式”が席に乗る。


「照会先の不一致。印影の矛盾。運びの証言。揃っている」


 紹介人が笑みを作り直す。


「事情があるのです。皆さまの――」


「事情は、事情聴取で聞く」


 ノエルは淡々と切った。


「ここで争う必要はない。席を壊さない」


 連行ではない。

 “事情聴取”。

 上品な言葉で、上品に止める。


 紹介人の目が、初めて揺れた。

 善意の顔のままでは逃げられない。


 紹介人はゆっくり立ち上がり、深々と礼をした。


「……承知しました」


 負けの言い方に聞こえないのが、この男の怖さ。

 けれど、席が守られたことの方が大事だ。


 ラフィアが前へ出た。


「本日の席は守られました」


 声は凛として、角がない。


「皆さま。香りを楽しむ時間を続けましょう」


 拍手が起こった。

 控えめで、整った拍手。

 騒ぎにならないから、勝ちが美しい。


 私は息を吐いた。

 香りの時間を守れた。

 それが今日の勝利だ。


 *


 天幕の外へ出ると、風が少し冷たい。


 紹介人は歩きながら、私にだけ聞こえる声で囁いた。


「本当の依頼主は、もっと上です」


 悔しさではなく告げ口に近い。

 自分だけで背負う気はない――そう言っている。


 そして、紹介人の指が袖の内側へ触れた。

 ちらりと見えたのは、別の紋章。


 さっきの札とは違う形。

 もっと古く、もっと重い形。


 私はその形を、目に焼き付けた。


 噂の鎖は、まだ一番上が残っている。


 私は胸の奥で言葉を整え、静かに息を吸った。


「噂の鎖は、まだ一番上が残っている」


「風の冷たさより先に、あの香水が――遠くで笑った気がした。」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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