2:恋人(仮)のルールを設けます
『昼過ぎに◯◯駅の前で待ってて』
次の日。朝8時に颯人から届いたLINE。
あの後、颯人が酔っ払った私をタクシーで家まで送ってくれた所までは覚えているけど、その後の記憶が完全に飛んでいる。目が覚めたらベッドの中にいた。
服はそのままだけど、コートと鞄はクローゼットに閉まってあって、テーブルには颯人が置いていったのであろう二日酔いに効く薬とミネラルウォーターのペットボトルがある。
幼馴染みというより、もはやオカンだ。
『俺と付き合うか?』
記憶は曖昧だけど、この言葉だけは鮮明に覚えている。
あの颯人から告白された。幼馴染みの颯人から…。
昔は引っ込み思案で泣き虫で私にベッタリついていて、大人になってからは図体デカくなってそこそこ男前になって、仕事出来て優男だけど女の影が全然なかったあの颯人が、私のことを………
…………
………………………
………………………………ってあれ?
確かあの時颯人、『付き合う』って言ったけど『好き』とは言ってなかったか?
……ってことは、『好きではないが、付き合いたい』ってことか…?
要するに、私が何度も振られて可哀想だから自分が付き合ってあげるって感じなのか…?
……まぁ、優しい颯人らしい考えだな…。
さっきまであんなに思考がぐるぐる回っていたのに、私は一気に冷静になった。
とりあえず約束の時間に間に合うように支度するか。まずシャワー浴びないと。
私は気怠い体を起こしてお風呂場に向かった。
昼過ぎ。◯◯駅前。
約束の時間の少し前に来たけど、颯人はまだいない。
私は駅の入り口のすりガラスに映る自分をチェックした。
白のニットワンピースにベージュのコート。靴は茶色のロングブーツ。化粧もフルメイクでバッチリキメている。
ちょっと気合い入れ過ぎたかなぁ…?
普段シンプルなパンツスタイルが多くて、化粧も最低限しかしない。今まで付き合った彼氏にさえこんなにめかし込んだことはない。ちょっとだけ恥ずかしくなってきた。
しばらくして、駅前の横断歩道から颯人が走ってくるのが見えた。
黒のタートルネックに細身のズボン。グレーチェックのロングコートにこげ茶の革靴。癖っ毛の髪はワックスでお洒落にキメている。
遠目で見たら、まるでファッションモデルみたいだ。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、私も今来たところだよ」
息を切らして来た颯人は呼吸を整えて落ち着くと、急に私を見てボーッとする。
「どうしたの?」
不思議になって聞くと、颯人はハッとなって目を逸らしたかと思うと、
「……今日、なんか…いつもの違って…可愛いなぁ……」
ほんの少し顔と耳を赤くして小さい声でそう言った。そう言われると、私まで赤くなりそうだ。今まで付き合った彼氏にすらそんなこと言われたことなかったのに…。
「と、とりあえず、一緒に来て欲しい所があるから、案内するよ」
颯人はそういうと、遠くを指差して歩き出した。私は行き先もわからないまま、颯人についていくしかなかった。
駅から歩いて10分。着いた場所は住宅街の中にある1軒のマンション。茶色のレンガ壁が特徴的な見た感じ新しそうだ。
「ここは俺が所有しているマンションなんだ」
そういうと颯人はオートロックを解除してマンションに入った。
そういえば、前に不動産投資してるって言ってたな。
エレベーターで最上階まで上がると、私達は突き当たり奥の部屋に入った。表札には『月島』と書かれてある。
部屋は広く2LDKほど、家具は備え付けらしい。
「コーヒー入れるから、ちょっと待ってて」
リビングに入ると、颯人はキッチンでエスプレッソマシンでコーヒーを入れている。その間私はソファーに座って部屋の中を見渡した。
備え付けの棚やテレビ台の上には、颯人が持ち込んだであろう本や小物が置いてある。颯人は昔から色んな趣味に手を出す癖がある。この間新しく始めた趣味のために新調したと言っていた一眼レフカメラが棚の真ん中にある。
マグカップを2つ持ってきた颯人が、1つのカップを私に手渡すと、隣りに座った。
私がコーヒーを一口飲むと、颯人が1枚の紙を見せてきた。
「なにこれ?」
私はカップをテーブルに置くと、渡された紙をじっと見た。紙の上部分には『休日限定交際のルール』と、その下にはいくつかのルール事項が書かれてあった。
「ルールって…そんなに大事かな…?」
私は首を傾げた。
「そう。俺達がするのは『普通の交際』じゃない、『休日限定の交際』だ。ただやみくもに付き合うより、ある程度ルールがあった方が瑠衣も立ち回りやすいだろ」
颯人の言う事も一理あると思い、私はルール事項を1つずつ見ていった。
『1、平日は基本お互い干渉しない』
『2、金曜の夜〜日曜の夕方までは一緒にマンション
で過ごす』
『3、休日の過ごし方は相談して決める』
『4、周りには自分達が付き合っていることを公言す
る』
ルール事項を全て確認した後、私はしばらく考え込んだ。
平日は干渉しない……?
休日だけ一緒に過ごす…?
しばらく沈黙が続く。口火を切ったのは颯人だった。
「やっぱり、こんな曖昧な関係は嫌だよなぁ。瑠衣、この話はなかったことにし」
「全然アリだよ!!!」
颯人が言いかけた言葉を塞ぐように、私はクソデカボイスを上げていた。
すごいすごいすごい。
何この好条件、画期的過ぎる!!!
「いいね、やろうよ『休日限定交際』。平日は仕事や推し活に集中して、土日だけカップルとして過ごす。付き合いながら推し活も出来るなんて最高だよ!これなら会社のお局達に『推し活ばっかりしてたら、彼氏なんて出来ないよ』なんて影で言われなくて済むよ!さすが颯人、天才だよ!!」
私は嬉しくて颯人の背中をバシバシ叩いていた。颯人は私の活気に圧倒されたか、メガネがズレていた。
「……本当にいいの?…その…俺と…つ、付き合うって…」
颯人はメガネを直しながら、ボソボソと言っている。私は全然OKなのに。
「いいに決まってるじゃん!颯人いい奴だから」
「いい奴…かぁ…俺は…」
「あっ!!もうこんな時間!?やばい、私帰らないと」
私は部屋に飾ってある時計を見て焦った。時間は3時前、今日の夕方『かんさい男子』のバラエティー番組の再放送があるのだ。
「じゃあ、私これで帰るね。…はい」
私は帰り支度をして立ち上がると、自分の手のひらを颯人に差し出した。
「えっ…?」
颯人は私の行動がわかってないようで、首を傾げて言った。
「これからよろしくって意味の握手、だよ」
私がそういうと納得したのか、私の手をぐっと握った。
自分より一回り大きくて、自分より高い体温。久しぶりの、男の手だった。でも、そんな余韻に浸るまもないまま、すぐに手を離した。
「じゃあ、また金曜日にね。バイバイ」
私は颯人にVサインをして、上機嫌で帰る。
颯人が顔を赤くしているなんて知らないまま…。
そうして私達は翌週から、平日は自分の生活を中心に生き、金曜の18時から『恋人(仮)』の共同生活を送り、現在に至るという…。




