番外編2:君と推し活
瑠衣の様子が変だ。
どう変かと言うと…なんと言うか、抜け殻のようにボーッとしている。
「チヒロ君が…引退…?」
チヒロ君…?あぁ、瑠衣が推しているアイドルのことか。
ピロンッ
俺のスマホの着信音がした。スマホを開くとネットニュースの速報が届いていた。
『かんさい男子メンバー 芸能界引退』
もうこの話で何度も出てきたと思うが『かんさい男子』とは、今瑠衣が推しているアイドルグループのことで、メンバーのチヒロという子が突然芸能界を引退するという内容だった。
ニュース情報によると、チヒロがファンの女の子とラブホテルに入るところを写真に撮られ、その後の調べで過去に複数人のファンといかがわしい関係をしていたらしい。
突然の推しの引退に呆然とする瑠衣。文字どおり真っ白になっている。無理もない。チヒロという子は、瑠衣が1番推していたアイドルだったから。
俺はどう声を掛けていいかわからなかった。
「ごめん…今日はもう帰る」
そういうと瑠衣は荷物をまとめて帰ってしまい、結局そのまま解散となった。
それから3日後の水曜日の昼下がり。俺のスマホに知らない番号が掛かってきた。電話に出ると、瑠衣の職場の先輩だという戸田さんって人からだった。
「風邪?瑠衣がですか…」
『そうなの。それで悪いんだけど、颯人君にお見舞いに行って欲しいんだ』
「構いませんが…戸田さんはどうして僕の電話番号を?」
『瑠衣が教えてくれたの。2人、休日だけ恋人なんだってね。瑠衣から聞いたよ』
「まぁ、そういうことにはなってます…」
『私は他人の色恋沙汰には興味ないけど、ぶっちゃけ颯人君って瑠衣のこと』
「要件は以上でしょうか?」
『はいはい。じゃあ、瑠衣によろしくね』
プッ…ツーツーツー
……バレてないよな、俺の気持ち…。
そう願いつつ、仕事が終わるまで気が気でなかった…。
仕事が終わり、俺はその足で瑠衣が住んでるアパートに向かった。さっき戸田さんから聞いた住所を便りに、途中コンビニで瑠衣の好きな物を買って見舞いに行く。
瑠衣が住んでいるアパートは、二階建てのごく普通の造りだ。新しい感じでもないが、決してボロい感じでもない。
俺が住んでいるマンションに比べたら安っぽいが、生活費のほとんどを推し活に使う瑠衣にとって住居は二の次なんだろうと思う。
ピンポーン…
……出ない。寝ているかもしれない。
ドアノブに手をかけると、簡単にドアが開いてしまった。
一応女なんだから、用心のために鍵かけた方がいいぞ、瑠衣…
「瑠衣ー。入るぞー」
瑠衣の不用心さに呆れながらも、中にいる病人に声をかける。
返事はないが、微かに気配は感じる。俺は靴を脱いで家にあがった。
「瑠衣ー」
俺ん家よりはるかに狭いキッチンを抜けて、寝室であろう奥の部屋に入ると、ベッドの上に肉まん…じゃなかった肉まんみたいに掛け布団が膨らんでいた。
「…颯…人…?」
瑠衣が布団の中から顔を出した。ほんの少しの隙間しか見えないが、顔が赤く染まっていた。声もいつもより掠れている。見るからに弱っている瑠衣に、いつも近くにいた俺もびっくりする。
それより俺が1番びっくりしたのが、部屋が殺風景だった。
いつもならある推しのグッズが跡形もなく消えていて、テーブルやテレビ、本棚といった最低限の家具しかなかった。
「またグッズ手放したのか?」
「うん…。あると嫌なこと思い出すから…全部フリマで売ったんだ…」
そう。瑠衣は推しに何かしらスキャンダルが起こると、こういった症状や行動に出ることがある。それも1度や2度ではない。
高校生の時好きだったアーティストが結婚した時、大学生の時推してた声優がスキャンダルで活動休止した時、大好きだったアニメの推しキャラクターが物語中盤で死んだ時等…。あげてたらキリがないくらいだ。
「…まぁ、とりあえずゆっくり休んで風邪治すんだな。お前の先輩も心配してだぞ」
「まりか先輩が…?」
「あぁ。これコンビニで買ったのだけど、食べるか?」
俺はテーブルの上にレトルトのお粥やゼリー、ヨーグルトを置いたが、瑠衣は不満そうな顔をする。
「どうした?」
「…の、」
「ん?」
良く聞き取れなかったから、瑠衣の顔の横まで近づいた。
「颯…人の…お粥…食べたい」
どうやら俺が作ったのが食べたかったらしい。ちょっと噴き出してしまった。それに怒ったのか、瑠衣が布団から腕を出して肩パンしてくる。
「わかったわかった。今作るから、待ってろ」
そう言うと大人しくなった瑠衣は、再び布団の中に潜り込んだ。
とはいえ思ったより元気そうな瑠衣にとりあえず安心して、俺はお粥を作ることにした…。
2日後の金曜日夕方。瑠衣から連絡があった。
どうやら風邪は治ったらしく、これからいつものマンションに来るらしい。俺は病み上がりだから無理するなと断ったが、頑固な瑠衣は頑なに行くと言うので、しぶしぶ了解した。
仕事終わり。そのままマンションに行き、瑠衣が来る前に夕飯を作ることにした。
今日は瑠衣が元気になったことだし、瑠衣の好きな物全部作ることにした。
サーモンの握り寿司、チーズ入りハンバーグ、1番好きなバター醤油味の焼き鮭、ミネストローネ、デザートにコンビニで買ったチョコミルクレープ。
奮発したし時間も掛かったけど、瑠衣が喜ぶならと充足感でいっぱいだった。
しばらくして、玄関の鍵を開ける音がした。瑠衣が来たようだ。
「よっ。一昨日はありがとう、颯人」
2日前はあんなにグッタリしてたとは思えないくらい元気に挨拶をする瑠衣。なにはともあれ、元気になって良かったと俺は安心した。
ふと、瑠衣の手元を見ると大きな紙袋を下げていた。俺はもしやと思ったが、念のため瑠衣に聞いてみた。
「瑠衣…その袋って」
「あぁ、これね!最近デビューしたばかりのアイドルグループでね、『SNOW's』っていうんだ!これデビュー記念のDVD(特装版)なんだ!ちなみに推しはこの子、サツキ君っていうの。小動物系の可愛い子なんだ。あ、あとリーダーのフユトも格好良くてね!あ〜でもクール系のリクも捨てがたいんだよな〜!」
まるで水を得た魚のように、推しトークが止まらない瑠衣。
そう。瑠衣は一時期冷める時もあるが、またすぐに新しい推しを見つける習性があるのだ。要するに熱しやすく冷めやすいタイプなのだ。でも…
「まぁ、とりあえず荷物置いてご飯食べようぜ。今日は瑠衣の回復祝いにご馳走作ったから、その後DVD見ようか」
「本当!?…うわっすごい!全部颯人作ったの!?美味しそう、早く食べよっ!」
「…あぁ」
それでも俺は…好きなことを楽しんでいる瑠衣が、大好きだ…。




