14:恋人(仮)がいない週末
金曜日夕方。
「ただいま…」
仕事が終わり、土日分の買い物をして家に着く。でも私が帰ってきたのは、週末颯人と過ごすマンションではなく、いつもの自分の家であるアパートだ。
部屋の明かりをつけて、買い物袋や鞄を床に置いてベッドにダイブする。週末にこの部屋で過ごすのは久しぶりだ。
「颯人…仕事頑張ってるかなぁ…」
遡ること2日前の夜。部屋でくつろいでいたら、颯人から電話があった。
「出張!北海道に!?」
『そ。北海道にある親会社と打ち合わせを兼ねて懇親会をやることになってな。金曜から出張で日曜帰る予定なんだ』
「そっかぁ。じゃあ今週は『休日交際』はなしだね」
『そうだな。まぁ、夜は暇だから電話くらいは出来るけどな。寂しかったら、電話してもいいんだぞ』
「寂しいわけないじゃん!子供じゃあるまいし。今週は推し活を存分に楽しんで過ごすから」
『ハハッ。瑠衣は相変わらずだな。お土産買ってくるから。じゃあな』
「わかった。じゃあね」
そう言って電話を切ると、スマホをテーブルに置いてベッドに寝っ転がる。
さっきまであんなに大見栄切っていたのだが、正直寂しくないと言ったら嘘ではない。週末は颯人と過ごすのが当たり前になってたからかもしれないが、今週どう過ごしていいのかわからないのだ。
『休日交際』を始める前は、1人でグッズを買いに行ったり家でライブDVDを見たりして週末を過ごしていた。でも『休日交際』を始めてから、週末は普通のカップルのように出かけたりお泊りしたりの過ごし方だった。急に颯人がいない週末をどう過ごしていいのやら……
…って何ウジウジしてんだ私!颯人がいないなら、今までみたいに推し活して週末過ごせばいいだけじゃない。たった今週会えないくらいどうってことないよ!
そうして今現在に至る――
「よしっ!今日は夜更かししよ!まずはご飯食べてシャワー浴びたら朝まで『かんさい男子』のライブDVD見放題だ」
そうと決まったら仕事用の服から部屋着に着替え、夕食の準備に取り掛かる。といっても、さっきコンビニで買ってきたナポリタンとフライドチキンをレンジで温めるだけなんだよね…。
「いただきます」
今日の夕食はコンビニで買ったナポリタンとフライドチキン、ポテトサラダと晩酌用に『ほろよい』のピーチ味。
テレビを付けて、毎日欠かさず見ている『かんさい男子』のYouTubeを見ながらナポリタンを一口。
………なんか、イマイチだ。
このナポリタン、凄く美味しくて前までほぼ毎日食べてたくらいなのに。颯人が作ったナポリタンの味を知ってからあまり食べなくなったなぁ……って何でこんな時に颯人のこと考えてるのよ!
今週は『休日交際』はないから、自分のために時間を使わないと勿体ない。
気を取り直してYouTubeを見る。『かんさい男子』のメンバー達が今SNSでバズっているスイーツのランキングを当てる企画をやっている。
このスイーツ美味しそうだなぁ…。来週颯人と一緒に食べに行こうかな。でも今バズってるから店混んでるよな…。それか颯人にお願いすれば作ってくれるかな………ってまた私はっ!!
だから今は颯人のことなんて考えなくていいのに!!せっかくのリラックスタイムなのに全然集中出来ない!
私はテレビを消し、チヒロ君の抱き枕にダイブする。
最近おかしいよ、私。
颯人と『休日交際』する前、休みの日は趣味の推し活ばっかり考えてた。それは彼氏がいる時もそうだった。
私の人生の優先順位は『推し活』1番、『彼氏』2番って感じだったのに、ここ最近何をしていても頭の片隅に必ず颯人のことがよぎる。今までの彼氏といた時ですら、こんなことなかったのに。
私、どうしちゃったんだろう…。
今日は推し活に身が入らなくて、抱き枕を抱いたまま寝落ちした。
土曜日の朝。起きたらちょっとした違和感を感じた。この違和感の正体は……?
………あ、そっか。今日は自分の部屋で寝たんだ。
土日は颯人のマンションで過ごしていたから、寝室がいつもと違うことに対する違和感だった。『休日交際』が習慣化した故の弊害だ。
朝ご飯はトーストにイチゴジャム、少し焦げた目玉焼きにウィンナーと牛乳のスタンダードなメニュー。朝の情報番組を見ながら、黙々と食べる。テレビでは『休日におすすめ!今人気のデートスポット』という特集が放送されている。
…ここ駅前だから近いなぁ。今度の休みに颯人と行こうかな…あぁでも、この間新しく出来たカフェ行く約束したっけ。フレンチトーストすごい美味しそうだったからって颯人予約してくれたっけ………ってあああ、まただ!何回目だよ、この一人ツッコミ!
土曜日の朝はいつも朝ご飯食べながら情報番組の特集見て出かける所決めてたんだよな。またその癖が出てしまった…。
……なんか調子狂うなぁ…。
私は残りの朝ご飯をちゃちゃっと食べ終わると、着替えてある場所に出かけた。
「ん~~!やっぱりここが落ち着くなぁ」
今私がいるのは、土日『休日交際』で泊まる颯人のもうひとつのマンション。荷物を床に置いて、ソファーに寝っ転がって伸びをする。
始めは颯人の私物しかなかったこの部屋も、『休日交際』で過ごすうちに私の物がどんどん増えていった。クローゼットの中の服や下着、キッチンの食器類、洗面所の歯ブラシやスキンケア用品などなど。
はたから見たら同棲カップルなんだろうけど、実際はそうではない。
平日はただの幼馴染みとしてお互いの生活に干渉せず、休日だけカップルとして振る舞う『形だけ』のカップルだ。
それでもこの部屋には、颯人と過ごした思い出が沢山詰まっている。
料理した時に付いた壁のシミ、颯人のカメラを落とした時に出来た床の傷、備え付け家具のホコリ――
それらひとつひとつが、颯人と『恋人』として過ごしてきた証になっているんだ。この関係が終わったら、もうこの部屋に来ることは無くなるだろう。いつまでも続くわけじゃない関係だから……
「よしっ!やるか!」
私は腕捲りをして、行動を開始した――
次の日の昼過ぎ。私はスマホの時計を見ながらソワソワしていた。だってもうすぐしたら――
ガチャッ
「ただいまー」
「おかえり、颯人」
颯人が出張から帰ってきた。
実は昨日の夜颯人に何時に帰るかLINEで聞き、昼過ぎに帰るという返事が来たから、私は更にこう返した。
『こっち帰ってきたら、もうひとつのマンションに来て』と。
「急にどうしたんだ?瑠衣からこっちのマンションに来いなんて…」
「うん、ちょっとね。ごめんね、出張で疲れてるのに」
「平気だよ。ついでに北海道のお土産渡したかったし」
「わぁーありがとう!…そうだ、ちょっとキッチン来て欲しいんだけど」
颯人から北海道土産を受け取ると、私は颯人の手を引く。
理由がわからないで困っている颯人を連れてキッチンに入ると、颯人は目を丸くした。
「えっ……これって…」
颯人が驚くのも無理はない。
テーブルの上には、ナポリタンにポテトサラダ、コンソメスープにフルーツ入りのヨーグルト、どれも2人分用意されていたからだ。
しかも出来合いのものではなくて、ちゃんと手作りしたものだ。
「これ…全部瑠衣が作ったの?」
「そうだよ。まぁ、颯人の料理に比べたら大したことないけど…」
実は颯人を驚かせようと、手料理を作ろうと考えていたのだ。
昨日から簡単に出来る料理を調べて、スマホの料理サイトで簡単に作れるレシピを探した。そして今日の午前中に買い出しをして、料理を作って無事完成することが出来た。
ちょっと指切ったりもして、手が絆創膏だらけだけど…ね。
「…でもどうしたんだよ、瑠衣が急に料理なんて。まぁ、作ってくれるのは有り難いけど」
颯人が不思議そうにテーブルに並んだ料理を見ている。私は颯人の前に立った。
「私、颯人と休日過ごす生活をしていて気づいたんだ。颯人、仕事で忙しいのにこっちで私のために料理作ったり、私のために色んな所に連れてってくれたり。でも、私は颯人に何もしてあげてなかった。颯人の優しさに甘んじて、颯人にしてもらってばかりだった。それじゃ駄目だって思ったの。この生活は、私と颯人2人で楽しめなきゃ意味がないって。だから、私も颯人のために何かしてあげたい。料理でも掃除でも、何でもいいからしてあげたいって」
私は真っ直ぐに颯人に自分の想いを告げた。
私は気づいてなかった。この生活は私だけのためにあるんじゃない、私と颯人2人のためにあるんだって。
「それが……恋人なんだって……今は…だけど…」
自分でもこんな恥ずかしいことを言っているのはわかっている。でもどうしても伝えたかった。
今まで私は自分が楽しく生きることしか考えてなかった。彼氏よりも自分が何がしたいか、何が楽しいか。それが優先順位になってて、相手のことはおざなりになっていた。
そして振られても『相手が悪い』『自分のこと何にもわかってない』って、元カレのせいにしてばっかりだった。
でも、わかってないのは自分自身だった。自分と同じくらい彼氏のことを大事にしようって考えすらなかった。
それじゃ駄目だって気づけたのは、颯人のおかげだ。いつも側にいて当たり前と思っていた颯人が居なくて、やっと気づけたんだ。
私は恥ずかしさで顔が真っ赤になっているのを手で隠すが、颯人がそれを阻止した。颯人は絆創膏だらけの私の両手を握る。
「それで頑張って料理作ってくれたの?こんなに指怪我してまで?」
颯人の顔が目と鼻の先まで近くにある。ますます顔が赤くなってコクッと縦に頷く。
颯人の手が私から離れると、右手で私の髪を撫でた。
「嬉しいよ。瑠衣が俺のためにそこまでしてくれるなんて…明日嵐にでもなるのかな?」
「…人が頑張って恥ずいこと言った努力返して欲しいわ」
「悪い悪い。せっかくここまでしてくれたから、来週は何でもするな。瑠衣の好きなもの作るし、行きたい所連れてってやるよ」
「…じゃあ、一緒に『かんさい男子』のデビュー5周年イベント付き合って」
「わかった、とことん付き合ってやるよ。さ、せっかく作ってくれたから食べようか」
「うんっ!」
結局推し活に使う時間はほとんどなかったけど、罪悪感はない。
誰かのために時間を割いたり頑張ったりするのがこんなに楽しいなんて初めてだった。
それを教えてくれたのは、やっぱり颯人だった。
もし本当にこの関係が終わる時が来たとしても、私は後悔しない。この関係で私の生活はいい意味で変わったから。だから、私は颯人に感謝してこの関係を終わることが出来ると思う。それまでは、今の関係を存分に楽しめたらいいなぁ…。
「あー美味しかった♪」
「お粗末さま」
「瑠衣、この後どうする?」
「うーん、どうしよう…。あ、『かんさい男子』のYouTubeまだ見てな」
ピコンッ
突然の通知音。スマホを開くとネットニュースの速報が流れた。
「えっ…?」
「どうした、瑠衣?」
「チヒロ君が……引退…?」
頭が真っ白になった…。




