9:恋人(仮)の怒りと涙
『お前本当に女っ気ないな』
『推し活に金ばっかり使って、お前と将来なんか考えられないよ』
『俺と推し活どっちが大事なんだよ!』
今まで付き合った彼氏にそう言われて別れたことは数知れず。
自分でいうのも何だけど、そこそこモテる方だと思う。
最初の彼氏は中学2年の夏。1つ上の先輩だった。この頃はまだ推し活というほど熱中することはなく、アニメや漫画好きの普通の中学生だった。初めての彼氏に私は毎日幸せだった。
しかし、そんな幸せは彼氏の浮気が原因であっという間に終わった。悲しくて悔しくて、立ち直れないほどショックだった。
それからしばらくは、颯人以外の男子と接するのを避けていた。もうあんな風に傷つくのはごめんだった。
そんな時に出会ったのが推し活だ。その時ハマったのは好きなアニメのイケメンキャラクターだった。
大好きなキャラクターのグッズに囲まれて、大好きなキャラクターのDVDを見て、大好きなキャラクターのことを考える。その時間が傷ついた心を癒やしてくれて、私はまた前を向くことができた。
それから私の推し活人生が始まった。その時の流行りによって推しが増えたり変わったりしたが、何かを推さない日はなかった。もはや推しは生活の一部になっていた。
でも推し活は恋愛と相性が悪いことを知った。
誰かと一緒に過ごすのはもちろん楽しい。でも推し活はまだまだ理解がされなくて、両立しようとするとどうしても相手との間にズレが生じてしまう。そして愛想を尽かされて相手の方から去ってしまう。
周りの友達は普通に恋愛して、普通に結婚、家庭を築いていくのに、自分だけがどんどん置いてけぼりになっていく。親からは『そろそろ結婚しないのか』と電話で催促される。
もう私は推し活に専念して生きていくか、推し活を辞めて普通の恋愛をするか、どっちかの道しかないと思っていた。
でもまだ世の中には、私みたいな人間を許してくれる人がいた。それが颯人だった。
颯人はいつも私の推し活に付き合ってくれた。時々文句言ったり『金銭感覚しっかりしろ』と口酸っぱく忠告されることはあっても、絶対に推し活を否定しなかった。むしろ私が推し活を大事にしていることを理解してくれてるし、『お前から大事なものは奪ったりしない』って言ってくれた時は本当に嬉しかった。
だから…だから………
『颯人をバカにするなーーーー!!』
夜の繁華街。ダブルデートの帰り道で嫌いな元カレに再会。そして……私はキレた。
「な…なんだよ、急にキレて…」
さっきまで無礼発言を連発していた敦也も、私が急にキレたことに動揺している。
「確かにあんたの言うとおりだよ。私は彼氏よりも推し活に時間もお金も使うのは事実だし、それが原因で愛想尽かされて別れたのも事実だよ。でもね、颯人は違うんだよ。私の推し活を受け入れてくれた、推し活も私と同じくらい大事なものだって言ってくれたんだよ!あんたや今まで付き合った男達と違って、颯人は私を大事に思ってくれてたんだよ!!」
怒りが収まらず口が止まらなかった。私の怒号が繁華街中に響き、何事かと立ち止まる人達もいる。
「だいたいさっきから黙って聞いてたらなんなの!推し活辞めたら付き合ってやるとか、何なら結婚してやってもいいとか!何その上から目線、それ言っても自分許されるとでも思ってるの?んなわけないから!今どき乙女ゲームの俺様キャラでもそんな台詞言わないし、自意識過剰も病気レベルだよ!あんたみたいなのと付き合うくらいなら、一生独身でいた方がマシだよ!!」
「……っお前、いい加減にしろ!!」
ついに敦也がキレて私に平手打ちしようと右手を振り上げる。思わず目をギュッと瞑ると、
「おい!」
「痛っ!!」
颯人と敦也の声がする。目を開けると、いつの間に戻ってきた颯人が敦也の右手をギリギリと握り潰そうとしていた。
「瑠衣に手を出すな」
声のトーンからして颯人はかなり怒っている感じだ。
「瑠衣、こいつ…誰?」
「…も、元カレ…」
颯人の視線が怖すぎて、嘘がつけずに本当のことを言うしかなかった。
颯人が手を離すと、敦也は颯人を見てキッと睨みつけた。
「けっ!お前が瑠衣の彼氏か?こんなつまんねえヲタク女と付き合おうなんてどうかしてるよ!」
「なっ……!」
つまんない……ヲタク…女…?私のこと、そんな風に思ってたの…!?
「俺のことが好きだって言うから付き合ってやったのに、地味で女っ気なくてつまんねぇのに推し活だかなんかが好きとか超あり得ねぇし。まぁ、それでも大学4年間は我慢して付き合ってやってたけどな」
敦也はまだ戯言を言っているけど、私の耳には入って来なかった。
ショックだ。颯人の前で罵倒されたことでも、こいつが元カレだって知られたことでもない。
敦也にとって自分は都合のいい女だったっていうことが。
確かに敦也はクズでどうしようもない奴だ。でも、そんな奴でも一度は本気で好きだったこともあったし、結婚だった考えた未来だってあった。
でもそう思ってたのは私だけだった。『地味で女っ気ないつまんない女』。それが敦也から見た私なんだと思うと涙が滲んでくる。
でも泣いたら駄目だ。こんな奴なんかに泣いたら負けだ。
私は必死で涙を堪える。その間も敦也の罵倒は止まらない。
「あんたも悪いことは言わねぇ、瑠衣みたいなヲタク女なんかとは別れて違う女に乗り換えた方がいいぜ。こんなのと付き合ってたら不幸になるだけ…ウグッ!!」
「…言いたいことはそれだけか?」
敦也の罵倒に黙って聞いていた颯人もさすがに痺れを切らしたのか、敦也の口を片手で握り潰すように塞いだ。敦也は口を塞がれてモゴモゴ何か言っている。
やばい。颯人の目が完全に殺し屋それものだった。
普段温厚な颯人がキレたのは、これが初めてじゃない。
最初にキレたのは中学の時。私に罰ゲームで告白した男子をボコボコにする事件があった。幸い自宅謹慎で済んだが、それ以来颯人がキレることはなかった。
久しぶりにキレた颯人を見て、またボコボコにするんじゃないかと気が気でなかった。
でも予想とは裏腹に、すぐに颯人は敦也を離した。
長い時間口を塞がれて敦也は激しく咳込んでいる。
「瑠衣の推し活癖は俺が1番良く知っている。たかが4年一緒にいただけの奴にとやかく言われる筋合いはないし、不幸になるかならないかはお前には関係ない!好きな女が大事にしているものまでひっくるめて愛するのが彼氏ってもんじゃないのか!!」
えっ……
颯人………私のために……怒ってる……?
颯人の気迫に観念したのか、敦也は『勝手にしろバーカ』と吐き捨てて逃げていった。
敦也がいなくなり、私と颯人の間にしばらくの沈黙が流れる。気まずさに耐えられなくて、私から沈黙を破った。
「いや〜びっくりしたよ、久々に颯人がキレるなんて。でももうどうでもいいよ、ああいう奴はとっとと忘れてさ…」
湿っぽい空気を変えたくて、必死で笑顔を作って話すと、
「…………でだよ」
「えっ……」
颯人が振り返ると、私の両肩を思い切り掴んだ。
「なんでそんなヘラヘラしてるんだよ!瑠衣、あいつと付き合ってたんだろ?なのにあいつ瑠衣のこと馬鹿にするようなことばっかり言って!悔しくないのか!好きで付き合った男にあんな風に罵倒されてさ!!」
颯人は怒っている。でもそれ顔は、どこか悲しさも混ざった複雑な表情をしている。
颯人のいうとおりだ。
悲しさと悔しさで正直泣きたかった。でもあいつの前で泣いたら負けだと思った。弱い自分を見せたくなかった。
颯人に本心を見抜かれて今にも泣きそうだ。でもまた意固地な自分が涙を堪らえようとしていると、颯人は私をぎゅっと優しく抱きしめた。
「辛かったら泣いていいんだよ。俺の前では強がんなくていいから」
さっきまでの強い口調はなくなり、いつもの颯人に戻っていた。
自分より大きな背丈。自分より温かい体温と少し早い心拍音が、私の心を溶かして気持ちを正直にしてくれる。
気がついたら、私は颯人と腕の中で泣いていた。繁華街の真ん中だということを忘れて涙が枯れるまで泣き続けた。その間も颯人はただ私が泣き止むまで黙っていた。
颯人は優しい。たまに世話焼きな所もあるけど、それも含めていい奴だ。
でもそれは、あくまで『幼馴染み』としてのいい奴だった。『休日交際』も、失恋した私を気遣う颯人の優しさだと思って快く受け入れた関係だ。ただ、それだけのことだったのに。どうして……
…こんなにも、心臓がうるさいんだろう……。




