第24話:戦術と腐蝕
薄暗い第三層の外縁。
崩れた回廊を抜ける風が、湿った砂をさらう。
俺とリリィは、黙々と“狩り”を続けていた。
「――来る。右奥、二体。」
石柱の影から、アーマード・ゴーレムがのしのしと現れる。
俺は距離を計り、まずは“観る”。
黒い斑が胸板に芽吹き、じわ、と広がる。
「腐蝕、進行。HP62→61……60。減衰速度0.5/秒、安定。」
リリィの鑑定が淡々と刻む。
十分に侵食させてから、俺は最短距離で懐に入る。
【短剣術Lv2】の最小動作――一突き、離脱。
斑点は跳ね、装甲が砂のように崩れた。
「撃破。……ドロップ確認、スクロール一。」
拾い上げた羊皮紙が淡い光を漏らす。
【軽業Lv1】
「よし、取る。」
スクロールの光が体に吸い込まれ、骨盤まわりが軽くなる感覚。
リリィが小さくうなずいた。
「身のこなしが滑らかになってる。次の群れも行けるわ。」
その後も、俺たちは数時間、休みを細切れに入れながら狩り続けた。
ゴーレム、クモ、時々現れるマッド・クローラー。
“観て削る→要所だけ刺す→撤退”の反復だ。
リリィからヒールをかけてもらい黙々とモンスターを倒す。
落ちたスクロールは計6枚。
【受け流しLv1】
【風刃Lv1】
【気配察知Lv1】
【風魔法Lv1】
【頑健Lv1】
【軽業Lv1】
「……集まったな。」
「うん。でも、“いらないもの”は決めておいて。概念スキルの供物にするんでしょ?」
リリィの声は少しだけ低い。
俺はうなずき、羊皮紙を三枚、別に分けた。
「今回は【風刃】【投擲】【風魔法】を腐蝕の予兆の生贄にする。
遠距離をやる余裕はない。俺の戦いは“至近と観測”だ。」
スクロールを胸に押し当てる。
燃えるような痛み――概念が、身の内に沈む。
リリィが慌てて肩を支えた。
「ユーマ、顔色……」
「大丈夫だ。……いつもの“やつ”だ。」
ポップアップは出ない。
だが、分かる。腐蝕の“噛みつき”が、さっきより早い。
リリィもすぐに数値で追認した。
「比較。さっきのゴーレムと同条件で観測――
開始10秒時、前は総減5。今は6弱。立ち上がりがわずかに速い。」
「体感とも一致。……積み上げれば、戦術が変わる。」
さらに二群れ。
俺たちは慎重に狩り続け――
【Lv.18 → Lv.19】
【Lv.19 → Lv.20】
耳鳴りの奥、鈍い鐘の音のような上昇感。
俺は深呼吸し、数値を確認した。
【ユーマ・カエデ】
種族:人間(異世界転移者)
レベル:20
HP:44/44(基礎HP56 → 概念-20%)
MP:57/57
筋力:51(46+武器補正+5)
魔力:49
耐久:56(53+防具補正+3)
敏捷:52
コモンスキル:短剣術Lv2、回避Lv2、錬金術Lv1、軽業Lv1、受け流しLv1、気配察知Lv1、頑健Lv1
概念スキル:刹那の停滞Lv.-3、腐蝕の予兆Lv.-1
装備:トラッパーナイフ/薄手の革鎧
「……よし。基礎は上がった。腐蝕も、立ち上がりが短くなってる。」
「エターナルモーメントと合わせる時は、前より“待ち時間”を詰められるはず。
でも、無茶はしないで。HPの余裕はまだ薄い。」
「分かってる。」
――その時だ。
遠い通路の方角から、金属が擦れる規則的な音。
合図の鈴。祈祷の詠唱。
空気が、冷たく張り詰める。
金属音が一定の間隔で鳴る。
それは巡回ではない。――侵入者を囲む動きだ。
リリィが小さく息を吸った。
「ユーマ……反応、四つ。全員Lv.19から20。HPはおよそ55から63。あなたと同格……」
「同格、か。」
「ええ。腐蝕なら30秒で致死圏。観測を切らさなければ落とせるけど、もし見失ったら全て消える。……それに、あの装備。教団の鎖部隊ね。」
通路の奥から、銀鎖の揺れる音が近づく。
暗がりの中で、四人の影が灯の光を反射した。
黒い外套、祈祷の詠唱、そして――白銀の枷。
「リリィ、後方でヒールを維持。絶対に前に出るな。」
「ユーマ……殺す気なの?」
「向こうは最初からそうだ。」
短剣を抜き、息を殺す。
敵のHPは60前後。腐蝕の初速は0.5/秒。10秒で5。
観測を続ければ20秒で1.0、30秒で2.0。
――だが、そこに“時間停止”を合わせれば、進行速度はその時点の5倍。
俺は一歩前に出て、右手を掲げた。
「――腐蝕、発動。」
黒い紋が空気を滑り、最前列の二人に走る。
その瞬間、リリィの声が続く。
「進行開始。HP63→62……61。減少速度0.5/秒。」
「まだだ。」
10秒、15秒――紋が腕から胸にかけて這い上がる。
速度は1.0。金属の軋み。腐蝕が内臓に届き始めた。
「……今。」
俺は呟き、空気を断つように叫んだ。
「――エターナルモーメント。」
世界が止まった。
音も、呼吸も、風も、凍りつく。
俺だけが“観測者”として残る。
腐蝕は動いていた。
視界の中で黒が蠢き、速度が跳ね上がる。
秒間1.0だった進行が、5倍の5.0に――たった4秒間で20秒分の侵食。
「……落ちろ。」
視界の残光が弾けた瞬間、世界が動きを取り戻す。
二人の鎖兵が、同時に崩れ落ちた。
金属音と祈祷が途切れる。
「HP……ゼロ。完全に消失。」
リリィの声が震える。
「残り二人、来る。」
左の通路から突進してくる一人。
詠唱を終えた祈祷師が火弾を放つ。
俺は軽業で壁を蹴り、反射的に受け流しで軌道をずらす。
爆炎が背後を焼いた。
――腐蝕を発動する余裕はない。
短剣術と回避で勝負する。
一人目の斬撃を紙一重で避け、逆手の刃を滑り込ませる。
喉元を貫き、引き抜く。
血が散る。
もう一人が短杖を掲げ、詠唱を再開――その瞬間、
俺は背を低く沈め、軽業で間を詰め、短剣を心臓へ。
沈黙。
「……終わった。」
リリィが駆け寄り、震える声で言った。
「HP……全員消失。腐蝕も切れた。」
「四人で済んだか。」
俺は短剣の血を払う。
「ユーマ……人間相手にここまで……」
「相手が“教団”なら、俺は異端者だ。もう戻れない。」
沈黙。
冷たい風が回廊を抜け、血の匂いを薄めていく。
俺はステータスを開いた。
【HP:44 → 32】
腐蝕の代償分が確かに減っている。
リリィが俯き、静かに呟いた。
「……彼ら、祈ってた。あなたを“異端の審判者”って。」
「なら、丁度いい。」
俺は短く息を吐く。
「次に来る奴らには、“審判”を返す。」
「おそらく追っ手は更に来るはずよ。より深く入り早く強くならないと不味いわ」
正直人を殺めた感覚はくるものがあったし、気持ち悪さが残っていた。
でも俺たちは止まることはできないし、止まったらそこで殺される。
俺たちは4階層へ向かうことを確認し、奥へと歩を進めた。




