第23話:時の檻の中で
薄暗い第三層の広間。
石の天井から滴る水音だけが響いていた。
リリィが息を整えながら言う。
「……ユーマ、本当にやるのね。」
俺は頷いた。
「腐蝕は“観測し続けることで進行する”。
なら――時間が止まっても、俺が見ていれば進むはずだ。」
リリィの手が震える。
「MPをすべて使っても概念スキルのエターナルモーメントであなたが止められるのは4秒程度。
停止時間をミスればHPも減る。腐蝕を発動すれば、さらに10%のHPが減る……。
本当に生き残れる保証なんてない。」
「分かってる。」
俺は短く息を吐き、トラッパーナイフを抜いた。
視界の先には、さっきと同じ種類の敵――アーマード・ゴーレム Lv.17。
分厚い装甲が光を反射しながら、重々しくこちらへ迫ってくる。
「リリィ、鑑定を。」
「HP63。耐久は先ほどと同等。……行けるわ。」
俺は頷き、右手を掲げた。
「――腐蝕、発動。」
黒い紋様が手の甲から伸び、ゴーレムの胸部を這う。
再び、金属が腐り落ちるような音。
「発動確認。HP62……61……60。減少速度、0.5/秒。」
リリィの声が淡々と響く。
俺は、時間の進行を感じながら、喉の奥で言葉を紡いだ。
「……いくぞ。――エターナルモーメント!」
世界が止まった。
音も、風も、光さえも。
ただ俺だけが動いていた。
胸が焼けるように熱い。
MPが急激に減っていくのが分かる。
視界の先――黒い紋が、まるで生き物のように蠢いていた。
「リリィ……見えてるか?」
もちろん返事はない。世界が凍りついているのだ。
俺は自分の息遣いだけを頼りに、腐蝕の進行を見つめ続けた。
黒い斑点が、ゆっくりと――いや、明らかに速く――広がっていく。
通常なら10秒で1.0/秒に到達する速度が、数瞬で跳ね上がった。
「……5倍速。やっぱり、加速してる……!」
刹那の停滞、3秒経過。
MP残量――ほぼ底。
そして残りは、HPだ。
「まだ……だ……」
4秒目。
視界の端が赤く滲む。
心臓が激しく脈打ち、指先が冷たい。
「――行けぇぇッ!」
世界が再び動き出す。
時間が戻った瞬間、腐蝕は“爆ぜた”。
ゴーレムの装甲が一気に崩れ、内部の核が黒い靄に包まれて溶け落ちる。
リリィの鑑定の声が、震えながら響いた。
「HP……一気にゼロ。腐蝕、進行完了……! 倒したわ!!」
その瞬間、全身の力が抜けた。
地面に膝をつく。
ステータスを確認――
【HP:38 → 5】
【MP:0】
「……はぁ……はぁ……ギリギリ、だな……」
リリィが駆け寄り、ヒールの光が俺を包む。
「バカ! あと数秒遅かったら心臓止まってたわよ!」
俺は苦笑いを返した。
「でも、分かっただろ。止まった時間でも腐蝕は進む。」
リリィは唇を噛んだ。
「ええ……観測記録でも確認できた。腐蝕の進行速度、停止中は通常の5倍。
あなたの推測は正しかった……でも、次に使ったら死ぬわ。」
「次は……もっと上手くやる。」
立ち上がり、ナイフを握る。
その瞬間、脳裏に淡い音が響いた。
【Lv.17 → Lv.18】
俺は息を吐き、ステータスを開く。
【ユーマ・カエデ】
種族:人間(異世界転移者)
レベル:18
HP:40(40:50-10)/ MP:49(49)
筋力:47(42+5) / 魔力:47 / 耐久:50(47+3) / 敏捷:49
コモンスキル:短剣術Lv2、回避Lv2、錬金術Lv1
概念スキル:刹那の停滞Lv.-3、腐蝕の予兆Lv.0
武器:普通のトラッパーナイフ
防具:薄手の革鎧
「……この力が、正しく使えるなら。
腐蝕と時間停止――俺の戦い方は、もう誰にも真似できない。」
リリィは黙って頷いた。
その瞳に、わずかな恐れと希望が混じっていた。
「行こう。次は、腐蝕を“戦術”に変える番だ。」




