第14話:情報屋と契約
一夜明け、俺とリリィは宿の一室で、急いで街を出る準備をしていた。
「体調は万全か?」
「ええ。ほぼ全快よ。でも、もう昨日のような命懸けの消耗戦はできない。
あなたが『毒耐性 』を得られたとはいえ、スキルなしで戦えば、MP切れは時間の問題だわ」
俺の新しいトラッパーナイフと薄手の革鎧は、昨日の金策の成果だ。
しかし、装備が整ったところで、スキルがなければ大して強くないモンスターにも負ける。
「ダンジョンへ向かうが、まずはどうにかしてスキルスクロールを手に入れるのが最優先だ」
リリィは、小さく頷きながら、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
「昨日掴んだ噂の情報屋でリアンという人物がいるの。
教団の監視を巧みに逃れている上に、ダンジョンへのルートにも詳しい。
私たちにとってリスクを冒す価値がある相手よ」
俺たちはリリィの指示に従い、人通りが少ない朝の裏通りを細心の注意を払って移動した。
待ち合わせ場所は、廃墟となった教会の裏にある薄暗い倉庫だ。
倉庫の奥に、全身を黒いフードで覆った小柄な人物が立っていた。
張り詰めた空気が漂っている。
「あなたが……リアンか」
俺が声をかける。
フードの奥から、冷たい、しかしどこか知的な響きを持つ声が返ってきた。
「まさか、元教団の情報員様が私に会いに来るとはね。
あなた教団の中でお尋ね者になっているみたいね。
もう一人一緒にいるその子も一緒に追われてると聞いているわ。
なぜ追われているのかまでは掴めなかったけど面白いわ」
どうやらリリィが元教団員であることや、俺がお尋ね者になっていることも既に知っているらしい。
この情報屋、只者ではない。
リリィが一歩前へ出た。
「私たちはダンジョンへの秘密のルートと、
コモンスキルスクロールを裏で売買している場所の情報が欲しい。
対価はあなたが満足するものをなんとか用意するつもりよ」
リアンは少し考えた上で静かに言った。
「対価はなぜあなたが追われているのかを教えてもらうことでいいわよ」
「なぜその情報があなたに必要なの?」
リアンはフードを少し上げ、その瞳を鋭く光らせた。
その目には、深い憎悪が宿っているように見えた。
「私は、教団によって全てを奪われた。
育ての親も、家も。だからこの街で情報屋をやりながら、教団の計画を静かに妨害している。
あなたたちは教団の支部全てに対していち早く抹殺するように御触れが出ている。
何か重大な秘密がありそうじゃない」
俺とリリィは目を合わせ少し考えたが、俺たちには選択肢がない。
俺達は条件に合意し、これまでの経緯と俺の能力を説明した。
俺は生き延びるために教団を倒すという目的や、『刹那の停滞』という概念スキルを得たこと、
教団が俺の存在を危険視していることを、全てリアンに話した。
リアンは、驚くよりも先に、興奮を隠せない様子でフフッと笑った。
「Lv.を下げる異端者…概念スキル…教団の支配を根底から打ち破る目的。
素晴らしいわ。私の目的と完全に合致している」
リアンは一枚の古びた地図を、そしてもう一枚の羊皮紙をテーブルに出した。
「これがダンジョンへ最短で辿り着く裏ルート。
そして、街外れの『黄昏の塔』にいる、スキルスクロールの裏業者の情報よ。
Lv.1のコモンスキルで金貨5枚は必要だけど」
俺は地図に手を伸ばしたが、リアンはすぐに引っ込めた。
「ただし、契約はまだ終わっていない。これは私が君たちに課す真の対価よ」
リアンは俺を指さし、真剣な眼差しで言った。
「君の目的と私の目的は合致している。
しかし、君に協力してすぐに成功する保証はない。
私には、私のペースで進めたい長年の復讐計画がある」
リアンは続けた。
「教団は私を邪魔な情報屋として目を付け始めているという情報が入っているの。
彼らはこれから私にもあなた達の情報を求めてやってくるはずよ。
私が情報を何も伝えなかったり、嘘の情報を流すと彼らは『リアンが異端者と組んで何かを企んでいる』
と警戒を強めるはず。
だから、君たちに秘密ルートを提供する代わりに、君は街を出る前に
『リアンという情報屋を脅して黄泉の塔のルートを奪った』という噂を流してほしいの」
リリィがすぐさま反論した。
「どういうことよ!?」
「私にはこの契約が必要なの。それにダンジョンに向かっていることは伝える必要はないわ。
あくまでも黄泉の塔へのルートを脅したって噂を流してくれればそれでいい。
あなた達は黄泉の塔に行った後に、その噂を流すだけだからリスクは何もないでしょ?」
リアンは続けた。
「君が私を『脅して情報を奪った』という噂を流せば、
教団は『リアンは異端者に脅され、やむを得ず情報を渡した。
リアン自身は教団に対して敵意があるわけではない』と解釈すると思うの。
そうすることで、私への警戒を一時的に緩め、君たち『異端者』の追跡を最優先にする。
これが、私の要求……教団への報復のための時間と自由を確保するための布石なの」
俺は、リアンの深い憎悪と、その冷静な頭脳を理解した。
この情報屋は、協力ではなく、『盾』としての俺の価値を選んだのだ。
「わかった。契約に乗る」
俺は短く言った。
「どうせ、追われる身だ。俺の異端性が教団の目を逸らすなら、利用させてもらう。
それにリアンが言った通りリスクが増えるわけじゃない」
「賢明な判断だと思うわ」
リアンは地図を俺に渡し、音もなく倉庫の闇の中に消えた。
リアンが消えた直後、宿の方角から、教団の兵士が裏通りに入ってきたらしい喧騒が聞こえた。
「くそっ!本当に追いつかれたか!」
俺とリリィは、リアンから受け取った古びた地図を広げた。
地図には、教団の監視を完全に回避できる、複雑な裏道が記されていた。
宿の方角から聞こえる喧騒は、確実に近づいている。
「ユーマ、このルートを辿れば追っ手は振り切れるわ!
でも、金貨5枚……どうするつもりなの?」
「持っていない金は、知恵と命で払うしかない。
行くぞ、リリィ。新しいスキルを掴みに行く」
俺たちは宿の鍵をかけ、静かにその場を後にした。
追手の足音が、すぐ近くの路地裏まで迫ってきているのを背中で感じながら。




