第13話:危ない金策
激戦の末、アルフレッドの追跡から命からがら逃げ延びた俺とリリィは、暗闇の洞窟で一晩を過ごした。長い休息のおかげで、互いにHPもMPも全快した。
夜明け前、俺たちは洞窟を抜け出す。教団の追跡を避けるため、正規の東方街道は使えない。俺たちは藪の中を潜行し続けた。
「ユーマ、教団の動きが活発になっている。東方街道沿いの街『エストール』は警戒が厳重だと思うわ」
リリィは周囲を探知しながら囁いた。
「ここでバレたら終わりだわ。とは言ってももう私たちは引き返すこともできない。私たちはエストールの裏通りから潜入する」
洞窟を出る前、俺たちはリリィが非常用に持っていた最後の干し肉と水を分け合った。それ以来、何も口にしていない。空腹と喉の渇きが、潜行する俺たちの体力を静かに削っていく。
リリィは、長年教団の情報員として培った知識を頼りに、最も教団の監視が薄いであろう街の北西側の排水路を目指した。
「一応私の幻惑スキルで姿を隠しているけどバレない保証はないわ」
俺たちは排水路へと続く、雑草が生い茂った斜面を四つん這いで這い上がる。腐敗した汚泥と雑草の匂いが、俺たちの存在を隠してくれた。リリィの指示は的確で、数分おきに立ち止まり、俺の背中を押して細かく誘導する。
『ステルス』スキルはない。『探知』スキルもない。頼れるのは、リリィの情報員としての経験だけだ。
数時間に及ぶ潜行の末、俺たちはようやく街の裏通り、最も古びた宿の一室にたどり着いた。
「全快しても、スキルがないのは変わらない。そして、資金も小さな銀貨が数枚しかない」
リリィが小さな銀貨の包みをテーブルに置いた。もはや食費にも満たない額だ。
「このままじゃ、ダンジョンに辿り着く前に食料と移動費で詰むわ」
俺は頷いた。Lv.15という中途半端なステータス、かつスキルがない俺は単独行動はあまりに危険だ。リリィの『ヒール』と『幻惑』のサポートこそ、今の俺の命綱だ。
リリィは静かに言った。
「この街には裏通り特有の『闇のクエストボード』がある。正規のギルドを通さない、高リスク・高報酬の仕事よ。教団の目も届きにくい」
「闇のクエストか。やるしかないな」
「ええ。俺は戦闘を、リリィは『幻惑』と『ヒール』によるサポートに徹する。二人で金策だ」
俺たちは裏通りの酒場にある闇のクエストボードへ向かった。報酬が良い依頼は、当然、高リスクなものばかりだ。
一つの依頼が、旅費を賄える額で目に留まった。
【依頼:腐敗した魔草の回収】
危険度: 毒性(高)
報酬: 銀貨3枚
「銀貨3枚……これしかないわね」
リリィが眉をひそめた。
「毒性が高すぎる。あなたの耐久力に賭けるしかないわ」
俺はブローカーに声をかけ、依頼を受注した。リリィの『ヒール』での治療を前提とした、文字通りの命懸けの戦術だ。
俺たちは来た道と同じルートを数時間かけ街を出て、クエストの目的地に向かった。
湿地帯奥深く。腐敗した魔草は、Lv.12の『ブラックスライム』が守っていた。
リリィの『幻惑 Lv.3』でスライムの動きが一瞬遅れる。俺は錆びた短剣を構え、突進した。
俺は酸攻撃を『回避』スキルなしで受けながらも、Lv.15の素の膂力でスライムを叩き割り、魔草に触れる。
【HPが40→35に減少】
さらに、毒気が肌を刺した。
【毒ダメージによりHPが継続的に減少します】
「リリィ!」
「わかってる!」
「リリィ!毒の進行が早い!」
「わかってる!」リリィはすぐに俺に駆け寄り、手をかざした。
『ヒール Lv.5』
光が俺の体を包み、【HPが31→40に回復】した。しかし、リリィはすぐに顔を歪める。
「毒の治療は無理よ、ユーマ!私のヒールは、あくまで傷ついた組織を修復するだけ!毒そのものを消すことはできない。でも、あなた耐久力と、このヒールで、毒の進行をギリギリまで遅らせることはできる!」
俺はその言葉に、改めて覚悟を決めた。毒は治療できない。だが、戦闘中の致命的な進行だけは抑えられる。
俺たちはこの命懸けの戦術を繰り返す。俺が毒と酸を受けながらもなんとか素の力で押し込み、リリィがMPを激しく削りながら『ヒール』と『幻惑』でサポートする。MPをほとんど使い果たした末、俺たちは魔草の回収に成功した。
MPをほとんど使い果たした末、俺たちは魔草の回収に成功した。
湿地帯を離れるため、フラフラになりながらも俺は足を動かし続ける。その時、毒に侵され続けた肉体から、一瞬の解放感が走った。
頭の中に、世界が発する無機質なシステムメッセージが響く。
【毒ダメージによる肉体の極限的な疲労と負荷が確認されました】
【コモンスキル『毒耐性 Lv.1』を新規に獲得しました】
「…なんだと?」
俺は立ち止まった。新規に獲得したスキル。毒による極限的な刺激、そしてリリィのヒールというテコ入れ。これらが組み合わさった結果、俺の肉体が毒への抵抗方法を学習することができた。
(一応リリィに確認したところ、毒はいつかは自然に無くなるらしかったが、毒耐性によってそれが早まったらしい。リリィのMPが尽きる前に毒がなくなって良かった。。)
酒場に戻ると、ブローカーは依頼品を確認し、約束通り銀貨3枚と銅貨数枚を渡した。
俺たちはすぐにその金で、回復ポーションの購入、パンと水、薄手の革鎧、そして新しいトラッパーナイフを買い、錆びた短剣は売却した。
新しい装備を身につけ、宿に戻る。俺は貪るようにパンを食らい、水を飲んだ。
「これで、当面の旅費は確保できたわ」
リリィが疲れた表情で言った。
「でも、私たちの戦術はリリィのMPに依存しすぎる。もっと効率的な方法を見つけないと」
どうこれから進んでいくか結論が出ないままではあるが、いつ追っ手が来るか分からないことを考慮し、
明日には街から出ることを決め俺たちは就寝した。




