頭に血が上っていたわ
全く声が届かないというわけではないらしい。私の声に反応したアレクシアが、こちらに振り向く。それだけで、恐ろしさを感じる。絶対的強者がこちらを認識した、それだけで恐ろしいとは。
「いけません、そんな魔法を撃っては街の人や、あなたの住んでいる場所まで燃やしてしまう」
この街をアレクシアがどれくらい想っているか、わからない。それでもこの街ですれ違った人達の暖かくて優しい笑顔と挨拶を信じるしかない。アレクシアもそれを感じ取っていれば、やめてくれる可能性はある。
「はぁ……少し頭に血が上っていたわ」
少し、ほんの少しだけ希望が見える。辺り一面にのしかかっていた空気が、幾分か軽くなった。小さな太陽となっていた炎はしぼんでいく。
「そうよね、街の人は悪くないし、不覚にもこの街を気に入っちゃってるのよね」
照れくさそうに少し笑ったアレクシアが、一度息を吐き出す。それからまた、絶望を口にした。
「面倒だけど、プチプチ潰していくわ」
怒り狂った顔ではなく、笑顔のアレクシア。軽くなったはずの空気が、また重くなる。
「お待ちなさい!」
アレクシアはゆっくりと下へと降りていく。アレクシアなら一瞬で動いて、気づかないうちに命を奪っていけるはず。それをしないのは、十分恐怖を味合わせるために、殺す瞬間を先延ばしているという事だ。
急いで下を覗き込むと、ヒューマギオン教の信徒たちは恐怖の表情を浮かべてアレクシアから遠ざかるように動き出している。その中の一人の、腰を抜かして座り込んでいる信徒の前にアレクシアは降り立っていた。
「くっ」
すぐさま建物の壁を伝って駆け下りる。アレクシアの腕が振り上げられ、一歩二歩と信徒に近づいている所を目指す。
「いけません!」
アレクシアが腕を振り下ろした寸前、なんとか間に入り、その攻撃を傘で受け止めた。
「ぐっ」
重い。押し返せない。傘がしなる。望む形になる傘は私の望むとおりに、消して折れない丈夫な傘となっているようだ。あとは受け止めている私次第。
「猫さん、どうして助けるのかしら?」
アレクシアが不思議そうに問いかけてくる。こっちは潰されないように必死になり、声など出せない。後ろでやっとの思いで動き出したであろう信徒の足音が聞こえる。
「あら、逃げちゃったわ」
そう口にしたアレクシアの腕が持ち上げられ、解放された瞬間、呼吸すらも忘れていたことに気づき、肺が痛むほど一気に空気を吸い込む。
私の身体は勝手に片膝をついてしまった。
「はっ……はっ、はっ」
息が苦しくて、言葉が出てこない。返答が返ってこないことに首を傾げて、アレクシアは一番近くの信徒の背中に攻撃を仕掛けようと向かっていってしまう。
動け。私の身体。ここが正念場だ! 駆け出し、信徒へのアレクシアの攻撃を受け止める。
「なによ、もぉ」
今度はすぐに手を引いて、アレクシアがそう呟いた。息が整いつつあるが、まだ声を出すのは辛い。
「猫さん、じゃれてるのね、猫って気まぐれよね、こっちが構ってほしい時は離れていって、忙しい時はじゃれついてくる……でも猫ってそういう生き物だものね、いいわよ」
そこまで言うと、アレクシアが笑った。決して楽しいからではない。皮肉や怒りといった物が混じった笑顔だ。
「遊んであげる」
怒っていた時と同じ様な低い声。




