はじめの一歩
ベルネストのロラン公の領主館。領主の執務室に私達は通されていた。ソファに腰掛けて待っていると、遅れてロラン公がやってくる。
「まさかこんなに早く戻ってくるとは」
少し驚いた様子で豪快に笑うと、一番奥の事務机に着席した。私は立ち上がると、事務机の前まで移動する。それに倣って、オリーも私の隣に並んだ。
振り返ってみると、アレクシアは相変わらずマイペースに、ソファに腰掛けたままこちらに身体を向けている。キリュナは中腰になりアレクシアと私を見比べていた。どうするか迷ったらしい。私が手招きをすると、そそくさと隣に移動してきて「これからは礼儀正しくするって決めたから立ったんだ」と、なぜか少し顔を赤らめながら言い訳っぽく口にした。
「その坊主が……いや、嬢ちゃんか」
さすが領主をやっているだけあって、人を見る目があるらしい。ロラン公はキリュナを見て一度間違えたが、すぐに訂正した。
私はキリュナの背中を一度軽く叩く。それに反応したキリュナに手招きをして、中腰になった所に、耳打ちをする。
「礼儀正しく優美に、自己紹介をしましょう……名前を名乗ってから、お腹の辺りに手を添えてゆっくり頭を下げるのです、顔を上げたら軽く微笑みましょう、まずは心使い、言葉使いは今は気にせず、誠実に」
「お、おう」
返事をしたキリュナが、すくりと立ち上がりロラン公に身体を向ける。
「僕は、キリュナ……よろしく、おねがいします……ありがとう、保護してくれて」
言われた通り、とは言えないがキリュナはそう口にしながら、たどたどしく頭を下げる。
「よろしく頼む、俺はロラン・ティーベル、ここベルネストを含む地域を治める領主だ」
真面目な顔で自己紹介を終えた後、表情を崩して微笑むと言葉を続ける。
「キリュナを見ていると、息子を思い出すよ、同じ様にたどたどしく挨拶をしているんだ」
ロラン公は優しい父親の顔になっていた。意外と顔に見合わずデレデレタイプの父親なのだろうか。
それにしても、ロラン公の息子さんには、まだ会ったことはないが、ジャケットを貸してもらったお礼をいつかしたいものだ。
一度顔を緩ませたが、ロラン公はすぐに領主の顔に戻り、口を開く。
「キリュナ、今後の事を話し合っていきたいが、過酷な環境で疲れただろう、しばらくゆっくりすると良い、わずかだが支援金も渡そう」
「?! いいのか……いいんですか」
キリュナが驚いたらしく、変な声を出した後たどたどしく問い返した。ロラン公は「もちろんだ」と力強く頷く。
「ありがとう」
その言葉とともに、ごく自然に深々と頭を下げるキリュナ。結局のところ、言葉使いや所作よりも、まずは誠意に誠意で返すのが一番重要な事なのだ。それを自然にできたキリュナは、ちゃんとシビリティパーソンの素養がある。はじめの一歩をちゃんと踏み出せた。




