いってきます
「うーん」
まだ考えがまとまっていないのだろうか。アレクシアが悩んでいるように唸る。
「ロラン様も一緒に聞いてもらったほうがいいかもしれないわぁ」
間延びした言葉は変わらないが、いつものフワフワとした印象ではなく、真面目な表情のアレクシア。あまり良い話ではなさそうな予感しか無い。
そう思っていた所に、アレクシアが顔を寄せてくる。周りには聞こえないように、配慮したという感じだ。
「少し物騒な話になっちゃうかもしれないわぁ、お爺さん達には聞かせる必要なさそうだし」
こういう配慮が出来る人なのは少し驚いた。しかし、それは今はいい。嫌な予感があたったらしく物騒な話になりそうなのか。ため息をつきたくなるのを抑えつつ、皆の方に身体を向けて声を上げる。
「そろそろ御暇致しましょう」
その言葉にオリーが頷くと、立ち上がってティーセットの片付けに入る。それを見たマルタとアレクシアが手伝いを申し出て、三人でキッチンの方に移動していった。なんだか女性同士の秘密の話をしそうな雰囲気を三人の背中から感じる。いや、男子として、そういうのは気づかないふりだ。
「では、ベルト様、我々はこれで失礼します……」
ふとアレクシアと共に、飛んでいた時の事を思い出す。人を入れられるくらいのカゴがあったらという話をしていた。
「大きめのカゴはありませんか? 人が入れるくらいの物です、持ち手が有ればなお良いのですが」
アレクシアは自ら飛ぶから必要ない。私は大きくないし、キリュナも子供のサイズ感だ。オリーだけが成人女性の体格だから、大きいと言っても気球のカゴほどの大きさはいらないはずだ。
「あぁ、収穫用のカゴで一番大きいのが……」
ベルトが思い出すように顎に手を添えた。
「申し訳ないのですが、貸していただく事は可能でしょうか?」
夫妻の母屋の外、玄関前のちょっとした広場でみんな集合していた。もう夕方だ。本来なら明日に先延ばしするべき時間帯だが、文字通りひとっ飛びだから問題ない。マルタがキリュナを抱きしめて、ベルトがそれを優しく見守る。キリュナが恥ずかしがって「やめろよ、大げさな」と嫌そうに身じろぐ。……いや嫌がってはいないかな。
縁というのは不思議だ。説明できない不思議な現象とも言えるほど、きっかけ一つで大きく仲が深まったりする。私はこっそりとオリーに視線を移す。オリーも同じ事を思ったのか、視線が絡み少しドキリとした。オリーが顔を赤らめて、少しうつむく。
「あぁ、私もトニーをつれてこれば……」
「さぁ出発しましょう!」
私とオリーの声が重なった。
「そうね」
マルタが名残惜しそうにキリュナから離れる。キリュナもやっぱりまんざらではなかったらしく、寂しそうに一瞬だけ手を伸ばしかけた。
「さぁ行くよ」
伸ばした手をすぐに引っ込めてそんな声を上げたキリュナが、こちらに小走りで向かってくる。すべてをお見通しのマルタはその姿を微笑みながら見送っていた。
「カゴは絶対返しに来るんじゃぞ」
ベルトがいたずらっぽく笑って、そんな事を言ってくる。
「もちろんですよ、お約束いたします」
私は恭しく頭を下げた。また会いに来よう。今度はゆっくり出来るといいな。
顔を上げると、マルタとベルトが微笑んで口を開く。
「いってらっしゃい」
キリュナの背中がビクンと強張った。一瞬だけ顔をうつむけて、それから、顔を上げる。
「いってきます」
どんな顔をしていたのか分からない。でもそれは夫妻の宝物であり、二人だけが独占できる笑顔なのだと思う。




