その影の正体は
「むぅん」
ベルトが唸る。難しいのは分かっていた。ベルトが依頼を出したわけではない。領主が代理で依頼を出しているのだ。依頼料も領主持ちなのだろう。すでに引き返せない所まで、事態が動いてしまっている可能性は高い。
「ワシも商売人としての信用もあるでのぉ、今さら覆すのは……ぐぅ、さすがに」
かなり悩んでくれている様だ。しかし、商売人としての信用を失えば今後の生活に関わってくる。この歳の人達に、そんな無茶をお願いするわけにもいかない。
「申し訳ありません、無茶を申しました」
頭を下げて先程のお願いを取り下げる。
「いや、頭を下げんでくれ、ワシの方こそ力になれんで、申し訳ない」
そんな悔しそうな声が聞こえた。顔を上げると、ベルトは苦笑を浮かべていた。悔しさを覆い隠そうとしているような、そんな苦々しい笑い。見てられなくなり、後ろにいたオリーとアレクシアの方へ振り返る。
「情報は揃いました、草食の鬼人族の可能性は極めて高そうです、捜索を開始しましょう」
「頼むのじゃ」
不意にベルトの声がして、振り返る。言ってしまえばベルトは被害者で、頼む立場ではないが。声には親しい人を心配する様な、そんな響きが含まれていた気がする。
「ワシの早とちりで危ない目に合ってるんじゃろ、申し訳ないしな」
そこまで言ったベルトは、照れ隠しの様に少しいたずらっぽく微笑んだ。
「それに野菜の料金を取りそこねたら、たまったもんじゃないわい」
「……そうですね」
必ず助けなければ。草食の鬼人族の為だけではなくなってしまった。この心優しいお爺さんの為にも。
「参りましょうか、お二方」
「はい!」
「はぁい」
オリーの弾むような返事と、アレクシアのぽわっとした返事が重なる。私は華麗にターンして、歩みだす。帽子を被っていれば、つばを掴んで少し下げる仕草をしたものの、悔しい所だ。
しかし代わりの仕草をする。傘を右腕にかけ、左腕を立てると胸の前辺りに持ってくる。そうして、ワイシャツのカフスボタンを整える。それから衿を引っ張るように整えた。決まっ、た……。
うにゃー!
ふしゃー! ふしゃー!
「はっ、失礼、取り乱しました」
なんだ、何が私を惑わせた。腕にかけた傘に視線を送ると、傘はきちんと腕にかかっている。よし、お利口だ。では何が。
もう一度私を惑わせた物をよく見ると、一つのきゅうりが転がっている。その少し先に、アレクシアの手が何かを放おった形で止まっていた。
「つい、噂を確かめたくてぇ」
アレクシアがフワッと微笑んだ。その瞬間、視界の端に不穏な気配を感じて、横に振り向く。
「あはは……私もつい」
きゅうりを手にしたオリーが、今まさにそれを放り出そうとしているところだった。
「おやめなさい!」




