思い返してみれば
「では、被害についてですが……ベルト様達は追いかけられたり、攻撃されたり、危害を加えられましたか?」
私が問いかけると、ベルトは驚いた顔をして呟くように返してくる。
「思い返せば……何もされておらんのじゃ」
農作業をしているおかげで、体力は普通の老人よりあるだろうが、それでも鬼人族が捕まえられない程ではないはずだ。老人は好みではなかったという可能性もあるが。
「家畜を飼っていますよね? 農作業用の労働力です、それらは食べられていませんか?」
ほとんど間を置くこと無く、ベルトは「一頭も減っておらんのじゃ」と答えた。質問を予想していたかのような返答の速さ。いや、ここまできたら、すでにいろいろ考えが浮かんでいるかもしれない。
「何しに来たんじゃ、あやつは」
ベルトが分からないという顔で呟いた。
「おそらくは、トマトときゅうりを盗み食いしたのでしょう」
「な、鬼人族っていやぁ、人間を食うんじゃろ? 野菜を食べるなんて」
信じられないという顔で呟くベルト。今までの見聞きして組み上げられた常識のせいで、事実が入ってこないという感じだ。そこでアレクシアが、唐突に「うーん」と唸る。
「どうしました?」
振り向いて、そう問うとアレクシアが着ていたマントを脱ぎ始める。認識阻害の為のマントだ。それを脱いだら。
しかし止める間もなく、アレクシアがその肌と羽を見えるように晒してしまった。
「ッ?!」
ベルトが息を呑む音が、はっきりと聞こえる。
「何かわからんが……人間じゃなかったのじゃな、あんた」
ドラゴニュートはレアな種族らしく、オリーも会ったことがなかった。もちろん農家が接点を持つようなことはないだろうから、ベルトも知らないのだろう。それでも亜人に含まれる種族ではないと、理解はしているようだった。
「人間って私達の事、良く知らないでモンスターとか言ってるけどぉ、べつに人間食べなくても生きられるわよ、好みねぇ、人肉が好きな人も居るし、鶏肉が好きな人もいる、野菜が好きな人もいるわね……今回の鬼人族みたいに」
何という危ない真似を。もしベルトが怖がって逃げてしまったら、二の舞になってしまうところだった。しかし、ベルトは驚きはしているものの、怖がって逃げる素振りはない。
「アレクシア様、そういうのは危ないですよ」
軽率な行動ではあった。一応それを注意すると、アレクシアがなんとも無いふうに口を開く。
「初めてあった時のトニーと同じ雰囲気だったから、行けるかなって思ったのよぉ」
相変わらずのポワポワ笑顔で、アレクシアが言い放った。何となく納得。




