盗み食いしたのは
「ご丁寧にありがとうございます、話を戻します」
一度断った後、先程の問いかけの続きをするため、不自然な無くなり方をしていたトマトときゅうりの方を指差す。
「そちらのトマトときゅうりですが、ベルト様が収穫を?」
あんな収穫の仕方はありえないと思うが、一応の問いだった。ベルトが「はて」と首を傾げてから、指し示した方向へ進む。私達もその後をついていくと、ベルトが「ぬぁ」と驚きの声を上げた。反応からして知らなかったようだ。
「野菜が盗まれておるのじゃ! 誰じゃ! 本当にもう!」
ここで私達を疑う言葉や視線が出ないのは、やはり礼節を尽くしているからなのであろう。得をするという言い方は気持ちよくはないが、礼節を尽くしていれば得な事もある。やはり大事なことだ。それを再確認していると、アレクシアがふと声を上げた。
「どうして、盗まれたってわかるのかしらぁ、獣が食べたかもしれないわよねぇ」
アレクシアが首を傾げると、少し怒りが収まっていない様子のベルトが振り向いて説明してくれる。
「綺麗すぎるんじゃ! 四足なら食べやすいように踏み倒す、手が使える獣でも、引っ張って実を千切って食うから、茎が伸びちまうんじゃ!」
言われてみればたしかにそうだと思う。実が付いていたであろう茎は、断面が綺麗ではないが、伸びてしまってはいない。実を掴み、茎を押さえて千切った証拠だ。知能のある者の仕業に他ならない。
私はオリーとアレクシアに視線を送る。アレクシアはボケっとした顔をしていたが、オリーはこちらの視線に頷いて返してきた。おそらく草食の鬼人族が、空腹のため農家に押し入り、農作物を盗み食いした。
「ベルト様、お怒りの所、大変恐縮ですが……押し入ってきたという鬼人族について教えていただけますか?」
「んあ?! あ、あぁ」
盗まれた農作物を眺めて唸り声を上げていたベルトが、名残惜しそうにしながらこちらに顔を向ける。とりあえず事情を聞きたい。
「押し入ってきた際の鬼人族はどの様な態度でしたか?」
「押し入ってきた時? あぁ……驚いて、ツノを見てパニックになっちまって」
ベルトは腕を組み、しばらく考え込む。相当驚いたであろう。人間を食べるという恐怖の対象が家に突然やってきたのだから。
しばらく待っていると、ベルトが自信なさげにその時の事を語り始める。
「突然やつが来て、腹が減った! お前らを食ってやる! と喚き散らして……あれ? 違ったかもしれんのじゃ……お腹が減っているから、何か食べさせてほしい、なんて今思い返すと言っていたかもしれんのじゃ、逃げることに必死じゃったから自信がないが」
鬼人族に遭遇したという恐怖とショックで、記憶がだいぶ改ざんされているらしかった。遭遇した直後に、恐怖のまま助けを求めたせいで、恐ろしい鬼人族に襲われたと、言ってしまったのかもしれない。




