母猫
トニーと最後まで手を触れ合わせながら離れると、アレクシアはこちらに寄ってくる。
「お待たせしたわねぇ」
間延びした言葉に少し気が抜けてしまいそうだが、これからの行動は少し危ないかもしれない。気を引き締めなければ。私は傘をギュッと握る。
「じゃあ、失礼して」
アレクシアのその声と共に、突然背中が柔らかい感触に包まれた。何事。驚いたが柔らかいなにかに包まれて、顔が動かせない。
「にゃっ?!」
思わず猫の声が出てしまった。そして、更には身体の浮遊感。脇の下に体重がかかっている感覚。そこまできて、やっと自分が抱きかかえられていることに気付く。
「ちょっ、オッパイが」
目の前に慌てふためくオリーが見えるということは、アレクシアが私を抱きかかえたらしかった。
「あぁ、抱き心地良いわぁ……トニー」
突然視界が反転して、トニーの姿が見える。アレクシアが振り返ったらしい。
「猫! 猫が飼いたいわ……可愛いでしょ」
「アレクシア……」
複雑な表情を浮かべるトニー。なんと言ったらいいかわからず、口ごもっている感じだ。私と会話して、男と認識していたのだろう。その男が愛する女性の豊満な胸に包まれているとあっては、気が気ではないだろう。
「ちょっと! 私を無視しないでください! ミケも! なんで抵抗しないんですか?! 私の猫吸いは抵抗したのに!」
そんな声と共に、視界が揺れる。それからオリーの顔が見えたかと思ったら、すぐに視界が柔らかい物に覆われる。柔らかいクッションに包まれているような、そんな状態。シビリティパーソンとして、ここは無心となるべき場面。ここは心地よいベッドの中。
「う、なぁー」
オリーが「抱えるなら、ミケは私が抱っこするので!」と叫ぶように声を上げる。それから視界がひらけて、解放されたようだ。アレクシアの艶めかしい「あぁんという声が聞こえてくる。
「うなー……はっ、失礼、というかおやめなさい」
気づくと私は首の辺りをつままれて、空中に浮いていた。母猫が子猫を運ぶ時に首根っこをくわえるアレだ。その状態になって身体が脱力してしまっていた。
「オリーおやめな」
私が抵抗して身体をよじっていると、急にオリーの顔が、視界に入ってくる。
「抵抗しなかったくせに、どうして私の場合は抵抗を?」
そう口にしながら、仄暗い光を失った瞳で覗き込んできていた。
「じょっ、状況がちがっ」
「他の女に鼻の下を伸ばしたスケベ猫は、これで良いですよね」




