愛される店
「ジェームズ様!」
跳ねるように立ち上がったマークが、その勢いで椅子を倒してしまう。
「申し訳、ありません」
椅子が倒れた音で冷静になれたのか、謝罪を口にして椅子を戻して座る。スラム街で愚痴という形で事情を聞いていたおかげで、マークの気持ちはわかる。
「マーク、前にも話しましたが、私はこの街から店を移動させる気はありません、ここで長く店を開き、地元の皆様もこの店に来ていただけるようになりました、皆様をおいてはいけません」
私は何と言ったら良いか困ってしまう。これはジェームズの信念。地元のお客様を大事にすると決めているのだ。だから置いていけない。マークには口出しする権利があるかもしれないが、私には流石に口出しできない。
私が黙っていると、ジェームズがポツリと語り始める。
「昔はこの街はこの様な有様ではありませんでした、代替わりをしてこの様になってしまった、少しは他へ移動する事を考えなかった訳ではありません」
ジェームズが隣りにいるマークに顔を向ける。
「自分の純白の礼装を当店に依頼してくださり、お子さんの物も当店に依頼してくださり、お孫さんも当店へ依頼したいとおっしゃってくださっている方もおられます、これでどうして移動ができましょうか」
そこまで愛されている店。そして、ジェームズもここの人達を愛している。これ以上の説得は無意味だ。マークもそれを理解したらしい。微笑みを浮かべる。
「やはり、ジェームズ様は私の尊敬する師匠です」
「マーク、私を案じてくれているのは、ちゃんと分かっています、ありがとうございます」
微笑みながらジェームズがそう口にする。マークもそれに対して、小さく頷いて返した。
「分かりました、ジェームズ様の気持ちと手紙の返却は承りました」
「ミケ様、ありがとうございます」
ジェームズが深々と頭を下げる。マークもそれに反応して、少し遅れて頭を下げた。こちらも色々助けてもらっている。そこまで深々と頭を下げられると申し訳ない。
「頭を上げてください、本当に……本来私達が頭を下げる方で」
オリーと二人で恐縮していると、ジェームズ達が頭を上げた。今度はこちらが頭を下げる番だと、オリーと目を合わせる。しかし寸前で、ジェームズが制止の声をあげた。
「ミケ様おやめください、分かっております、それに何処かで区切らないと永遠に頭を下げ合うことになります、シビリティパーソンのデメリットですね」
少し面白そうにジェームズが笑う。それにしても。
「自分だけ頭を下げておいて、こちらにはさせないなんて、ズルいですよ」
私の訴えに、ジェームズは少し悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだった。




