初めての紳士
木々をすり抜けて、少しひらけた場所に出る。状況は音から想像していた。ほぼその通りになっている。
なんだかわからないが、牙が鋭いイノシシのような獣が、蹄を踏みしめている。その視線の先には、シスターの格好をした褐色の耳の長い女性が尻もちをついて、怯えた表情でイノシシを見つめていた。
え?シスター?! なんでこんなところに。いや、今はそれはよい。
「助けに参りました、お嬢さん」
私は怯えた表情のお嬢さんに体を向けると、微笑んで見せる。
「?! ケット……シー?」
お嬢さんは驚いた表情を浮かべる。よほどケットシーに助けられた事が驚きの様子。私の後ろには、走り出したイノシシが迫っているのに、それを凌駕するほどだったらしい。
「その話は後ほど……時間がございませんので、失礼いたします、お嬢さん」
本来は了解を得るべきところだが、しかしそれを待っていては、二人ともイノシシにはねられてしまう。
しょうがないのでエクスカリバーを投げ捨てて、お嬢さんの足の下に片手を突っ込み、もう片方の手で腰のあたりを掴む。お姫様抱っこ。そうして飛び上がり、はねられる寸前の所を回避した。
「え……ひゃぁっ」
少し恥じらいが混じった可愛らしい悲鳴が、少し遅れて響いた。着地前の一瞬だったが、お嬢さんに視線を送り、微笑んで見せる。
「お怪我はございませんか?」
「は、はい」
着地して、お嬢さんをその場に立たせると、私はそのまま片膝をついて、少し頭を下げる。
「大変失礼いたしました、お嬢さん、緊急事態とは言え体に無断で触れてしまい」
「えぇ?! いいいえ、そんな! 助けてもらったのだから何も」
お嬢さんは慌てた様子で、両手をビュンビュンと振る。
「寛大なお心に感謝を申し上げます、お嬢さん」
私は顔をあげると、微笑みを浮かべる。
「ぐうぉぉぉぉ」
突進して木に激突したイノシシが咆哮をあげる。あれで気絶していたらと思ったが、そんなに簡単ではないらしい。
「後ろのあの方は、無粋なお方な様だ……少々お待ちください、お嬢さん」
「あっ、はい……お待ちしてます」
少し恥じらいを見せるお嬢さん。安心したのか少し頬が紅潮している。
私は左手を腰に当てつつ適当に木の棒を拾い上げ、軽く振ってイノシシに向ける。
「エクスカリバーには及びませんが、この状況では贅沢はいう事はできませんね」
イノシシがこちらに体を向ける。蹄を何度か打ち鳴らしている。また突進をしてくる気の様だ。
「いつでもどうぞ、こちらは準備が整っておりますので」