礼節が、良き隣人を作る
「失礼いたします」
ドアを開けるとまずは一言、挨拶の言葉を口にする。シビリティパーソンたる者、建物の所有者がいないとしても、入る時は挨拶をするべきだろう。忍び込み不意打ちすることも出来たが、やはりそれでは礼節にかける。
「なっ、ケダモノ野郎! どうしてここに!」
ドアを開けると、崩れてしまった壁越しに先刻いちゃもんを付けてきた冒険者たちが見えた。その真中には、椅子に縛られて猿ぐつわをされているオリビアが座っている。意識はあり、涙目でこちらにウーウーと声を上げていた。
しかも、腹立たしい事に耳を隠すためのシスターベール……という名前でいいのか分からないが、被り物を外されて長い耳が曝け出されている。オリビアが最も嫌がることを、この男達はしたのだ。
「申し訳ありません、マイレディ」
悔しさとともに、頭を下げる。遅くなってしまった。そのまま駆け出せば良かったものを。
「むむやぬいむ! むむぅ!」
謝らないで、という言葉に何となく聞こえた。頭を上げると、オリビアが引きつった笑いを浮かべて、顔を横に振っている。こんな時まで。なんという良い娘なのだ。
「おぉい、ケダモノ風情が! 俺を無視してんなよ!」
冒険者の男……名前も知らないが、とりあえずコメディオでいいや、コメディオが怒り狂ったようにツバをまき散らして声を張る。相当頭にきているらしかった。
「というか、コイツ、ダークエルフだったのかよ、へへっ、ケダモノ野郎め、お前の奴隷か? だったらちょっとぐらい貸してくれたっていいだろうに」
コメディオが下品な笑い声をあげる。それに合わせるようにオリビアを取り囲んでいる手下達も、ニヤついて小さく豚のような声を上げた。
「奴隷?」
正直意味がわからなかった。オリビアはそんな存在ではない。
「それとも、最底辺同士の傷のなめ合いか、ははっ」
聞いていると、反吐が出てくる。正直事情が全く分からないが、最悪な事を言われているのは分かった。
「もう結構、お黙りなさい」
こいつらの戯言に付き合う意味はないのだ。私は前に歩を進める。その最中に、左手の甲を腰に当てて、柄を持った傘を体の外側に振る。それから胸の前に構えると、傘はレイピアの姿を変えた。そこで私は立ち止まる。突きを繰り出せば、届く範囲にコメディオ達がいる。
「礼節が、良き隣人を作る……繰り返しになりますが、理解して頂けていない様なので、より丁寧にお伝えしましょう」
体の右手側を一歩踏み出して、レイピアの切っ先をコメディオ達の方に向ける。
「礼節を持った我々が人間の良き隣人であるなら、礼節を持たない皆様は人間とは言い難い……貴方の言うケダモノ風情以下という事です」




