ジャケット
店の中央にあるテーブルに着席してしばらく待っていると、奥からジェームズが戻ってくる。小さめのジャケットを両手に掲げる様に持っている。
「こちらはさる御方の御子息のジャケットにございます」
「さる御方、それに御子息ですか」
ジェームズが人の物を何の断りもなく、人に貸し出すとは思えない。なにか理由があるのだろうと、次の言葉を待つ。
「その御子息は成長著しく、仕立ても瞬く間に身体に合わなくなります、合わなくなるたびに仕立てをしていては、贅沢すぎていけないとの事」
感心するように一度頷いてから、ジェームズは続ける。
「そこで、合わなくなったスーツ一式を再利用して、新しいスーツを仕立ててほしいと……なかなか無理難題を仰る」
ジェームズは苦笑を浮かべた。それでも心なしか嬉しそうでもある。確かに自ら仕立てた物を長く着る努力を使用としてくれるのは、仕立て屋としては嬉しいのかもしれない。
「話が脇にそれて申し訳ありません、つまりこのジャケットは多少ボロボロになっても問題ありません」
「そういう理由でしたか……ではありがたく使わせていただきます」
立ち上がり恭しく頭を下げる。どなたか存じ上げないが、見えないさる御方にも礼を尽くす。
「ではこちらへどうぞ」
ジェームズに促され、姿見の前に移動した。後ろに立ったジェームズが、ジャケットを広げて着るのを手伝ってくれる。
「やはり、少しサイズが大きいですね、それに肩が合っていない」
着せてもらったジャケットは、裾が膝のあたりまできてしまっている。それに、肩がダラリとしていて、少しみっともない。何より色がクリーム色で、私の好みに合っていない。毛色のこともあるし、黒がいいのだ。それでも、裸のような状態より百倍マシだ。
「ありがとうございます、マント一枚よりよっぽど」
私は傘を床に立て、柄を両手で上から押さえるようにして持つ。これは! オーダーしたスーツが出来上がるのが楽しみだ! これよりもスマートになれるのだ!
ついニヤニヤしてしまうと、鏡に映ったジェームズがそれを見て微笑んだ。見られてしまった。
「コホン……失礼、取り乱しました」
「いえ、喜んで頂けたなら嬉しいですよ」
恥ずかしい。今後は顔に出さないようにする事が、課題である。
「……ジェームズ様、発見しました」
突然横から声が聞こえて、咄嗟にそちらに顔を向ける。いつの間にかそこに弟子……この店を訪れた時に、オリビアに椅子を勧めていた青年が立っていた。
「ありがとうございます、ではミケ様をご案内差し上げてください」




