スーツ店
ショーウィンドウに、洗練されたスーツが並ぶ店。店名に目を移すと、シビリティパーソンズ·サロンとある。敬意とか礼節のある人達が集まる上品な場、だろうか。まさかこんなズバリの店があるとは。
「失礼、取り乱しました、オリビア嬢、この店に致しましょう、私の欲しい物はこちらの店にあります」
私が指し示すと、オリビアが店のスーツを目に止めて小さく頷く。
「あぁ、貴族の方が着ている」
オリビアの反応からして、それほど一般には広まっていないという事らしい。現代の日本がそれだけ裕福だったというわけだ。
「でも、お金足りますか……」
オリビアの表情が変わり、持っていたお金の袋に視線を移す。意外とたくさん貰えたと笑っていたのに、この店を前にしては心許ないお金の量だった。
「入るだけ入りましょう! 足らないようなら、私はこの格好のまま働く事もいといません」
ここにあるスーツは魅力的だ。ここのスーツが紳士に必要なアイテムなのは間違いない。
「そう、ですか」
少し物怖じした様子で、オリビアが店に足を向ける。私もそれに続いて、店に向かった。
「失礼、見せて頂いてもよろしいでしょうか」
店に入って開口一番に、そう声を上げる。店内にいたスーツに身を包んだ初老の男性が上品な仕草で、こちらに体を向けた。
「いらっしゃいませ、もちろんでございます、どうぞこちらへ」
きれいに揃えられた手先を、店内の奥に指し示しながら初老の男性が口を開いた。私は頭を下げる。汚らしい獣と追い出される事も想像したが、そんな事はなかった。
オリビアと二人で、店の奥に進む。中はとてもおしゃれな空間だった。壁際にはスーツが並び、中央にはアンティーク調の丸いテーブルと椅子が置かれている。いや、この世界ではまだアンティークではないか。
「改めて、ようこそお越しいただきました、私はこの店のマスター、ジェームズ·エリオットと申します」
ジェームズが自己紹介の言葉を良い終えた後、恭しく頭を下げる。嫌味さのない洗練されたお辞儀だった。私も負けていられない。
「ご丁寧にどうもありがとうございます、私はミケ·ニャン·キャットフィールドと申します」
私の今できる最高級のお辞儀を見せる。それから少し不安になりながら顔を上げると、ジェームズは微笑んでいた。良かった。本物の紳士に、ちゃんと認められた。私はホッと胸を撫で下ろす。
「私はオリビアです!」
慌ただしいスピードで、オリビアが頭を下げた。そんなふうに緊張しなくてもいいのに。




