猫パンチ
「てめぇ!」
男が私に向かって走り出した。拳を振りかぶり、殴りかかってくる。これだけ激昂していても、素手で襲いかかってくるのは、この男のせめてもの良心か。それとも怒りで我を忘れて、武器さえも忘れてしまったか。よく見ると、男が腰掛けていた元の席に、アックスが立てかけてある。
「こちらが丸腰である事を鑑みて、素手を選択していただきありがとうございます」
私は男の拳を避けるため飛び上がり、男の伸び切った腕を足場にして、男を飛び越える。着地した先に男の仲間がおり、私の着地に驚いた顔をしていた。
「何をボサッとしてやがる! そいつを捕まえろ!」
そう言われて、思い出したように二人の手下が動き始めた。だが動きは遅い。私は二人の間をすり抜けて、背後に回る。
「さて、皆さんが素手でかかってくるならば、私ももちろん素手でお相手しなければですね」
まだ武器は手に入れていないが、爪がある。言葉にして気をつけておかないと、攻撃をした時に無意識に爪を出してしまいそうなのだ。やはり武器が必須だろうと思う。武器を使えば、爪を出さないように気をつける必要もない。野蛮な戦い方はしなくて済むのだ。
「おっと失礼、他事を考えておりました」
三人から隙間なく攻撃をされていたが、これといって意識せずに避けていた。戦いに集中しないのは失礼である。そして、全力を出さずに、馬鹿にする様に戦いを長引かせたり、煽ったりするのも失礼である。殺さない傷つけない、そういう戦いであっても、力だけは全力で。それが紳士である。
「それでは参りましょう、いざ」
にゃにゃにゃにゃにゃ!
「うにゃっ! にゃにゃにゃにゃ! にゃーん!」
にゃにゃにゃ、うにゃーん!
「はっ、失礼……取り乱しました」
男たちはすでに、床へ折り重なるように倒れている。私が倒したのだ。猫パンチで。
「くっ、なんと恥ずべき行為を」
私は猫パンチを繰り出した瞬間、男たちが床を転がる玉のように、揺れ動く猫じゃらしのように錯覚してしまった。そして、夢中になって男たちを猫パンチで転がして遊んでしまった。というか、私より遥かに大きい体で、そんなふうに転げ回らないでほしい。
「くっ自分が恐ろしい……油断すると猫が顔を出してしまう」
「ミケさん! 良かった」
オリビアが心配する声を上げ、駆け寄ってきた。
「その……可愛かったです」
オリビアが顔を赤らめて、そんな事を言う。
「おやめなさい! というかそこは、心配するところでしょう」
「ミケさんは強いから、大丈夫かなって」
オリビアはそう言って、はにかんだ。まぁ、信頼してくれているのは、普通に嬉しいが。




