礼節は……
「なにすんだ、ケダモノ風情が!」
私が足蹴にした男は、体勢を戻しながらつばを飛ばして怒った。
「大変失礼いたしました」
すぐさま恭しく礼をする。頭を踏みつけたのは事実だ。それに対しての謝罪は必要だ。しかし。
「……失礼を重ねるようで申し訳ありませんが、貴方もレディに失礼を働いたのですから、そのお詫びをするべきでは?」
素直に謝罪するわけがない。それは理解しているが、一応期待を込めて謝罪を求めてみる。
「なんで俺様が! 女なんかに頭下げなきゃいけねぇんだ! ケダモノ風情が俺様に指図すんな!」
男が激昂と共に、近くの椅子をこちらに向かって蹴りあげる。放物線を描くことなく、一直線に飛んできた椅子にオリビアが反応して悲鳴を上げた。
飛んできた椅子を、傷つけないように受け止める。ギルドの備品を雑に扱うとは。それに女性に対して……というより、礼を尽くす相手にその様な返しをするなど。
ついついため息が出てしまう。
「Manners makyth man.」
「は? な、なんだ?」
男が、というより、ギルド内のこちらに注目していた人々すべてが、呆けてしまっていた。英語はこの世界の言語におそらく存在しない。それに私自身もちゃんと言葉として口から発声できていたかもわからない。だがこの言葉は、カッコイイから言いたかったのだ! ここしか無いと思ったのだ!
ちなみにこの言葉はオックスフォード大学の標語になっているらしい。ある映画の主人公のセリフとしてのほうが、有名かもしれないが。
「礼節が人を作る、という言葉です……努力し礼節を身に着ければ、誰でも立派な人間になれる……いや」
自分の事を思う。私はケットシーであり、モンスターに分類され、人間ではない。だが礼節を忘れず、努力すれば、モンスターだろうと人間の良き隣人になれると信じている。
「申し訳ありませんが、少し訂正を……誰でも人間の良き隣人となれる、人間という分類から外れていたって」
私は振り向いて、オリビアに視線を向ける。男に向けての言葉だけではない。ダークエルフの自分に引け目を感じているオリビアにも贈りたい言葉だった。
「礼節が、良き隣人を作る」
オリビアが呟いた。アレンジされているが、そちらのほうが良いかもしれない。丸パクリというのも、少し気が引けるし。
私は男に向き直り、言葉を重ねる。
「礼節は、良き隣人を作る……逆に言えば、礼節のない貴方は人間とは言い難い、と言いたいのです」
私はそう言い放ってから、微笑んでみせた。
「礼節は良き隣人を作る」ですが、まだ悩んでいます。他に良いワードを思いついたら、変えるかもしれません。




