奥様はおしゃべりで旦那様は無口だけど心の中は多分うるさい
いくらなんでも、それはないと怒りで震える。
子爵当主の夫へ、彼へ問い詰めた。
「ねえ、あなた!」
「……なんだ?」
「なんだ、じゃないわよ!また夜会で他の貴婦人と楽しそうに話してたでしょ!あれは一体どういうつもりなの?」
「別に?ただの挨拶だ」
「ただの挨拶があんなにニコニコするわけないじゃない!第一、最近全然私の部屋に来てくれないし!」
「……忙しい」
「忙しいって、いつも書斎にこもって何してるのよ!もしかして、本当に愛人でもいるんじゃないでしょうね!」
「まさか。そんなわけないだろう」
「じゃあ、どうしてそんなに冷たいのよ!結婚したばかりの頃は、もっと優しかったじゃない!」
「……別に、冷たくなんか」
「冷たいわよ!全然私のこと見てくれないし、話しかけても上の空だし!」
「……」
「もう!本当に腹が立つ!私のこと、どう思ってるのよ!」
「……別に、嫌いじゃない」
「別に、嫌いじゃない?それだけ?もっと何か言ってよ!」
「……好き、だよ」
「え……?」
「……その、あんまりベタベタするのは、柄じゃないと思って……それに、お前が他の男と話しているのを見ると、なんだか……面白くない」
「え?それって……もしかして、嫉妬してるの?」
「……まあ、そんなところだ」
「ふーん……なんだ、そうだったんだ。じゃあ、あの冷たい態度は、私の気を引こうとしてたの?」
「……まあ、否定はしない」
「もー!意地悪なんだから!でも……なんだか、ちょっと安心した」
「……そうか」
「うん!私もね、あなたのこと、ちゃんと見てるんだから。たまには、素直になってよね!」
「……わかった」
「ふふ、よーし!じゃあ、今日こそは、あなたの部屋でゆっくりお話しましょう!」
「……ああ」
「あのね、この間の夜会のスーツ、すごく似合ってたわ。特に、あの青い宝石が綺麗で……それで」
「……そうか」
「もっと何か言ってよ!せっかく褒めてあげてるのに!」
「恐らく……似合っていたと思う」
「ふふ、ありがとう。あなたに褒められると、すごく嬉しいの」
「……」
「ねえ、最近、街で新しいお菓子のお店ができたらしいの。今度一緒に行かない?」
「ん……ああ、いいぞ」
「本当?やった!楽しみだなあ」
「……」
「それにね、この間、庭に珍しい花が咲いたの。あなたにも見てもらいたくて」
「……そうか。後で見に行こう」
「うん!きっと気に入ると思うわ。だって、すごく綺麗なんだもん!」
「……」
「ねえ、あなた。あのね……」
「なんだ?」
「私、あなたのこと……」
扉が開く音。
「旦那様、奥様。大変申し訳ございません。急ぎの報告が」
「……チッ」
「あら、どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「一体、何があったの?」
「少し、仕事のことでな」
「そう?無理しないでね」
「ああ」
報告を終えた従者が退室する。
「それで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」
「え?ああ、そうだ。あのね、あなたの書斎の本、少し整理してもいいかしら?なんだか、埃っぽくて」
「好きにしろ」
「ありがとう。あなたの大切なものだから、ちゃんと丁寧に扱うわ」
「わかっている」
「ねえ、たまには二人で、お城の庭を散歩するのもいいと思わない?今の季節、花がすごく綺麗だし」
「そうだな。たまにはいいだろう」
「本当?嬉しい!じゃあ、明日の午後はどうかしら?」
「ああ、構わない」
「やった!楽しみだわ。ねえ、あなた……」
「まだ何かあるのか?」
「あのね……その……」
「……なんだ、はっきり言え」
「あなたのこと、もっと知りたいの」
「知ってどうする?」
「だって、夫婦でしょ?お互いのことをもっとよく知っていた方が、きっと楽しいと思うの」
「……別に、今でも不自由はないだろう」
「そんなことないわ!もっと、あなたの好きなこととか、嫌いなこととか、昔のこととか、色々教えてほしいの」
「……おれの過去など、つまらないものだ」
「そんなことないわ!あなたが生きてきた証でしょ?私は、あなたのことなら何でも知りたいの」
「……」
「お願い。少しずつでいいから、教えてくれない?」
「……わかった。気が向いたら、話してやろう」
「本当?ありがとう!じゃあ、明日の散歩の時に、何か一つ教えてね!」
「……ああ」
「ふふ、楽しみだなあ。ねえ、あなた……あのね……」
「明日の散歩、晴れるといいわね」
「……そうだな」
「何かあった?なんだか、元気がないみたい」
「……別に。少し、考え事をしていただけだ」
「考え事?どんなこと?」
「……昔のことだ」
「昔のこと?聞いてもいい?」
「……ああ。少しだけなら」
「うん!聞かせて」
「……おれがまだ、騎士を目指していた頃の話だ」
「騎士?あなたが?」
「ああ。子爵家の跡取りではあったが、剣を振るうのが好きだったんだ。いつか、国の役に立ちたいと、真剣に思っていた」
「そうだったんだ……なんだか、意外だわ」
「……笑うか?」
「ううん、全然。むしろ、素敵だと思うわ。真剣に何かを目指すって、かっこいいじゃない」
「……そうか」
「それで?どんなことがあったの?」
「……厳しい師について、毎日鍛錬の日々だった。才能はあったと思うが、なかなか思うように強くはなれなかった」
「そんなことないわ。今のあなたは、とても頼りになるじゃない」
「……それは、お前がそう思ってくれているだけだ。当時は、何度も挫折しそうになった」
「それでも、諦めなかったのね」
「……諦めかけたこともあった。だが、師が言ったんだ。『才能だけでは、真の騎士にはなれない。強い意志と、守りたいものがある者こそが、最後には勝つ』と」
「守りたいもの……」
「ああ。当時はまだ、はっきりとはわからなかった。だが、今ならわかる」
「……?」
「……お前だ」
「え……?」
「お前を守りたい。お前がいるから、今のおれはここにいる。お前がいなければ、ただの意固地な男で終わっていただろう」
「あなた……」
「……照れるな」
「ううん……ありがとう。なんだか、すごく嬉しい」
「……」
「ねえ、その師の方って、どんな人だったの?」
「……厳しかったが、筋の通った人だった。言葉は少ないが、その一言一言に重みがあった」
「いつか、会ってみたいな」
「……もう、この世にはいない」
「そう……なんですね。ごめんなさい」
「……気にするな。だが、師の言葉は、今でもおれの胸に残っている」
「『強い意志と、守りたいものがある者こそが、最後には勝つ』……素敵な言葉ね」
「……ああ」
「ねえ、あなたにとって、その『守りたいもの』が私だって言ってくれたこと、本当に嬉しかったわ」
「……当たり前のことだ」
「ふふ、ありがとう。私もね、あなたを守りたいと思ってる。あなたの隣にいたい。どんな時でも」
「……そうか」
「だから、これからは、もっと頼ってね。辛いこととか、悩んでいることとか、一人で抱え込まないで、私にも話してほしいの」
「……わかった」
「うん!それでこそ、私の大切な人だわ」
「……お前もな」
「えへへ。なんだか、明日の散歩がますます楽しみになってきたわ!」
「……ああ」
二人の距離は、ゆっくりと、しかし確実に縮まっていく。
「ねえ、そろそろお散歩の時間じゃない?」
「……ああ、そうだな」
子爵は立ち上がり、窓の外をちらりと見た。
空はすっきりと晴れ渡り、庭の花々が光を浴びて輝いている。
「今日は、どんな花が咲いているかしら」
「……さあな。おれは花には詳しくない」
「もう、そんなこと言わないで。せっかく二人で歩くんだから、一緒に見ましょうよ」
「わかった」
二人は連れ立って庭へ出た。
色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂ってくる。
一つ一つの花を興味深そうに眺め、時折子爵に話しかけた。
「この赤い花、すごく情熱的な色ね。名前は何て言うのかしら?」
「……さあ。庭師にでも聞けばわかるだろう」
「またそんなこと言って。少しは興味を持ってよ」
「……努力はする」
「ふふ、ありがとう。あら、見て!あそこに白い小さな花がたくさん咲いているわ。可愛い!」
テラはしゃがみ込み、小さな白い花をじっと見つめる。
子爵は、そんな彼女を少し離れた場所から見守っていた。
「綺麗ね……なんだか、可憐な感じがするわ」
ふと、テラは何かを見つけたように顔を上げた。
「あっ!あなた、見て!あそこに四つ葉のクローバーがある!」
「四つ葉のクローバー?」
子爵は訝しげな表情でテラが指さす方を見た。
「ええ、ほら!幸運の印よ!」
テラは嬉しそうに四つ葉のクローバーを摘み取り、子爵に差し出した。
「はい、あなたに幸運のおすそ分け!」
「……おれに?」
「そうよ!受け取って」
子爵は戸惑いながらも、差し出された四つ葉のクローバーを受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして!なんだか、良いことがありそうな気がするわ」
テラはにっこりと微笑んだ。
その笑顔を見た子爵は、ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「ねえ、あそこの東屋で少し休憩しない?歩き疲れたわ」
「……ああ、そうだな」
二人は東屋へ向かい、腰を下ろした。
心地よい風が吹き抜け、木漏れ日が優しく降り注ぐ。
「こうして二人で庭を散歩するのって、なんだか久しぶりな気がするわ」
「……そうか?」
「ええ。あなたはいつも忙しそうだから」
「……仕方ないだろう。子爵家の務めがある」
「それはわかってる。でも、たまにはこうして、ゆっくりとした時間を過ごしたいの」
「……わかっている」
子爵は静かに頷いた。
テラは、彼の横顔をそっと見つめた。
「ねえ、この間の昔の話、もっと聞かせてくれる?」
「……そうだな。何から話そうか」
子爵は、遠い日の記憶を辿るように、ゆっくりと語り始めた。
騎士を目指していた頃の夢、挫折、そして師との出会い。
言葉に耳を傾け、時折質問を挟む。
語り終えた子爵トウイは、少し疲れたように目を閉じた。
「聞かせてくれて、ありがとう。あなたのこと、また少し知ることができたわ」
子爵は目を開け、テラの手を握り返した。
「……ああ」
言葉はなくとも、庭の美しい花々が見守る中、二人の穏やかな時間は流れていく。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




