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奥様はおしゃべりで旦那様は無口だけど心の中は多分うるさい

作者: リーシャ
掲載日:2025/05/17

いくらなんでも、それはないと怒りで震える。


子爵当主の夫へ、彼へ問い詰めた。


「ねえ、あなた!」


「……なんだ?」


「なんだ、じゃないわよ!また夜会で他の貴婦人と楽しそうに話してたでしょ!あれは一体どういうつもりなの?」


「別に?ただの挨拶だ」


「ただの挨拶があんなにニコニコするわけないじゃない!第一、最近全然私の部屋に来てくれないし!」


「……忙しい」


「忙しいって、いつも書斎にこもって何してるのよ!もしかして、本当に愛人でもいるんじゃないでしょうね!」


「まさか。そんなわけないだろう」


「じゃあ、どうしてそんなに冷たいのよ!結婚したばかりの頃は、もっと優しかったじゃない!」


「……別に、冷たくなんか」


「冷たいわよ!全然私のこと見てくれないし、話しかけても上の空だし!」


「……」


「もう!本当に腹が立つ!私のこと、どう思ってるのよ!」


「……別に、嫌いじゃない」


「別に、嫌いじゃない?それだけ?もっと何か言ってよ!」


「……好き、だよ」


「え……?」


「……その、あんまりベタベタするのは、柄じゃないと思って……それに、お前が他の男と話しているのを見ると、なんだか……面白くない」


「え?それって……もしかして、嫉妬してるの?」


「……まあ、そんなところだ」


「ふーん……なんだ、そうだったんだ。じゃあ、あの冷たい態度は、私の気を引こうとしてたの?」


「……まあ、否定はしない」


「もー!意地悪なんだから!でも……なんだか、ちょっと安心した」


「……そうか」


「うん!私もね、あなたのこと、ちゃんと見てるんだから。たまには、素直になってよね!」


「……わかった」


「ふふ、よーし!じゃあ、今日こそは、あなたの部屋でゆっくりお話しましょう!」


「……ああ」






「あのね、この間の夜会のスーツ、すごく似合ってたわ。特に、あの青い宝石が綺麗で……それで」


「……そうか」


「もっと何か言ってよ!せっかく褒めてあげてるのに!」


「恐らく……似合っていたと思う」


「ふふ、ありがとう。あなたに褒められると、すごく嬉しいの」


「……」


「ねえ、最近、街で新しいお菓子のお店ができたらしいの。今度一緒に行かない?」


「ん……ああ、いいぞ」


「本当?やった!楽しみだなあ」


「……」


「それにね、この間、庭に珍しい花が咲いたの。あなたにも見てもらいたくて」


「……そうか。後で見に行こう」


「うん!きっと気に入ると思うわ。だって、すごく綺麗なんだもん!」


「……」


「ねえ、あなた。あのね……」


「なんだ?」


「私、あなたのこと……」


扉が開く音。


「旦那様、奥様。大変申し訳ございません。急ぎの報告が」


「……チッ」


「あら、どうしたの?」


「いや……なんでもない」


「一体、何があったの?」


「少し、仕事のことでな」


「そう?無理しないでね」


「ああ」


報告を終えた従者が退室する。


「それで、さっきは何を言おうとしてたんだ?」


「え?ああ、そうだ。あのね、あなたの書斎の本、少し整理してもいいかしら?なんだか、埃っぽくて」


「好きにしろ」


「ありがとう。あなたの大切なものだから、ちゃんと丁寧に扱うわ」


「わかっている」


「ねえ、たまには二人で、お城の庭を散歩するのもいいと思わない?今の季節、花がすごく綺麗だし」


「そうだな。たまにはいいだろう」


「本当?嬉しい!じゃあ、明日の午後はどうかしら?」


「ああ、構わない」


「やった!楽しみだわ。ねえ、あなた……」


「まだ何かあるのか?」


「あのね……その……」


「……なんだ、はっきり言え」


「あなたのこと、もっと知りたいの」


「知ってどうする?」


「だって、夫婦でしょ?お互いのことをもっとよく知っていた方が、きっと楽しいと思うの」


「……別に、今でも不自由はないだろう」


「そんなことないわ!もっと、あなたの好きなこととか、嫌いなこととか、昔のこととか、色々教えてほしいの」


「……おれの過去など、つまらないものだ」


「そんなことないわ!あなたが生きてきた証でしょ?私は、あなたのことなら何でも知りたいの」


「……」


「お願い。少しずつでいいから、教えてくれない?」


「……わかった。気が向いたら、話してやろう」


「本当?ありがとう!じゃあ、明日の散歩の時に、何か一つ教えてね!」


「……ああ」


「ふふ、楽しみだなあ。ねえ、あなた……あのね……」




「明日の散歩、晴れるといいわね」


「……そうだな」


「何かあった?なんだか、元気がないみたい」


「……別に。少し、考え事をしていただけだ」


「考え事?どんなこと?」


「……昔のことだ」


「昔のこと?聞いてもいい?」


「……ああ。少しだけなら」


「うん!聞かせて」


「……おれがまだ、騎士を目指していた頃の話だ」


「騎士?あなたが?」


「ああ。子爵家の跡取りではあったが、剣を振るうのが好きだったんだ。いつか、国の役に立ちたいと、真剣に思っていた」


「そうだったんだ……なんだか、意外だわ」


「……笑うか?」


「ううん、全然。むしろ、素敵だと思うわ。真剣に何かを目指すって、かっこいいじゃない」


「……そうか」


「それで?どんなことがあったの?」


「……厳しい師について、毎日鍛錬の日々だった。才能はあったと思うが、なかなか思うように強くはなれなかった」


「そんなことないわ。今のあなたは、とても頼りになるじゃない」


「……それは、お前がそう思ってくれているだけだ。当時は、何度も挫折しそうになった」


「それでも、諦めなかったのね」


「……諦めかけたこともあった。だが、師が言ったんだ。『才能だけでは、真の騎士にはなれない。強い意志と、守りたいものがある者こそが、最後には勝つ』と」


「守りたいもの……」


「ああ。当時はまだ、はっきりとはわからなかった。だが、今ならわかる」


「……?」


「……お前だ」


「え……?」


「お前を守りたい。お前がいるから、今のおれはここにいる。お前がいなければ、ただの意固地な男で終わっていただろう」


「あなた……」


「……照れるな」


「ううん……ありがとう。なんだか、すごく嬉しい」


「……」


「ねえ、その師の方って、どんな人だったの?」


「……厳しかったが、筋の通った人だった。言葉は少ないが、その一言一言に重みがあった」


「いつか、会ってみたいな」


「……もう、この世にはいない」


「そう……なんですね。ごめんなさい」


「……気にするな。だが、師の言葉は、今でもおれの胸に残っている」


「『強い意志と、守りたいものがある者こそが、最後には勝つ』……素敵な言葉ね」


「……ああ」


「ねえ、あなたにとって、その『守りたいもの』が私だって言ってくれたこと、本当に嬉しかったわ」


「……当たり前のことだ」


「ふふ、ありがとう。私もね、あなたを守りたいと思ってる。あなたの隣にいたい。どんな時でも」


「……そうか」


「だから、これからは、もっと頼ってね。辛いこととか、悩んでいることとか、一人で抱え込まないで、私にも話してほしいの」


「……わかった」


「うん!それでこそ、私の大切な人だわ」


「……お前もな」


「えへへ。なんだか、明日の散歩がますます楽しみになってきたわ!」


「……ああ」


二人の距離は、ゆっくりと、しかし確実に縮まっていく。


「ねえ、そろそろお散歩の時間じゃない?」


「……ああ、そうだな」


子爵は立ち上がり、窓の外をちらりと見た。


空はすっきりと晴れ渡り、庭の花々が光を浴びて輝いている。


「今日は、どんな花が咲いているかしら」


「……さあな。おれは花には詳しくない」


「もう、そんなこと言わないで。せっかく二人で歩くんだから、一緒に見ましょうよ」


「わかった」


二人は連れ立って庭へ出た。


色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂ってくる。


一つ一つの花を興味深そうに眺め、時折子爵に話しかけた。


「この赤い花、すごく情熱的な色ね。名前は何て言うのかしら?」


「……さあ。庭師にでも聞けばわかるだろう」


「またそんなこと言って。少しは興味を持ってよ」


「……努力はする」


「ふふ、ありがとう。あら、見て!あそこに白い小さな花がたくさん咲いているわ。可愛い!」


テラはしゃがみ込み、小さな白い花をじっと見つめる。


子爵は、そんな彼女を少し離れた場所から見守っていた。


「綺麗ね……なんだか、可憐な感じがするわ」


ふと、テラは何かを見つけたように顔を上げた。


「あっ!あなた、見て!あそこに四つ葉のクローバーがある!」


「四つ葉のクローバー?」


子爵は訝しげな表情でテラが指さす方を見た。


「ええ、ほら!幸運の印よ!」


テラは嬉しそうに四つ葉のクローバーを摘み取り、子爵に差し出した。


「はい、あなたに幸運のおすそ分け!」


「……おれに?」


「そうよ!受け取って」


子爵は戸惑いながらも、差し出された四つ葉のクローバーを受け取った。


「……ありがとう」


「どういたしまして!なんだか、良いことがありそうな気がするわ」


テラはにっこりと微笑んだ。


その笑顔を見た子爵は、ほんの少しだけ、口元を緩めた。


「ねえ、あそこの東屋で少し休憩しない?歩き疲れたわ」


「……ああ、そうだな」


二人は東屋へ向かい、腰を下ろした。


心地よい風が吹き抜け、木漏れ日が優しく降り注ぐ。


「こうして二人で庭を散歩するのって、なんだか久しぶりな気がするわ」


「……そうか?」


「ええ。あなたはいつも忙しそうだから」


「……仕方ないだろう。子爵家の務めがある」


「それはわかってる。でも、たまにはこうして、ゆっくりとした時間を過ごしたいの」


「……わかっている」


子爵は静かに頷いた。


テラは、彼の横顔をそっと見つめた。


「ねえ、この間の昔の話、もっと聞かせてくれる?」


「……そうだな。何から話そうか」


子爵は、遠い日の記憶を辿るように、ゆっくりと語り始めた。


騎士を目指していた頃の夢、挫折、そして師との出会い。


言葉に耳を傾け、時折質問を挟む。


語り終えた子爵トウイは、少し疲れたように目を閉じた。


「聞かせてくれて、ありがとう。あなたのこと、また少し知ることができたわ」


子爵は目を開け、テラの手を握り返した。


「……ああ」


言葉はなくとも、庭の美しい花々が見守る中、二人の穏やかな時間は流れていく。

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